第16話 羞恥心の向こう側

 目が覚めた俺は上体を起こし、横で寝ているアイリスを見る。彼女は手足をピンと伸ばして寝ているようだ。寝始めた態勢から一ミリも動いてないと見た。


 俺は立ち上がって昨日閉めたカーテンの前に立つ。


「眩しい……」


 部屋のカーテンを開けると窓ガラス越しに太陽の光を体中に浴びた。窓ガラスは壁一面に張ってある為、降り注いでくる光が強い。


「おはようございます」


 と後ろから声がする。振り返るとアイリスがベットで上体を起こしていた。太陽も眩しいが彼女の笑顔も眩しい。というか……俺は昨日、この子と一緒のベッドで寝てたんだよな。なんか緊張してきた。


 アイリスは昨日と違って真っ白な七分袖とズボンを着ていた。彼女は昨日、お風呂に入った後、宿屋に備え付けられてるシルク生地のパジャマに着替えたらしい。


「おはよう。俺、寝相で迷惑掛けてなかった?」

「大丈夫です! わたくしの方こそ迷惑掛けていませんでしたか?」

「心配するな、大丈夫だ」

「良かったです」


 その後、言う事が無くなった俺達は無言で見つめ合う。


「「…………」」


 そして、思わずお互い目を背けてしまう。

 

 普通に照れてしまった。アイリスも気恥ずかしいのか頬が紅潮していた。


 何故なぜ気不味きまずいので俺は窓の外を見るフリをする。しばらくするとアイリスが横に並んで立った。


「あ、あのアレクシオ様、その服どうなされたのですか?」

「神の力で作った」


 今の俺の格好はいわゆる軽装装備だった。肩から股下までは青色の革鎧レザーアーマーで覆われていて、ポケットが沢山付いている多機能的っぽい黒ズボンを履いていた。


「なんだが父様とうさまが着ていたものと似ていますね」

「実は俺、子供の頃からあんたの父親の伝承が好きで毎日読んでたんだ。財宝王に憧れて身軽な装備を好んでてさ。それに俺はダンジョンで色んな魔物が身に付けていた装備に触れてきたからな。神の力で複製できるしオリジナルのものだって作れる」

父様とうさまに憧れてたんですね……なんだが不思議な気分です。ここが一〇〇〇年後の世界なんて……」

「アイリスは一五歳の時に自分と創造神を封印したんだっけ?」

「はい! 皆を殺している創造神がムカついたのです」


 結構軽い感じで封印したみたいだな。義理の妹――第二王女のエミリみたいに直情的なタイプかもしれない。


 気が付くと扉の外が騒がしくなっていた。どうやら宿に泊まっている客が一階に降りているらしい。そういえば一階にある酒場『テイ』は夜から営業しているが朝食と昼食は宿に泊まっている人達に食事を提供していたな。多分、皆、食事をしに行ったんだろう。


「そろそろ、下に降りるか?」

「その前に頼みがあるのですけれども」

「なんだ? 言ってみてくれ。多分、何でもできるぞ」

「ふふっ。頼もしいです」


 アイリスは優しく笑った。


「わたくしの服を複製して欲しいのです」

「白いローブと青いスカートのやつか?」

「はい! 封印されていたのですが、一〇〇〇年間も着てた服が傷んでないか心配で……」

「なるほどな」


 しかし……しかしだ。女性物の服なんて詳しくないし触った事もない。複製するには形や素材、そして感触を知る必要がある。アイリスの目の前で彼女の服をこねくり回すように触るのには抵抗がある。


「あのだな……アイリス」

「はい」

「昨日、金貨を複製した時の事覚えているか?」

「んー」


 拳を口元に当てて首を傾げるアイリス。


「念入りに触ってましたね」

「金貨の表側に帝城ていじょうが刻印されているからな、形を覚える為に触ったんだ。それに素材や感触も知っとかないと不完全な複製になってしまう」

「なるほど……それがどうかなされたのですか?」

「えーっと、だからアイリスの服を隈なく触らなきゃいけないんだ。嫌だろ?」

「? 嫌ではないですけど?」

「え、そうなのか?」

「はい」


 どうやら抵抗が無いみたいだ。


 アイリスは移動し、壁際に置いてあるキャビネットの前にしゃがむ。キャビネットの引き出しから彼女が昨日着ていた服が取り出され、奇麗にたたまれた白いローブと青いスカートを両手で渡してきた。


「お願いしますね」

「任せろ」


 俺は青いスカートを手に取り、手のひらで擦る! 縦横無尽に! 案外、柔らかい生地だな。


「…………」


――なんか変質者になった気分だ。流石に羞恥心を感じてきた。次いでスカートの中に手を突っ込んで裏側も擦る! イケナイ事をやってる気分になってしまう。 今手に持っているのにはただの衣服なのに。しかもアイリスがこちらを向いている。なんなんだこの状況は。


「あわわ……」


 アイリスが片手を猫の手にして口に当ててた。すんなりと渡したわりには動揺しているみたいだ。とりあえず、スカートは乗り越えた! 次はローブだ!


 俺は軽快にローブを触りまくる! アイリスは体をふらつかせて今にも倒れそうだ! どういう感情なのかは分からないが彼女の為にも早く終わらしてやる! うおおおおおお! ⁉


 俺は手が止まる。なんだこの妙な膨らみがある部分。胸部を覆っている部分か? 彼女の双丘が大きいのをついつい再認識してしまう俺。そして復活する羞恥心。


「だ……駄目です……」


 アイリスが小声で言ってた。やめて欲しいという事だろうか?


「複製中止にするか?」

「いえ! そういう事ではないのです……あの、その色々……考え――」


 口をつぐんだ彼女は体を横に向けて、


「続けてください」


 と早口に言った。それにしても俺達は一体何をやっているのだろうか。


「ふぅ……」


 終わった。これで複製は完璧に出来る。しかしアイリス目線を泳がせながら、


「差し支えなければ……また複製してもらいたいものがあるんです」

「他に何か着てたっけ?」

「いえ……あの……下着……上と下のも新しいのが欲しいのです」


 衝撃的な事を言った。さすがの俺も動揺してきた。まぁ、元々してるけどな。


「アイリス着テタ奴。俺触ル?」

「はぃ……」


 何故かカタコトで喋る俺と消えそうな声で返事するアイリス。


「一セットしかないのです……幾つか欲しくて」

「分カタ」


 彼女はキャビネットから上と下の下着を渡してきた。アイリスの顔は真っ赤。爆発しそうだ。


 ちなみに俺は創造神が居たダンジョンの地下七〇階で守護九士ナインガードである悪魔王バルハロムが所有していた固有魔道武具アーティファクト――死痕之手しこんのてジェグノイアーを振るわれた時より緊張していた。死痕之手しこんのてジェグノイアーは問答無用に対象の命を狩るという力を持つ手袋だ。素材は魔力そのもの。今では無効化出来るが当時は必死だった。創造神ガルアディオと対峙した時より緊張していた気がする。


 つまり、今が人生最大の窮地。これを複製出来ちまったら最早、下着生産工場。しかしアイリスの為だ! やるしかない! うおおおおおおおおお!


 その後、アイリスは自分の下着を俺に触られているのを見ているうちに、羞恥心が限界点を突破し、仰向けにベッドに倒れてしまった。ちなみに複製は完璧どころか色を変えれるというアレンジも出来て成果は上々だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る