第3話 ひざまずいて頬を叩かれてこそ男子
「よっしゃ、かかってこいやー!」
俺は憧れのプロレスラーのように叫ぶ。
男たるもの、弱者を叩きのめすより、弱者からの攻撃を受ける方こそ燃えるものであろう。
俺は長男である。弟からの攻撃を受けて受けて受けて、ダメージなど皆無だという姿を見せてこその兄貴だという自負がある。
相手が男児であってもそうならば、相手が女児であればなおのこと。
どれだけの攻撃であれ、甘んじて受けるのが当然といえるだろう。
「うりゃあ!」
前蹴りが太ももに炸裂!
体重も乗ってないし、腰のひねりも効いてないただの前蹴り!
小学生女子の激弱キックが太ももに当たったとて、なんのダメージもありはしない。
ドヤ顔を見せるメスガキ。小さな人類相手ならこれで楽勝なのだろう。
しかしながらこちらは罪悪感が生まれるくらいに弱い。
「うーん。さすがに弱すぎるな」
なんだろう。
児戯に等しいとかいう話あったが、マジで児戯だとつらい。
「やっぱ、しゃがんだりしたほうがいいか?」
子どもと付き合うときの秘訣は、目線をあわせることだという。
正座することで彼女より目線が下がった。
「んなっ……」
ナメられたとわかってカチンときたようだ。はっきり言ってナメてます。
「調子に乗るなよ、デカイだけの人間!」
威勢のいいセリフで蹴りを繰り出す自称魔王軍の悪魔。テカテカした黒いハーフパンツから、細い脚が伸びてくる。
女子小学生のような軽い体重が胸を襲う。
んむ……痛くない。むしろちょっと気持ちいい。
小学生のころ、女子から背中を叩かれたりするとなんか嬉しかったことを思い出す。攻撃というより軽いスキンシップとしか感じないぞ。
俺はMじゃないが……断じてMじゃあないが、なんだろうな、もっとこう……強くして欲しい……。
「全然きかないなあ……」
そう言うと、さすがに悪魔は驚いたようだった。いままで恐怖のどん底の人間しか見たことがないのだろう。驚きを隠せていない。
「くっ……」
ずっと余裕で人を馬鹿にしたような顔が、困惑に変わる。その様子をみていると背中からゾクゾクとした快感が生まれた。なんだこの感じ……これがわからせるってことなのか?
「このっこのっ」
よわよわキック連発。
「弱いなあ。あ、こう言えばいいんだっけ。ざーこざーこ」
「くっそー!」
怒ってる怒ってる。うひょー、楽しい~!
俺TUEEEEE!
これが本当の俺TUEEEEEEだろ!
一撃で敵を葬るより、まったくダメージを与えられない敵にマウントする方が無双っぷりが感じられるぜ!
「よっわー、え、それ本気で攻撃してるの? マジ? 魔王軍ってザコしかいないんじゃーん?」
煽りまくる俺。楽しイイイイイイイイイイイイ!
「くっ……」
悔しそうな顔。言い返せないのか。
……そうなっちゃうとちょっと可哀想になってくるから困るんだよな……もっと生意気になってくれないと……。
「顔をビンタされたら痛いかもしれないなあ……」
「!? こいつ、自分で弱点言った?」
「あ~、しまった~。うっかり口が滑った~」
「あはははは! 馬鹿だコイツ! やっぱ人間ってば~か! デカイだけの能なし~!」
くぅ~!
思い通りになる~!
全部俺の筋書き通りにコトが進むぅ~!
こいつカワイすぎるだろ~!
「ほーら! ほおーら!」
あー、キックよりは痛い~。だけどやっぱりスナップがきいてないから全然弱い~。バシッてなんなくて、ぺしぺしって感じ。ってか手ちっちゃ~い。
「痛い? 痛くて声も出ない? 今すぐ謝れば許してあげるけど~!?」
ええ~。この状況で調子に乗れるの~?
どうみたら俺が痛そうに見えるんですか~?
何度も頬を叩かれているけど、血が出るとか、腫れるどころか、赤くなってすらいないんじゃないか?
この状況でこの態度。むしろ、すごいかもしれないぞ。これが、これがメスガキか。
それにしても……頬に手を当てた状態で、上から目線で馬鹿にされてるの……KAIKANだぜ……。
この少女、やはり調子に乗りまくってる方が魅力的だ。調子に乗れば乗るほど可愛くなる、それがメスガキ……。
「ふぁ~」
あっ、やべ。うららかな日差しとやさしい風、のどかな草原で少女に頬をぺちぺちされているという状況なのでついあくびが出てしまった。
「あ……あくび……」
あーあ。せっかく調子に乗ってたのに、愕然としてしまった。
「ひょっとして、全然ダメージ無いのか?」
小首をかしげて、ぱちくりしつつ核心を突いた発言。そのとおりです。
「弱点だったのにな~。全然きかないな~。なんでだろうな~」
「くっ……」
悔しがる悪魔っ子。
いや、罪悪感が出ちゃうんですよね……弱い者いじめみたいなさ……。
なんかこうもうちょっと強くていいんだよな。
「魔法なら……?」
魔法。さすがにキックやビンタより強そうだ。
「あー。魔法かー。それはヤバいかも。俺は魔法使えないし、まともにくらったこともないし。怖いなー。恐ろしいなー」
「へえ~? ふーん? 魔法が怖い。恐ろしい。まともにくらったこともないんだ~?」
やったぜ、調子に乗ってくれたぜ。
口角が上がり、眉毛の位置が高くなる。いいねえ。
正直元気のない状態だと、こっちの調子が出ないぜ。
「怖いよー。魔法のない世界から来たから恐ろしいよ~」
「ぷふふふふ! ださーい、かっこわるーい、なさけなーい」
いつの間にか、罵倒が心地よくなっている。
それにしても魔法はマジでヤバい可能性あるな。
「まずは、風魔法!」
風魔法……肌を切り裂く烈風か、それとも吹き飛ばすくらいの竜巻の発生か……。
この流れで死にはしないと思うが……。
彼女が前に突き出した両手から、虹色の輪が発生し、そこに強い空気が集まっていくのがわかる!
「くらえー!」
「わー。わー。わ~」
……うん。扇風機だね。かなり強風ではあるけど。
涼しいですね。
「効いてないな……」
「いや、まあ、あれだよ? 冬だったら風邪引くかもだよ」
「つまり全然じゃないか!」
むきーと地団駄を踏む。これはこれで可愛らしいが。
「ならこれはどうだ、水魔法!」
虹色の輪が俺の上に現れ、強い水が降り注いだ!
「うおー! うわー!」
あれだ、あの学校のプールとかにある、異常に冷たいシャワーだ。
効くっちゃ効く。
「つめてー! うひょー!」
「楽しそうだな……」
楽しそうに見えてるようです。まあ、ちょっとテンション上がるよね。
「おい」
「ん? どした? おトイレ行きたいのか?」
「子ども扱いすんな!」
そう言われましても。だって子どもなんだもんよ。
「そっちからも攻撃してこい。なんかフェアじゃない」
フェアじゃない……魔王軍の悪魔ってそういう事言うのかよ……。
うーん、ついに攻撃を要求されてしまった。これは困った。
それに日が暮れてきた。この世界でもカラスのような鳥が鳴くんだな。
もう遅いから帰れ、と言ったらますます子ども扱いするなと怒ってしまいそうだ。
そもそも俺が困る。寝床も無いし、腹は減ってるし。そうだ、それを言って勘弁してもらおう。
「実は俺はこの世界に召喚されたばかりで、何も飲んでないし力なんて出ないんだ」
「むっ……じゃあ一度休戦にするか……」
ほっ。
その間に攻撃方法についても準備するか。
「じゃ、また明日なー」
「えっ」
ぶんぶんと手を振って去っていく。公園で遊ぶ約束をした子どものように……。
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