第17話 海の匂い。地球とおんなじだ。

「そういうことだったのですね」

「そういうことだったのです」


 女児が遊び道具に使うお人形のような召喚主は、その大きな瞳を閉じて深く頷いた。

 どうやらわかってくれたようです。

 俺たちの目的を。

 人間たちに前戯を見せつけたいのではなくて、悪魔をおびき寄せたいという理由だったと説明したのだ。

 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。ちいさな人間たちは俺たちの高度で崇高な、思いや考えを理解できなかったということなんですよ。


「悪魔なんて来なければ来なくて良いのに、なぜわざわざ呼び寄せるのですか。今まで我が国に来ていない悪魔までやって来たら迷惑です」

「……え?」


 あれ?

 わかってくれたのでは……?

 なんか心底呆れたという表情ですけど。


「魔王軍と戦ってほしいとは言いましたが、魔王軍を呼び寄せてまで戦ってほしいわけではないです」


 ええ……?


「いやいや、そうしないと悪魔を倒せないし……」

「悪魔の場所は魔法でわかります」

「ええーっ!? わかんの!?」


 なんだよ、じゃあ今までのは一体なんだったのよ。


「一日に一度、方向と距離がわかるだけですが。こちらに向かってきているかどうかもわからないので、今まではわかったところでどうしようもありませんでした」


 ああ、そう……。

 そういうの早く言ってくれませんかね。

 不満そうな俺の顔を見て、彼女は深くため息をついた。


「マスターであるわたくしに、なぜ早く報告や相談をしないのでしょう。ホウレンソウは基本だと思うのですが」


 ええ……。

 勇者はホウレンソウしないといけないんですか。サラリーマンみたいに。上司なんすか、あなた。

 少なくともこの姫様は使えない部下を見るように、腕を組んで話を続ける。


「この街にやってくるのは金髪と茶髪、それと黒髪です。他に来たことはありません。黒髪はいつでもやってこれる場所にいます」


 そうですか……。

 そういう説明はむしろ最初にしてくれてもいいと思うんですよ。勇者に対して説明もサポートも敬意も何もかも足りてないんだよなあ……。


「黒髪はときおり現れるので、そのうち来るでしょう。何もしなくても。変な噂など立てなくてもね」


 棘のある言い方……。


「とはいえ、こちらから倒しに行くというその意気込みは感心しました」


 上からだなあ……。俺、勇者様なんですけど。

 ずっと黙っていたあいらんが、メスガキ感満載の顔でふふんと笑った。


「そうだろ、そうだろ。もっと、わたらせゆに感心しろ」

「ひっ」


 あいらんが頭をちょっと撫でたら、マスターがビビりまくったわ。ちょっと俺も軽くビビらせておきたいですよ。


「ユウは強い。人間はもっと敬うべき」


 そうだそうだ。しまんの言う通り。

 アカネ王女はもっと俺を尊敬するべきだ。マジで。はっきりいってナメてると思う。


「それで黒髪ですが……」


 オドオドしまくりながら、ぼそぼそ言い始めた。しおらしいことで。常にあいらんとしまんの間に挟んでおこうかしらん。

 あいらんは「あ」と言ってから、しまんの顔を見た。


「黒髪って、ゆきうかな」

「きっと、ゆきう。たまに見る。他はそういえばこの辺で見たこと無い」

「言われてみれば、他のやつはずっと見てないな」


 ……それ、もっと早く言ってくれませんかね……。いや、俺と人前でめっちゃキスしたかったから黙っていた。そういうことかも。


「ゆきうのとこ、いきゃよかったのか」

「そうかも」

「あいつ、確か海の方に住んでたよな」

「うん」


 ふたりとも……。

 王女さんが俺の顔を冷たい目で見てるんですけど……馬鹿じゃないの、と言いたげな感じでさあ……悪魔には怖くてできないんでしょうね。


「じゃ、ゆきうのとこ行こうか」

「わからせよう」


 悪魔をわからせる意気込みが、すごいぞ。この召喚主より悪魔たちの方が、やる気満々なのどうなの。


「いこう」

「いこ」


 両腕を取られる。背が小さすぎて、腕を組むことができないが、ぎゅっとしがみつかれるのも、これはこれで。


「はあ……」


 勇者として悪魔をわからせに行こうというのに、なんでこの召喚主はため息ついてんだよ……。

 俺たちを遠目から見ていた国民たちも、口々に不満を言う。


「なんだ、今日はやらないのか……」

「ちゅーしろよ、ちゅー」

「こっちは尻を触るかどうか賭けてんだぞ」


 どうやら、すっかりオジさんたちの退屈しのぎになっていたようだ……。マジでなにやってたんだ俺たちは。


「いや、黒髪を分からせに行くんだって。そしたらあんたらも平和に過ごせるだろ」

「お、なんだ。勇者みたいなこと言いやがって」

「勇者なんだよ!」


 どいつもこいつも……。


「まあまあ。そんな小さなやつらのことはどうでもいいじゃん」

「そのとおり。人間なんてほっとけばいい」


 心底悪魔の言う事の方が正しい気がしてきたぜ……。


「ま、そうだな。さっさと行こう」


 人間を踏まないように歩き始める。

 もう、ミニミニサイズのテーマパークみたいな町並みも見慣れたものです。住人はヨーロッパ系に見えるのだが、町並みはヨーロッパとは異なる。寒くないからね、暖炉とかないんでね。レンガもないからね。小さな石で出来てるね。


「わー、でけー」

「ほんと勇者でけーなー」


 小さな人間の子どもたちだ。俺の手のひらに収まるだろう。

 水不足や食糧不足が解消されたから、歩いている国民たちも笑顔だね。どう考えても俺のおかげのはずなんだが、なんで尊敬されてないんだろうね。

 俺がパンツとか下着を発注したりするのも、この国としては公共事業みたいな規模ですからね。人間と悪魔の間では通貨は使用しないが、水や食料以外にも物資を提供している。特にあいらんが使用しているものが多い。

 俺が愛用している、シャンプー兼ボディソープ兼歯磨きとか。さっきの姫様も使ってたね。明らかに人間たちの清潔感が向上し、髪はつやつやになったもんな。

 

「海かー。久々だなー」

「行かないね」


 意外だな。あいらんは魚をめっちゃ食うのにな。川の魚ばっかり食ってるのかー。


「海の方が魚介類豊富なんじゃないの? イカとかエビとかさ」

「なんだそれ」

「知らない」


 シーフード食べないのかよー。もったいねえなー。

 なお、人間たちは海には近づかない様子。まあ、あのサイズの人間じゃあ波にさらわれて即死だからな。ちっちゃいことは不便だね。

 海は思っているよりも遠くなく、昼になる頃には到着した。

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