第25話 翼はいらんなあ

「ビール。おいしいよ」

「もういい」

「お菓子はどうだ、んまいぞ~」

「いらない」

「んー♡ ちゅっちゅっ」

「はあ……」


 俺はソファーにどっかり座り、三人の美少女を侍らせてため息をついていた。

 あいらんの作った家は、アジトとも呼べなくない。そこで美少女に囲まれながらダルそうにしているのが俺ということだ。

 我ながら、少年漫画に出てくる悪いやつのボスみたいだな……という自覚はあります。

 なんだったら無駄に葉巻の煙でもぷかーっとさせたいくらいですよ。

 悪い奴らってなんであんなことしてんのかと思ってたけど、逆なんすね。いつの間にかそうなってんですね。

 別に俺になんて言ってないのよ。

 望むと望まざるとそうなっちゃうんですよ。

 一人にしてくれ……とは言えない。いないと困るしね。なんせ俺はひとりでは生きていけない。

 

 この世界、金物がない。これはいろいろなところで困る。

 まず爪が切れません。爪切りないから。

 みんなどうしてるのかというと、魔法です。風の魔法みたいな。あっという間に切れるんですよ。

 しまんに切ってもらうと爪をネイルアートされちゃうから、ゆきうにやってもらうが、三人とも爪を切るなんて朝飯前なんですよ。

 当然ひげそりもない。俺は毎日剃らなきゃいけないほど生えてこないが。

 髪もそうです。これはハサミがあったところで、自分では難しいけども。床屋はあるけど小さな人間たちの店に俺の体で入れるわけもなし。

 

 紙もないね。

 ティッシュがない。トイレットペーパーもない。

 どうしているのか。そう、魔法です。この国において一番使われてる魔法のひとつが、ウォシュレットと乾燥なんですね。文明としてはかなり昔の時代なんだけど、ここだけ最先端ですね。とても助かります。

 逆に言えば、自分ひとりではウンコもできないということです。トイレに行きたいとあいらんに言って、ついてきてもらうわけ。幼稚園児かな?

 

 ポットもないね。

 俺はちょっとお茶でも飲みたいなとなっても、自分で淹れることもできないね。

 悪魔の熱魔法はすさまじく、あっという間にお湯を沸かせるよ。

 ある意味家電が揃ってる生活ともいえる。

 レンジもあるからね。熱魔法は、レンジより理想的に料理温まるからね。ここだけ冷たいじゃんとかないからね。

 

 そういう生活でどうなるかっていうと「お茶~」「爪~」「トイレ~」「めし~」みたいなセリフばかりになるわけ。

 つまりですよ、見た目は悪の親玉で、やってることは昔のおじいちゃんなんですよ。

 どうよ。


 ダサすぎるだろ……。

 あいらんに髭そってもらって、しまんに髪を乾かしてもらって、ゆきうの淹れたお茶を飲んで。

 これがハーレム?

 これが男の夢?

 いやまあ、夜は最高だけどさ。

 それにしたって、これ下手したら介護じゃないですか。

 ライオンは寝ている、じゃないけどさ。俺は強いから寝ているだけでいい、と割り切ることはできないねえ。

 

 ――ああ。

 今、翼はいらないからさ、富とか名誉ならば欲しい。大空なんか飛んでもしょうがないんですよ。

 ステータスが欲しいっていうんじゃないよ。そういうことじゃない。

 男ってのはね、なにかをやってこそ男なんですよ。

 古い考えという人もあろう。

 しかしね、俺はわかったんですよ。

 何もしていないのにモテモテ、なんてありえない境遇になって、ようやく理解したんですよ。

 

 すごいことをしたから「すごい」と褒められたい。

 かっこいいことをしたときに「かっこいい」と言われたい。

 じぶんらしい行動に対して「好き」だと思いを伝えて欲しい。

 そうじゃなきゃ、なにも嬉しくない。楽しくない。生きている甲斐がないんだよ。

 酒池肉林。食って、寝て、えっちなことをして。ただそれだけの日々は理想の生活なんかじゃない。

 退屈で、夢も希望もなく、つまらない日々だ……。


 勇者として召喚されて、文句ばかり言ってた頃が懐かしい。

 人々を困らせる悪魔をわからせるという、正義の任務。

 欲しいね。わかりやすい、やるべき指名というものが。


「そういえば、アカネ王女から呼び出しみたいなの来てるぞ」


 ――ん!?


「無視でしょ」

「人間の王女? 呼び出すとか偉そうに。おめーが来いよって感じ~」


 しまん、ゆきう。ふたりとも流石だね。本当にそう思うんだが。


「いや、行ってやろう。小さい人間はここまで来るのもタイヘンだろ」

「おお~。優しい」

「さすがユウ」

「えー、おにーさんがわざわざ出向くの~」


 お姫様に呼び出されて行くという、当然のことをしようとしただけで褒められる状況。まあ、アカネ王女はむかつくけど。


「王女も実は、感謝を伝えたいのかもしれないしな」

「あははは」

「ウケる」

「おにーさん、おもしろすぎ」


 ボケだと思われたぞ。どんな王女だよ。

 

「で、いつ来いって?」

「早く来いってさ。ただしご飯どきとティータイムは避けろって」

「ムカつくな」

「ムカつく」

「所詮人間だよ」


 アカネ王女……まあ、いいよ。

 久しぶりに、お城に行くか。

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