第13話 お金を増やそう!

 酒場『テイ』。ホールには丸テーブルがそこら中にあって、右の隅の方にはダンスフロアがある。三人の女性が可愛らしい衣装で踊ろうとしてるみたいだ。左の隅には段差を登った先にピアノが置いてる。今、奏者らしき男性がピアノの前に座って鍵盤を指で弾いている。


 相変わらず、アイリスはキョロキョロと周囲を見渡している。色々と物珍しいみたいだな。


「ぺっぴんなお嬢ちゃんだな……兄さん、注文は?」


 カウンター越しに居る褐色の肌を持つ男性がアイリスの容姿を褒めた後、俺に尋ねてきた。俺が城に居た頃、良く食料や酒を納品してくれた人物だ。いつ見ても肩幅が大きくて腕っぷしが強そうだな。彼の名はマイケル。多分、五〇代程度かな。


「聞きたい事があるんだが」

「兄ちゃん、話の前に何かを頼んでくれないか?」

「む……」


 そういえば、お金が無いな。


「水を頼む」

「冷やかしか?」


 段々とマイケルの態度が冷たくなっている気がする。なんでだ? そんなにお金欲しいのか?


 今の俺は、創造神の力で固有魔道武具アーティファクト以外なら複製出来る。どんな硬貨もこの世界のある物質で出来たものに違いないからな。俺の意のままだ。ただ細部の形まで思い出せないし、正確な大きさが分からない。一度、実物を見る必要がある。


「マスター。飲み物を頼むにお金が足りないんだ。だから銀貨か銅貨でもいい。一つ貸してくれ、必ず倍にして返す」

「な、なに言ってんだ! お前さん、ふざけてるのか? ギャンブルの常套句みたいな事言いやがって!」

「なら倍以上にして返す。一〇倍……いや、一〇〇倍以上だ!」

「そういう問題じゃねぇつってんだ! 信用出来るわけないだろ。借金がしたかったら金貸し屋でも行け」

「なんで、分かってくれないんだ」

「当たり前だろ」


 一〇〇倍にして返すと言ってるのに……贅沢な奴だ。ちなみにアイリスは頬杖をついて俺達の会話を聞いていた。チラっとアイリスを見るつもりだったのに目が合ってしまい、恥ずかしくて目を逸らしてしまった。どうやら彼女も思わず目を逸らしていた様だ。とりあえず、


(《精神通信/メンタルロケーション》)


 俺は脳内で会話出来る魔法を使った。対象はもちろんアイリスだ。


『アイリス、聞こえるか? 俺だ』

「! はい聞こえます! アレクシオ様」


 何故か口に出して喋るアイリス。マイケルはビクッとおののいていた。きっと、彼女がいきなり喋り出したせいだろう。


『わざわざ、口に出さなくて会話出来るからな。そういう魔法だ』

『すみません。思わず、喋ってしまいました』

『知っていると思うが。今、お金が無い』

『はい』

『だけど俺はこの世の物質なら、何でも複製出来る。お金の件に関しては硬貨一枚さえあれば済むんだ』

『すごいです!』

『どうにかして硬貨を見つけるぞ』

『はい!』


 俺とアイリスは立ち上がる。するとマイケルは怪訝な目で見てきた。とりあえず気にしないでおこう。


 チラホラと客達が来ているのが分かる。給仕の動きが慌ただしくなっていた。


 俺達はテーブルを囲んでいる人達に近づいた。裕福そうな身なりだ。


「な、なんだね!」


 ちょび髭のおっさんが言った。


「硬貨一枚貸してくれ」

「直ぐに返しますよ」


 俺達が淡々と言うと、おっさんは身を震え上がらせた。


「ひぃ! き、貴族から金を奪うというのかね!」


 貴族だったのか。どうりで身なりがいいと思った。狙って正解だったな。きっと裕福な人達ならば硬貨の一枚や二枚などくれるだろう! 間違いない! 


「うわぁぁぁぁん!」

「大丈夫ざますよ! こんな人達直ぐに追っ払ってもらうざます!」


 貴族の子供が泣き出すと母親と思われる人物があやしていた。 


「何か悲しい事があったのですか? 良かったら力になりますよ」

「あ、あなた達のせいざますよ‼」


 アイリスが心配して子供に声を掛けたのに、ざます女は怒っていた。人の好意を無下にするとは、貴族も堕ちたな。


 とにかく目的を果たすか。


「一枚だけだ、頼む」

「ひぃぃぃぃ! 誰か助けてくれないかね!」


 ちょび髭が叫んでいた。どうやら断られた様だ。貴族なのにケチだな。


「仕方ない。時針じしんの杖ダンデリオン!」


 俺は時を止める杖――固有魔道武具アーティファクトを召喚し、世界の時間を止めた。


 当然の事ながら皆、動かない。零れ落ちた子供の涙さえ空中で留まっていた。そして、俺は思わずアイリスを見ていた。


「ん⁉」


 俺は驚いた。アイリスが動き出そうとしているからだ。


「んっ……あっ! ふぅ……アレクシオ様見てください! 私動けますよ」


 艶やかな声を出した後に喋る少女。ドキドキさせやがって。


「予想はしていた」

「少し驚かそうと思いましたのに」

「驚いてはいたぞ」

「えへへ」


 笑顔が似合う少女だ。神と同等の存在になった俺達には固有魔道武具アーティファクトの効力さえ覆せるのだろう。実際に創造神も時針じしんの杖ダンデリオンの能力が効かなかった。まっ……人の強い思いが宿った固有魔道武具アーティファクトには破れてたけどな。


「さてと」


 俺はちょび髭の懐から硬貨が入ってそうな装飾された巾着を取り出す。巾着の生地の肌触りが良い。さすが貴族だ。


 アイリスと共に巾着の中身を覗くと金ピカに輝く硬貨があった。


「……金貨しか入ってないな」

「わたくしが居た時代では金貨が一番高価でしたけど、この時代でも高価なのですか?」

「この時代は金貨の上に大金貨ってのがある。でも金貨だけでも十分だ。この酒場の上階にある宿屋でも一年以上泊まれるからな」

「なるほど……」


 俺は一枚の金貨を隈なく触る。金貨の裏は平べったいが表には帝城が刻印されている。かなり複雑な刻印だ。見ただけじゃ形を覚えれないから感覚で覚えるしかない。


「よし!《物質複製/マテリアルコピー》」


 右手に持った金貨が二枚になる。


「やりましたね!」

「じゃっ、時を戻すぞ!」

「はい!」


 巾着に金貨を戻す。お礼として増やした金貨も入れてちょび髭の懐に戻した。次いで俺は杖を異空間にしまう。人々は動き始めていた。


「ひぃぃぃ! 誰か!」


 早速、ちょび髭が叫んでいた。


「うるさいです。《記憶破壊/メモリーデリート》」

「! あれ? 今、何をしていたんだ?」


 アイリスが指を鳴らして言った。どうやら貴族達の記憶から俺らの事を消し去った様だ。にしてもなんであんなに怯えてたんだろ。


 カウンターの席に戻り、マイケルと向かい合う。


「兄ちゃん達、いい加減にしてくれ! お得意の貴族に何してくれてんだ!」

「金を持ってきたぞ」

「一文無しの癖に、何を言って――――」


 俺は手をカウンターテーブルにかざして、《物質複製/マテリアルコピー》で金貨を生み出し続けた。金貨は手のひらからテーブルに落ちていく。


「おっ……お! ええええええええ!」


 マスターは驚いていた。また、テーブルにいる客たちも驚いて声を上げていた。


「な、なんだあの金貨の量!」

「一枚! 一枚! 欲しい!」

「手品師か?」

「横に居る女の子可愛いぞ!」

「青髪って珍しくない―?」

「ちくわうめぇ!」


 ジャラジャラ


 と五〇枚……一〇〇枚と金貨は重なっていった。


「これでも不服か? まだまだ出せるぞ」


 無限にな。 


「さっ! 兄ちゃん達! 好きな物頼みな! 幾らでも頼んでいいぞ! ほらほら、遠慮すんな!」


 マイケルは異様に機嫌が良くなっていった。


「やりましたね!」

「好きな物頼んでいいぞ」

「この時代の食べ物、楽しみです」


 アイリスは嬉しそうに料理名が書いてあるメニューを読んでいた。ともかくこれで話を聞けそうだな。ようやく情報収集が出来る。

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