第4話 月夜を駆けたら、宇宙人になれる。
単に体がデカイだけというチート能力を手に入れた俺は、悪魔相手でも楽勝無敵。しかし普通の生活に苦労していた。
まず普通の宿屋は狭すぎる。ちょっと大きめの犬の犬小屋に泊まると思っていい。ベッドは赤ちゃんのゆりかごみたいなものだ。当然眠れない。
馬小屋に寝るという選択肢はある。といっても、この世界の馬は俺より小さいためうさぎ小屋に寝るくらいの感じだ。犯罪者でもこの扱いはないだろう。あまりにもつらい。
となるとまずはマスター……俺を召喚したこの国のお姫様に会いに行くしかないか。召喚された場所は一応、リビングくらいには広かった。友達の家に泊めてもらったくらいの感覚で休めるだろう。
「あのー。俺、勇者なんですけど……」
城の前に来た俺は、幼稚園児と接するようにしゃがんで門番に話しかける。幼稚園児よりも小さいけど。
「み、見ればわかります……」
汗を垂らしながら、見上げられている。そりゃそうか。ドラゴンが「ドラゴンなんですけど……」って自己紹介しているようなものなのかもしれない。
「マスターに会いに来たんですけど」
「マスター……アカネ王女ですね?」
名前知らないからわからんけど……。俺は名乗ったけどあの人名乗らなかったからね……。
「えっと……エール王国の第四王女って言ってました」
「はい。それでは案内を呼びます」
小さな衛兵は、小さなメイドさんを呼び出した。ビビりまくる彼女の後ろをゆっくりとついていく。
巨人である俺でもさすがに城は広い。例えるなら、小学校くらい広い。
校庭を横切る程度に歩くと、メイドさんが立ち止まる。俺が召喚された建物ではない。
離れってやつだろうか。城ではなく一階しかない小さな小屋。なんというか、少し大きめのシルバニアファミリーの家みたいな感じだな……。
「王女様、えっとー……あのー。大きな人をお連れしました」
大きな人って……いいけど……。
「少し待ってください」
1分ほど待つと、彼女が外に出てきた。中に案内するわけじゃないらしい。まあ、かがまないと入れないドアだし、俺には狭すぎるということだろう。決して俺を部屋の中に入れたくないということではないと信じたい。
「お待たせしました、勇者様」
「ああ……どうもアカネ王女」
「マスターと呼んでください」
「あ、はい……」
キッと睨まれる。名前で呼ばれたくないタイプなの? だとすると名前を教えなかったのもわかる……。
「それで、どうされましたか」
「あーっと……」
腹が減った。風呂入りたい。着替え欲しい。寝るところどうするのか。そもそも報酬とかどうなってるんだとか……いろいろ言いたいことはあるが……。
とりあえず報告か。
「ま、魔王軍の悪魔? 一応会ったよ」
「そうなんですか!? ど、どうなったのでしょう。見たところ怪我はなさそうですが……」
「あー、そうね。一通り攻撃を受けたけどダメージは無いね」
「……! すごい。さすが勇者様……」
すごくないんだよなあ……。こういうとき普通は「俺TUEEEEE! 俺最高! うひょーっ、みんな褒め称えよ~!!」ってなると思ったけども。
さすがに女児にぺちぺち頬を触られて平気とか、強風浴びても涼しいだけとか。これで褒められたところで、九九が出来て賢いと言われるようなもの。少しも気持ちよくはない。
「追い払ったは追い払ったんだけど、また明日来るってことになって。それで……今夜どうしようかなと」
「なるほど。さすがの勇者様も一度の戦いでわからせるのは無理だったと」
あれを戦いと呼べるかは疑問だが……。
「そうだね……さすがに手強いね悪魔は」
「手強いですか、メスガキは……」
憎らしいとばかりに吐き捨てる王女……俺には悪魔のほうが純真無垢に思えるのよね……。
「ところで腹が減ったんだが……」
俺は巨人だからちょっといっぱい食べちゃうかもですけど……。
「この国はあのメスガキのせいで食料が不足しています」
「ぐっ」
そう言われちゃうと食い物くれって言えないじゃん。
せめてお金だけでも……。
「この国はあのメスガキのせいで貿易もうまくいかず、貨幣も足りない状況」
「ぬっ」
金もないってさー!
こんな冷遇される勇者いる?
ほんとは別に三人くらい同時期に勇者が召喚されてたりする?
ま、いいや。せめて風呂だけでも。
「ふ……」
「この国は水も不足しており……」
食い気味っていうか完全に先回りして俺のセリフを止めたよね。
「あそこに闘技場があるのですが」
「あー」
あれ、闘技場なのか。体育館より小さいくらいだが。
「あそこなら勇者様でも手足を伸ばして眠れるかと思います。あの場所は好きに使ってください」
「……ありがとう」
「では。このくらいしか出来ないことは大変申し訳無いのですが……」
ほんとに思ってます?
ほんとにこのくらいしか出来ないのか?
とはいえ、屋根のある場所は助かる。
小走りで向かうと、あっという間に到着。
「うむぅ……」
周囲に座席。当然俺は座れない。
中央は整備されているものの、地面はただの砂の地面。芝生すらない。寒くはないが、さすがにここで眠れる気もしないな……。
なんにせよ飲み水すらないので、ここにいても仕方がない。
「そもそも水飲めるのかね」
海外旅行で現地の水なんて飲んだら日本人はとんでもないことになるという。なんで勇者様が飲み水で困らなきゃいけないのか……。
城を出て、とりあえず小高い丘に登る。
すっかり陽は落ちたが、真っ暗にならないのは、月がいくつも出ているからだ。地球ではないことが一目瞭然。
走ってみてわかったが、重力もちょっと少ない気がする。ジャンプすると体が軽く、跳ねるように走れる。
ただの地球の高校生が、神の恩恵もなくチート並に強くなれる条件が揃ってるってわけだな。
「ふむう~」
この国は水が足りないっていうんだから、見渡す限り望み薄なんだが……。
「アレは一体?」
建物なのかどうかもよくわからないが、とりあえず近寄ってみる。
ジョギングで十分ほどで、到着した。
「近寄ってもよくわからんな」
なんていうか、デカめのジャングルジム?
とりあえず登ってみる。
この世界の人間の手足では、登ることは出来ないだろうな……。
「おやおや」
登ってみたら、水があるじゃないですか。桶というか……デカイ洗面器みたいなものに入ってる。ちょうどよく、水がよそいやすい柄杓みたいなものもある。
迷ってる場合じゃねえ。
「ぷはっ」
うまい。
ただの雨水じゃないのでは?
なんかちょっといい香りがする。
ゴリゴリの硬水だったとかいうこともなく、とても飲みやすい。
ペットボトルでもあれば持ち帰りたいところだが、容れ物がない。がぶ飲みしておくくらいしか方法がないぜ。
たらふく水を飲んだら腹は落ち着いてしまい、闘技場に戻った。
疲れていたせいもあって、空腹でも寝てしまった。
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