第17話 はた迷惑な風

 酒場『テイ』のカウンターテーブルで朝食をる俺とアイリス。今朝の下着騒動もあり、俺達に会話は無かった。俺は黙々とコップを口に運んでミルクコーヒーを飲んだ。横にいるアイリスはロールパンを丁寧に千切ちぎって食べている。また、アイリスの服装はパジャマ姿から何時いつもの白ローブと青スカートに戻っていた。どうやら俺が複製した服を早速着たみたいだ。


「お前さん達、喧嘩でもしちまったのか?」


 と言ってカウンターテーブル越しに近付いたのは店主のマイケルだった。どうやら会話がない俺達を見兼ねたみたいだ。アイリスは身体をもじもじさせながら、


「喧嘩はしてないです……」


 と言葉を返した。確かに喧嘩はしていない。少し気不味きまずいだけだ。


 空気を変える為、俺は別の話題を切り出す。


「それはそうとマスター、先代の帝王はなんで退位したんだ?」

「どうやらやまいわずらったらしいんだ」

「なんの病気なんだ?」

「先帝は病気を公表してないからな。はっきりとした事は分からん」

「そうか」


 朝食を食べ終わったら城に忍び込むとしよう。俺の力なら肉体を元気な頃に戻せるし、こっそり父上の様子を見るか。


「兄ちゃんらこれからどうするんだ? 金は持っていやがるようだが、帝都に滞在している間何もしないつもりか?」

「まずは帝都の中と外を色々見て回りたいと思っている」

「帝都の外? 兄ちゃんは外から来た人間だろ。なんでそんな事思うんだ?」

「それは……」


 城の中で育ってきた俺は帝都の事を見聞きしていたが、自由に散策した事が無い。それに帝都の外の事も知らない。外の世界を知りたい。世界を駆け回りたい。一〇年前にも抱いていた自由への渇望。まずは自由への一歩として自分が生きた国の事を知ろうと思う。アイリスと共に。


 とりあえず、マスターに過去の事を詮索されても困るので彼を黙らせよう。


「マスター、金貨渡しただろ、一〇〇年分の家賃に相当するはずだ。それでもまだ足りないか?」


 俺は昨日、マイケルに渡した金貨を利用し、便宜べんぎを計ってもらうことにした。


「……分かった分かった。お前さん達の素性は聞かない。全く、賄賂わいろみたいなお金の使い方をしやがって」


 渋々引き下がるマスター。


 アイリスは食事を終えたのか手持ち無沙汰でコップを両手で持っていた。彼女が少しでも力を入れると確実にコップは破壊されるのでヒヤヒヤする。


 俺の視線に気づいたアイリスは目を合わせてにこやかに笑った。心無しが後光が見える! 眩しい! 一気に脈拍数があがった気がする!


 勝手に緊張しているとマスターは俺達の皿を下げながら、


「暇なら冒険者ギルドで仕事をしてくるといい。つっても金銭的余裕があるお前さん達が進んでやるとは思えないけどな」

「冒険者ギルドか……アイリスどう思う?」


 自然な流れでアイリスに話し掛けた。


「そうですね。んー」


 彼女は虚空を見つめながら考える。


「目的もなく歩くよりはいいと思います! それに私達の力ならたくさんの人が救えますよ。アレクシ……、アレクシートベルト様はどう思うのですか?」


 アイリスはまたもや、俺の名前を人前で言いそうになっていた。昨日と名前が違う気がするがマイケルは何も気にしていないみたいだ。恐らく賄賂の効果だろう。


 名前の件はともかく彼女の言い分には賛成だ。この力を持て余してしまうのは目に見えている。その気になれば世界を支配する事も出来るが、俺もアイリスもそんな事は望んでいない。


「俺もアイリスの意見に賛成だ。城に寄った後、ギルドに行こう」

「お城に寄るのですか?」

「様子を見たい人がいるんだ」

「様子を見たい人……もしかして、貴方様の父――んっ!」


 彼女が「父上」もしくは「父親」と言いかけたので俺は片手で口を塞いだ。マイケルが俺の事を行方不明の第一王子だと察してもらっては困るからな。俺は自由でいたいし、それに今はアイリスが居る。俺は彼女とずっと一緒にいると決めたんだ。


ふみまへんすみません


 とアイリスが言った後、俺は彼女から手を離す。するとマイケルが、


「おいおい、今は城には入れないどころか必要な外出を控えろとお触れが回ってんだ。冒険者ギルドに行くのはいいが観光はよした方がいい」


 と皿を拭きながら注意を促した。


「なんでそんな事になってるんだ」

「昨日の異常現象知ってるだろ。真昼だったのにいきなり夜になっちまってな」

「そういえばそうだったな」


 というか俺が世界を夜に変えたからな。


「いきなり夜になったせいで災厄が起きて世界が滅びるだの、魔族が人間領に侵攻してくるだの、色んな噂が出てな皆外に出るのに怖がってるんだ。その上、帝国も近隣の国も外出を控えろとのお触れを出してんだ」


 俺はテーブルカウンターに両肘を乗せて手を組む。


「そんな事が……すまない悪いことをしたな」

「なんで兄ちゃんが謝ってんだよ……」


 とマイケルが怪訝けげんな顔で俺を見た後、アイリスが俺の肩に手を置く。


「貴方様の罪はわたくしの罪でもあります」

「アイリス……! ありがとう」


 そんな俺達の様子を見てマイケルは


「訳分からん」


 と呟いていた。


 その後、俺達は酒場を出て帝城に向かって歩いていた。父上の容態が気になる。それに久々に妹と弟達の顔を見たい。


「本当に歩いている人がいないのですね」

「正直、こんな事にはなるとは思わなかった」

「わたくしもです」


 話しながら俺達は商業地区を抜け、帝城を取り囲んでいる城壁に近づいていた。視界の先には幾つかある城門の一つが見える。また、城壁の上には歩廊ほろうがあって帝国兵達が見回りをしているみたいだな。


「アイリス、止まってくれ。これ以上進むと兵士に見つかる」

「はい、今からお城に忍び込むのですね」

「ああ、正面突破で忍び込む事にする。俺達なら小走りをすれば常人じゃ見えないスピードで走る事が出来るからな。正面から忍び込んでも問題ない」

「さすがです! 正面から忍び込みましょう!」


 よし正面から忍び込むぞ! 俺達は小走りをする態勢を整え、駆け出す!


 神速! 常人じゃ視認出来ない速さ! 真っ直ぐ城門へと近づく、門の外側から内側まで一〇人の兵が左右に分かれて並んでいるが、問答無用で俺達は彼らの間を取り抜け城門を抜けた!


「ぐわぁぁぁぁぁああ」

「うわぁぁぁぁぁあ」

「ぬおっっっ‼」

「ぎゃぁぁぁあ」


 背後から悲鳴が聞こえる。どうやら俺達が速すぎて強めの風が起こしながら走っている様だ。風にあおられてびっくりしたに違いない。にしても叫びすぎだろ。


   ※


 アレクシオの見解は甘かった。彼とアイリスが走ると周囲には驚異的な烈風れっぷうが巻き起こっていた。地面は抉られ、城門を通り過ぎた頃には兵士ごと城門が吹き飛んでいたのだ。城門と城壁の一部は無残にも破壊されている。


 以降、この城門を警備したいと思う者はいなかった。原因不明の突風が吹くのを恐れたのだ。中には悪魔が門に取り憑いてると言う人もいたり、戦乱時に亡くなった人々の霊が住み着いてるという噂になったりもした。


 そして、人々はこの門の事を「死の門デスゲート」と呼んだ。


   ※


 俺とアイリスは城門を抜けると城周りに広がっている庭園を駆け抜けていた。


「アイリス、飛ぶぞ! 庭園に身を隠せる場所があるんだ」

「はい! 分かりました!」


 俺達は遥か上空へと跳躍し、庭園にある池の近くへと着地した。池は木々に囲まれていて周囲からは見えない。身を隠すには絶好の場所だ。


 俺は周囲の光景に懐かしさを感じつつ、何処から城に入るか考えていた。

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