第19話 対話(暴力)

 扉の隙間に顔だけ入れてエミリの部屋を覗くアイリス。そして、直ぐに顔を引っ込めて扉を閉めていた。不自然な動きだ。


「どうしたんだ?」

「入らない方がいいかもしれません。特にアレクシオ様は」


 どういう事だ? 誰か中に入っているのか? 姿を消そうが気配を遮断しようが俺らの目はその程度の小細工じゃ、誤魔化せないはず。


「悪い、気になるから入るぞ」


 俺は扉に近づいてエミリの部屋に入ろうとすると、


「あの……」

「なんだ?」

「あれも一つの愛情表現だと思うので気を悪くしないで下さい」


 愛情表現? アイリスが言っている事が分からないけど、とりあず部屋の中に入れば分かるか。俺は義妹ぎまいの部屋へと侵入。直ぐに彼女が部屋を見るのをやめた理由が分かった。


「なんだこれ」


 風景画的な肖像画が部屋の壁を覆いつくしている。しかも全て俺の絵! 野原で駆け回っている四歳の俺! 短剣を構えて初代皇帝の銅像近くに立っている六歳の俺! 八歳の俺! 一〇歳の俺! などなど。


 全ての絵に見覚えがある。母上が有名な画家に描かせたものだ。確か城の貯蔵庫に置いてたはずなんだが。


「これもしかしてアレクシオ様ですか?」


 アイリスは嬉しそうピンク色の天蓋付きベッドに近づいて、枕元に置いてある全長三〇センチの人形を持って言った。人形は青い髪と青みかかった黒い目をしていた。


「こんなものあったっけ?」


 俺はベッドに近づくと同じ様な人形が三〇体ぐらい並んでいた。大きさは皆バラバラである。


「すげぇな」


 ただそれしか言えなかった。すると、アイリスは俺の肩を指でつんつんと叩く。彼女の方を向くと両腕を伸ばして俺似の人形を押し付けてきた。


「わたくしも同じものが欲しいです」

「ふ……複製しろって言うのか」


 自分で自分似の人形を生み出す。なんだが、むずかゆい感覚に襲われるな。


「もしかして、嫌なのですか?」


 悲しそうな声で聞いてくるアイリス。そんな声出されたら断る訳にいかない。そもそもなんでそんな物を欲しがるのかは分からない……人形マニアか?


「嫌じゃない、嫌じゃない。ほら貸してくれ」


 俺はアイリスから人形を受け取り、複製をする為の情報を得る。


「…………よし。これでいつでも複製できるぞ」

「えへへ。ありがとうございます。後でお願いしますね」


 太陽のような笑顔を向けてくれるアイリス。人形をベッドに戻して俺は気になる事を尋ねてみる。


「なんでそんな物が欲しいんだ? もっとほら、可愛い動物の人形とかの方がいいだろ」

「なんでだと思います?」

「それは…………」


 なんでだ? 俺に好意を持っている? 


――いや、落ち着け俺。毎度毎度、都合の良い方に考えすぎだ。勘違いしたまま一〇年間ダンジョンに潜り続けた失敗がある。結果的には潜って良かったけどな。


「分かりませんか?」


 グイっと距離を詰め寄って来た上目遣いのアイリス。心臓の鼓動が音速を越えそうな勢いだ。まずいな、このままでは爆発してしまう! 今の俺は心臓が一つ爆発した程度じゃ死なないけどな。


「そうだ、父上の容態を確認しに来たんだった」


 俺は顔を反らして、部屋から出ようと扉に向かった。背後からアイリスの「……もうっ」という声が聞こえる。


 再び俺達は廊下に出る。確かここは帝城三階の西側だ。主に王族の寝室が集まっている。ただ、ここには父上の部屋は無かったはず。


「アレクシオ様、誰かが近づいてきます」

「なら、変装するか。《物質複製/マテリアルコピー》」


 俺はアイリスの肩に触れて、帝国兵が着ている鎧――版金鎧プレートアーマーをお互いの全身に纏わせた。首から下は銀色の鎧に包まれ、兜も銀色で前面は柵状になっている。これで簡単に素顔が見えなくなった。もちろん、俺の鎧と彼女の鎧は体にジャストフィットする様に作った。


「わぁ、凄いです」


 少女の声は兜のせいで曇っていた。


「さっき城門を守ってた奴らの鎧を複製したんだ。ただ、良く確認してなかったからな細部まで合っている自信はない」


 にしても流石アイリスだ。鎧の重さに全く動じてない。どう見ても彼女は筋肉隆々ではない。むしろ、艶やかさを感じさせる体付きだ。破壊神の力を取り込んでいる事実があるとはいえ違和感があった。


 俺達は廊下を歩いているとメイド服を来た給仕と幾度かすれ違ったが怪しまれる事は無かった。俺が今向かっているのは帝城の四隅にある塔の一つだ。北西の塔の最上階に父上の部屋がある。


 塔内部に入った俺達は石造りの階段を上り始めた。壁に掛かっている松明は一定間隔に並んであって場を照らしている。


「なんでお父様とうさまは塔の最上階に住んでいるのですか?」

「高くてすみっこの場所が好きとか」

「変な人です」

「相変わらず正直だな」


 彼女は口を手で押さえる。


「す、すみません。人様の親に向かって……失礼ですよね」

「そんな事ねぇよ。それにあんたのそういう所が好きだしな」

「えっ」


 彼女の虚を突かれた様な声を聞いてから、俺も


「えっ」


 と言い足を止めてしまった。ナチュラルに好きとか言ってしまった。その後、何故か俺達は緊張しながら塔へと登った。変な所で会話が途切れるのって気不味い。


 そして、最上階へと到達する。そこには豪勢に装飾された扉、その前方に帝王直属の護衛兵が一人立っていた。正確には先代帝王直属の護衛兵となるのかな?


「どうします?」

「とりあえず話そう」


 俺はアイリスに対話を提案し、護衛兵に近づいた。


「なんだお前達は!」


 いきなり怒鳴る護衛兵。兵はアイリスを指差し、


「そんな小さいサイズの鎧見た事がないぞ! 何者だ!」


 滅茶苦茶、警戒された。それでも俺達の取る手段は対話だ。


「あっ! 殺人鼠キラーマウスがいるぞ!」

「何っ!」


 俺は適当な場所を指差し、護衛兵の注目をアイリスから逸らさせた。


「えいっ!」


 アイリスは一瞬で護衛兵の横に移動し人差し指で相手の顔を兜越しに突いた。


「ぶばっべっ!」


 帝国兵は吹っ飛び、首から塔内部の壁にめり込んだ。彼女にしては素晴らしく加減出来た方だ。首が吹っ飛んで地平線の彼方に消えてもおかしくないからな。


「上手い事、対話で解決出来ましたね!」

「ああ、そうだな」


 俺達は対話(暴力)で護衛兵を退しりぞけ、ついに父上の寝室へと侵入した。

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