第7話

「普段はさ、ファンの声直接聞けることないから、だいやがそんな風に褒めてくれるの嬉しいよ」



 そう言う凛の目は、少しだけ寂しそうだ。インターネットで活動していて、顔も出していないし配信もしていないReLiはファンとの交流を望んでいないのだと思っていたけれど、そうではないのかもしれない。


 インターネットのいいところは気軽で、多くの人に届くところで、けれど画面の向こうにしか感じられない存在が、彼女には寂しかったのかもしれない。オタクの勝手な妄想だけれど、初めて会った日のことと、彼女が強引に私に曲を聴かせたこともあって、余計にそんな気がした。



「そうだ、没にした曲とか聞く? 一生世に出ないやつだけど、ファン的には聞きたいやつだったりとかする?」



 凛は嬉しそうな表情のまま立ち上がり、パソコンを操作しながらそう言う。その提案はとても魅力的で、そして残酷だった。新曲を聞いていっぱいいっぱいになるようなオタクに、そんなことをしてはいけない。



「その気持ちはすごく嬉しいんだけど、今日はちょっともう新曲だけで胸が苦しいかな……」



 私の言葉に、凛はまた笑い声をあげた。ReLiしか知らなかった頃は、彼女がこんな風に笑うなんて思わなかった。いつも急に新曲だけあげて、何かの記事に取り挙げられたらそれを引用する程度。昔はしていたが、今はファンに返信することもなく、日常的なつぶやきもほとんどしない。


 どちらかと言えば、冷たい印象を持っていた。だからこんな風に、私の誉め言葉に喜んで、家に上げてまで新曲を聞かせてくれるような、フレンドリーな人だと思わなかったのだ。




「なに? 私の顔じっと見て」



「いや、あの……ReLiってあんまファンのリプライ返したりしないじゃん。だからこういう交流とか、嫌なんだと思ってて……」



 思わずそう言ってしまってから後悔する。ここまで優しくしてもらえたことで、彼女に一歩近づけたような気がして踏み込みすぎてしまった。彼女は目を丸くして、マウスにのせていた手も動きが止まる。自分の失言に、この場から逃げ出したくなった。



「ごめんなさい、余計なこと聞いたよね。忘れて、本当にごめん」



「ああ、いや、そうじゃなくて」



 凛はゆるく首を横に振る。



「昔は、私の曲好きって言ってくれる人と話すの楽しかったんだけどさ。段々見かけなくなったり、返信くれなくなったりして、寂しくなっちゃうからやめたの」



 彼女はどこか、遠くを懐かしむように見つめている。その横顔を見たとたんに胸に切なさが押し寄せて、私はそれ以上何も聞けない。むしろ、ただのファンが聞いてはいけないことのような気がした。



「……今日、聞かせてくれた曲って、いつぐらいにあげるの?」



「あー、どうだろ。動画ができ次第かな。まだイラストも頼んでる状態だし」



 ReLiの曲は、毎回違う人のイラストと共に投稿されている。けれど動画の担当は同じ人なので、誰か知り合いにでも頼んでいるのだろうか。彼女の曲の世界観にあった編集の仕方をする人で、私はReLiのMVも好きだった。


 パソコンの画面を見つめていた凛が、ふわ、とあくびをする。ブルーライトの光を吸っている瞳は眠たそうにとろんとしていて、私は慌てて立ち上がった。



「ご、ごめん、徹夜明けなのに長々と居座って。私帰るよ、ちゃんと寝て」



「いや、私が呼んだんだし大丈夫」



 彼女の体調が心配な私と、大丈夫だよの一点張りな凛との押し問答は、眠気に襲われた凛が負けた。いやいや、と言い合いをしているうちに、また彼女が大きなあくびをしたのだ。



「ごめんね、やっぱちょっと眠いかも」



「ほら! ゆっくり休んでよ」



「うん、そうだね。だいやのことはまだ呼べばいいんだし」



 そう言われて、またがあるのかと思わずどきりとしてしまった。凛は私が何で固まっているのかわからずに、眠そうな瞳できょとんと私を見つめている。



「また来てくれるでしょ?」



 推しにそう言われて、断れる人間なんているはずがない。



「うん、来るよ」



 そう言いながら、私は玄関へと向かう。靴を履いている間凛はずっと私を見守って、私が部屋を出るまで手を振ってくれていた。


 来るときには2人で昇ったエレベーターを1人で降りる。今日の出来事がすべて、夢のような気がした。

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