第18話 久々の帝城

 帝城の庭園にある池は澄んでいて、縁に沿って色んな種類の野花が咲いていた。手入れしてある証拠だ。


「奇麗な、水ですね」


 アイリスはかがんで池をまじまじと見ていた。


此処ここは木に囲まれてるから周りから見えないし。秘密の場所みたいな感じで好きだったんだよな」

「分かります! わたくしも小さい頃、家の中でテントを張って秘密の場所を作ってたのですよ」


 彼女は背筋を伸ばして俺の方を向いた。


「男の子みたいな事してんな」

父様とうさまも同じ事言ってました。でも、テントの中に可愛い人形を置いてたんですよ。これって女の子っぽくないですか?」


 彼女はふんわりと反論してきた。男の子と言われたのがちょっと不満な様だ。


「気に入った人形とテントの中で過ごしてたのか?」

「いいえ。持ってる人形全部です」

「一〇体ぐらい?」

「三〇〇体ぐらいです」


 多過ぎるだろ。どんだけテント広いんだよ。まぁ、でも――


「――人形に囲まれているアイリスか……可愛かったんだろうな」


 俺は思った事を口に出してた。


「あ、アレクシオ様、今わたくしの事、可愛いって」


 アイリスは右手首を左手で掴んで胸の上に置いていた。どうやら緊張した面持ちになると胸の上で手を置く癖があるらしい。にしても、口を滑らしてしまったな。後ろめたい事があるわけでもないのに彼女と話していると、よく動揺したり、たじたじする。


 ダンジョンで守護九士ナインガードを相手にしてた時は冷静でいれたのに。それどころか創造神相手でも気後れする事は無かった。どうやら、アイリス・フォウゼルは俺の心を揺さぶる唯一の存在らしい。


「あー、えっと、そのだな。うん、そう思ったんだよ。人形に囲まれている小さい頃のあんたは可愛いんだろうなって」

「い、今は……ど、どう思っているんですか?」

「⁉」


 彼女は言葉を詰まらせながら尋ねていた、俺に。今……だと⁉ 何故なぜかドキドキしてきたぞ。


 俺が考え込む間もなく、誰かが近づいて来る気配がした。木々の葉がカサカサと音を立てていた。見回りをしている帝国兵が来たに違いない。


「アイリス」

「はい!」


 俺は左腕をアイリスに突き出して触らせる。今から《座標移動/ポイントムーブ》で城内へと移動しようと思う。座標を設定して瞬間移動する能力だ。俺は帝城の位置を座標として把握していないので、壁中や人前で姿をあらわす恐れがある。だが、今は帝城が直ぐ近くにあるので座標を上手く設定出来る。


 人にばれてもアイリスの力で記憶を消したり、俺の力で世界を改変して無かった事にすれば済む話だが、穏便に済むなら越したことはない。知っている人がたくさんいる場所だしな。


 それに小走りで城内へと駆け抜けた時は穏便に済ませたしな。あの調子でやれば何も問題ない!


「行くぞ。《座標移動/ポイントムーブ》」


 周囲の景色は一瞬で変わる。


 今居る場所は身動きが取れないほど狭くて暗い空間だ。


「ここは何処どこですか?」

「俺の部屋にあるクローゼットの中だ。外に人の気配が無いみたいだし出るか」

「はい」


 クローゼットの外に出る。そして、俺は一〇年振りに自分の部屋を見た。


「懐かしい……」

 

 俺の第一声を余所よそにアイリスは、


「んー」


 部屋を見渡していた。壁に飾ってある短剣類以外、ぼしい物はないはず……。


「俺の部屋を見てもつまらないと思うが」

「アレクシオ様がどんな風に過ごしていたのかを知りたいのです」

「基本的には王子として教育されてたな、勉強させられたり礼節を学ばされたりな。剣術と馬術を学ぶのは楽しかったな~、アイリスは子供の頃何してたんだ?」


 俺は部屋から出ようとし、扉に向かって歩き出した。背後からアイリスが着いて来ている。


「わたくしは、聖女である母様かあさまに憧れて教会で勉強していました」

「教会ねぇ……。今や俺達が神だけどな」


 皮肉めいた事を言いながら扉の取っ手に手を掛ける。扉の向こう側に人の気配が無い事を確認しつつ俺達は帝城の廊下へと出た。廊下の床は赤い絨毯じゅうたんに覆われていて、天井は一定間隔ごとにシャンデリアが吊り下げられて爛々らんらんとしている。


「わたくし達の教会では心の中に神が居るというのが通説ですから、例え神と呼ばれる存在になっても心の中に神はいるのです」

「へぇー」

「あ! 今どうでもいいと思っていますね」


 廊下を歩いていると横に居るアイリスは右頬を膨らませながら顔を覗き込んできた。彼女のこんな顔を見るのは始めてだ。


「悪い、つい上の空で返事しちまった」

「許します!」


 許すのかよ。相変わらず正直で素直な子だ。俺からの評価はうなぎ登り。


「ん?」


 俺は視界の端に見覚えのある扉が見えたので立ち止まった。


「どうしたのですか?」

「ここ……エミリの部屋だ」


 義妹ぎまいエミリ・ディアクロウゼスの部屋に繋がる扉があった。


「エミリさんとは?」

「血は繋がってないけど俺の妹だ。今年でえっと、一六歳になる子だ」

「わたくしより一歳年上ですね。年頃の女性の部屋、気になります」


 と言って彼女は躊躇ちゅうちょなくエミリの部屋に入ろうとしていた。幸い部屋の中に人の気配はない。アイリスが言う神は見知らぬ人の部屋に侵入する事を許しているのかもしれない。


 かくいう俺も一〇年間会わない間にエミリがどんな風に過ごしていたか気になる。あの子は俺にいつも引っ付いて来て懐いてたからな。心配だ。


「アレクシオ様、鍵をお願いします」

「ああ、《物質創造/マテリアルクリエイト》」


 俺は扉の鍵穴を確認して、金属製の鍵を創造した。


「ほらよ」

「ありがとうございます!」


 創造した鍵でエミリの部屋を開けるアイリス。同年代の女の子が気になるのだろうか? アイリスに言われるがまま鍵を作ったが悪い事をしている気分だ。しかし、俺も好奇心旺盛だからアイリスの気持ちは分かる。こうなった俺達を止める術はない。世界中の人達を敵に回したとしてもな。

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