第13話 臆病者の自分を、許す勇気。

「卵だ!」


 これです。これはいい考え。

 殺さなくていいもの。なにも殺さないもの。

 卵なんてみんな好きでしょ。

 ナイスアイディア! と満面の笑みの俺だが。


「えっ」

「たまご……?」


 ふたりとも困惑していた。なんで?

 そんな変なこと言ってないよ。


「わたらせゆは、エグいことを考えるな」

「エグい? 卵が?」


 エッグだけに?

 異世界でダジャレ?


「やば」

「やば!? 卵!?」


 マジで引いてるじゃん!

 嘘だろ~。

 この世界は卵食わないわけ?

 生魚を食わないとか、牛肉食わないとか、そういうのはあるけどさ。むしろ卵食わない国なんてあんのかよ、ってくらいよ?

 異世界やな~。


「ま、とりあえず行ってみるか」


 卵を収穫できる場所はご存知のようです。

 今回も移動速度はちょい早。

 軽やかにステップしつつ、あいらんについていく。しまんも余裕でついてくる。


「この辺にあるんじゃないかな~。あった」

「おっ、え? あ、えーっ!?」


 あいらんが指を指したのは、なんと池の中。そしてそこにあるのは、黒いブツブツがいっぱいの透明なチューブのような……


「これカエルの卵だろ!」

「そうだけど」

「これを食べる発想なかった」

「食べないよ!」


 なんでカエルなんだよ。

 俺も発想ねえよ。


「ってことは……虫か」

「虫の卵を食べるのか……」


 絶望しているふたり。俺も絶望しそうです。


「なんでそうなる。虫なんて食わないよ」

「そうなのか? 人間は虫ばっか食べてるけど」

「え? この世界の人間って虫食べてるの?」

「虫はよく食べてる」


 人間大好きのしまんがそう答える。じゃあそうなんでしょうね。


「大きさがちょうどいいし」

「あー」


 そっか。この世界の人間の大きさ的に、けものは大きすぎる。というか、俺より大きい動物なんていないって言ってたしな。

 タンパク源として虫は有効なのか。


「わたらせゆのいたところは、虫食べないのか?」

「んー」


 食わないわけでもないな。なんか流行ってるという噂もあるし。イナゴとか佃煮で食べる地域もあるし。


「食べないわけじゃないが、あんまり食べる人は少ないかな」

「へー。巨人の世界のこと、もっと聞きたいな」


 あいらんはカワイイことを言う……。


「巨人の世界……かわいくない」


 しまんには子猫とかを見せてやりたいよ。


「人間は虫の幼虫とか、さなぎとか食べてるよな。あんなキモいのよく食べれるもんだよ」

「俺もそう思うわ」

「人間はキモい虫食べてるところもカワイイ」

「俺にはわかんねえわ」

「ん。わたらせゆとあいらんは似てるな」


 あいらんはカワイイことを言う……。にひひ、と嬉しそうに笑うところもカワイイ……。

 でも、カワイイ人間を想像して微笑んでるしまんもカワイイ……。この世界の悪魔はカワイイぜ。

 そして人間は虫の幼虫を食う。人間……。マスターも食うのかね。可愛くない……。


「で? わたらせゆの言ってる卵って?」

「蛇?」

「蛇じゃないです」


 どうやらこの世界はけっこう、カエルやヘビを食べるっぽいですね。


「わくわく」

「なんだろね」


 そんな期待するようなことじゃないが……。


「鳥です。それも、できれば鶏です」

「に、にわとりー!」

「そうきたか」


 びっくりしてますよ。


「そうか、鶏の卵かー。考えたこともなかったな」


 すげーアイデアだ、みたいにあいらんが頷いている。マヨネーズを作るどころか卵を食おうと言っただけで仰天されるとは。


「じゃ、行くか」


 と言って動き始めたが……


「まだっすかね」


 全然たどり着かない。

 カエルがいる池のある森を抜けるのは早かったが、その後が長い。そもそもこの世界、町と町の間以外には道というものがありません。

 そして時計というものもありません。


「今、何時なの? あと何時間なの?」

「なにそれ」

「意味わかんない」


 悪魔は時間という概念すらないです。


「ふたりは、疲れないの?」


 俺はもはや歩いている。俺が歩くスピードだと、彼女たちは小走り。もう結構長いこと歩いている。三時間は過ぎたのでは。


「疲れる?」

「意味わかんない」


 疲れるという概念もないのかよ。元気だなー。

 景色もそんなに変わってない。

 ひたすら草原。遠くに見える山以外、なんにも変わらない。

 途中、動物を見かけるたびに「あれは食うのか?」と聞くが「食べない」としか言われなかった。ま、そりゃそうか。そんなにいろんな動物を食わないよな。

 

「おお~」

「いっぱいいるね~」


 どうやら着いたらしいです。鶏らしき鳥が、めちゃめちゃいっぱいいます。


「コケ―コココ」


 間違いない。この鳴き声、鶏です。

 天敵がいないのだろうか、めちゃめちゃ太ってる。うまそうですよ。しかし、追いかけたら逃げますね。


「わたらせゆ、鶏は食べる?」

「食べるね~。美味しいよ」


 食いたいね~。焼き鳥、唐揚げ、水炊き、チキンカレー……どうやっても美味いもんな。

 この世界、牛や豚はどうやらいないっぽいからな。鶏がいてくれてよかったぜ!


「へー。食べる? 落とし穴掘って、魔法で殺して、わたらせゆが拾い上げればイケるよ!」


 なるほど、それなら俺は殺さなくても死骸を拾うだけでいいもんね。ナイスアイディア!


「いや、今日は卵だけでいいよ」

「うん。わかった」


 話がね。変わっちゃうからね。いいのよ、食いたいのは卵ですから。チキンじゃないから。別にビビったわけじゃないよ。俺がチキンっていうことじゃないよ。 

 

「これかな」

「それそれ~」


 しまんが卵をゲットしてくれました!

 白じゃなくて茶色のやつ! 美味しそうじゃないですか!

 いくつかゲットし、帰ることに。


「……これどうやって運ぶんだ」


 卵を運ぶアレがないよ、アレが。プラスチックの卵の形のケースが。


「壊れやすい物を運ぶ魔法とかないの」

「ないよそんなの」

「壊す魔法ならある」


 詰んだわ。

 アレ無きゃムリよ。確実に割れるじゃん。終わったわー。


「今食べればいいじゃん」

「え? 調理できんの?」

「鉄板と火の魔法で焼けるけど。調味料も持ってきてるよ」

「さすがじゃん! さすが俺の妻たちじゃん!」


 こうして俺たちは夕暮れの草原で、卵焼きを食べた。

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