第5話 天気の話ができるなんて最高だろ

「夢じゃなかったか……」


 無双する勇者として召喚された俺だが、正直夢であって欲しかった。


「うう……」


 グラウンドみたいな地べたで寝たのは生まれて始めてだ……体が痛い。

 ベッドもねえ、布団もねえ。魔法も全然使えねえ。剣もねえ、盾もねえ、冒険者ギルドはナニモノだ? 女神もねえ、ハーレムねえ、レベルアップもしそうにねえ。たまに来るのはメスガキだ。

 おらこんな世界いやだ~!

 朝っぱらから変な歌をつくってしまった……。

 しかしだね、そんなことより、今欲しいのは歯ブラシと歯磨き粉です。

 いや、マジで。異世界に連れてこられた人たちはどうしてんのかね。メシとかさ、服とかは別にいいよ。テレビやラジオが無いのも耐えられるよ。エアコンがないのも今のところは平気だよ。スマートフォンとともに異世界に来れなかったのも問題ないよ。

 でもさー、普通に歯ブラシとかさ、シャンプーとか、そういうやつはマジで必要だろ。とりあえず朝起きてやりたいことは歯磨きなわけ。いまどき歯間ブラシすら必要と言われてるわけじゃん? そんなのこの時代の文明にあるわけ無いじゃん? あったとしても俺が使えるサイズじゃないじゃん?

 人間……特にマスターと呼ばせるアカネとかいう王女。

 彼女がこの状況をなんとかしてくれる可能性はゼロ。

 どうしたものか……。


「とりあえず顔を洗うか……」


 寝床として用意された闘技場から、のっそり出ていくと……


「おっそーい!」


 そこにいたのは、昨日会ったメスガキだった。

 なんでここにいるんだ……?


「え? なんで?」

「なんでじゃない。昨日、また明日って言ったじゃん!」

「いや、それはいいんだが……なんでココにいる」

「てきとーに人間捕まえて、どこにいるのか聞いたらココだって」


 人間め……いや、仕方ないか。相手は悪魔だ。

 

「さ、今日はぶっ倒すよ!」


 悪魔はそう言って、にいっと白い歯を覗かせた。

 ……白い歯を。


「あのさ、歯、キレイだよな」

「は!? ん? なんだって!?」

「いや、その、お前……」

「お前って言われるのムカつく。名前で呼べ。あいらんって」

「あいらん? あいらんって言うの?」

「そうだが」


 異世界の金髪少女の名前がひらがなな感じ、意外だな。女児のあだ名としてはしっくりくるけども……。


「……俺は渡良瀬勇わたらせゆう

「わたらせゆ。おっけ」


 ……名前で呼んでくれたわ……この世界で初めて。呼び方もなんか可愛くて嬉しいぞ。


「で、わたらせゆ。なんだって? 歯?」

「ああ。歯を磨く道具がないんだ……起きたばかりだから口の中が気持ち悪いんだよ。オーラルケアしたいわけ」

「なんだ。これで口をゆすげ」

「なんだこれ?」


 手渡された瓶に入ってるのは紫の水……。

 毒?

 

「すぐにサッパリするよ」


 ……。ウソを言ってるようには思えない。

 

「ぐちゅぐちゅぐちゅ……」


 うむう……クールミントって感じ……めっちゃいいぞコレ。


「もう、ぺーしていいぞ、ぺー」

「ぺー」


 おお~!?

 さっぱりだーっ!

 人差し指で歯を触ってみるが、10分磨いたときくらいキュッキュッと音が出る。なにこれ、最高じゃん。


「これいいね」

「それで顔も洗えるし、髪も洗えるぞ」

「ええ!? 全部いけんの!?」

「そうだぞ」

「SUGEEEEE! 悪魔SUGEEEE!」


 異世界の生活用品が現代の地球より進んでいるとは思いませんでした!


「そ、そーか?」


 長い金髪をいじくっている。褒められて嬉しいっぽい。


「すごいよ。これどうやって作ってるんだ?」

「んー。いくつかの薬草を混ぜて魔力をこめるだけ。簡単だよ」

「え!? まさか自分で作ってるのか? あいらんが?」

「そうだよ」

「SUGEEEEE! あいらんSUGEEEE!」

「そ、そんな大したことじゃないぞ」


 頭を掻いている。照れくさいっぽい。


「それはあげるから」

「え? いいの? ありがたいなあ」


 さっそく顔を簡単に洗う。

 爽やかな清涼感がある。肌はつっぱらないし、つるつるになった感じ。


「さ、もういいだろ」


 手のひらにぱしぱしと握りこぶしを当てている。喧嘩する気まんまんですね。

 しかし……


「いや、喉がカラカラだし、腹もペコペコなんだ……」


 そういうと、元気もやる気もまんまんだった表情が一気にげんなりした顔に変わった。


「なんだよ~。召喚された勇者じゃないのかよ~。人間たちは何やってんだ」


 マジでそうだよな。人間はどうかしている。とくにマスターとかいう女。眼の前のメスガキより、よっぽどわからせたい。


「しょうがないな。ちょっとついてこい」

「あざす」


 牛丼奢ってくれる先輩についていく感じで後を追う。


「おい人間、肉を出せ」

「ひいいいい」

「待て待て待て」


 あいらんは適当に道を歩いていた人間を持ち上げて恐喝した。悪魔の所業と言うよりはチンピラです。


「なんだよ、腹減ったんだろ~?」

「俺が人間から奪った肉なんて食えるわけないだろ」

「え~。人間なんてどうでもいいじゃん。恩も義理もないんだろ」


 ……それはそう。それはそうだが、ここで悪魔に魂を売ってはいけない。


「あいらんは普段食うもの、全部人間から奪ってるのか?」

「うーん。パスタみたいな人間しか作れないものはそう。甘いものとか」

「ってことは、それ以外は?」

「魚とかは人間が食べるの小さすぎるからなー。自分で釣るよ」

「おお! 釣り! いいじゃん。俺、魚大好き!」

「そうなのか? じゃ、行くか……」

「そうしようそうしよう」


 あいらんは人間をやや乱暴に地面に戻し、彼は逃げていった。

 ふー。悪魔と魚釣りに行くことで人間を救ったぜ……。

 てくてくと手を振って歩く彼女についていく。もともと肌の露出の多い服装だが背中はますますすごい。背中は紐だけ、それにホットパンツとブーツだけ。すらっと太くない太ももが美しい。


「いい天気だなー」

「ん? あー。天気が。なるほどなー」

「どうした」

「いや、天気の話なんて初めてしたから」

「お、あ、え? ん? そんなことある?」

「人間とはもちろんそんな話しないし、魔王軍でそんな会話ないからな」

「あ、そっか……」


 俺から見たら女子小学生なのに、ともだちがいないってのはなんか可哀想だな。


「それにこの国って雨とかめったに降らないし」

「そうなんだ?」

「えー? 人間にそういうの教わってねーのかよー?」

「なんにも教わってないしなんにもくれないんだよ」

「ヒドイな人間は。なにやってんだ」


 自分のことのようにぷんすかと怒ってくれている。うーむ。

 なんか、マジで、人間より悪魔の味方をしたくなってきたぜ……。

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