第12話 お茶目な立ち話

 世界を無理やり夜にしたせいで、帝都の飲食店は営業開始の時間を見失っている様だ。今、俺達の目の前には、帝都で最も繫盛している酒場『テイ』が建っている。酒場は三階建てで二階以降は宿屋となっている。一〇年前と変わらず立派な建物だ。


 お店を開く事にしたのだろうか? 丁度、二人の女性が目の前の酒場から出て来た。彼女らの頭部には作り物のうさ耳。更に網目が細かいストッキングを履いていて、肩をさらけ出したピンク色のレオタ―ドを着ていた。いわゆるバニーガールだ。今から店の前で集客し始めるに違いない。


 アイリスはバニーガールを見ると口に手を当てていた。珍しいのだろうか?


「す……凄い格好ですね」

「アイリスの居た時代には居なかったのか?」

「はい。あの方達は恥ずかしくないのでしょうか……わたくしは耐えられません」

「本人らは仕事として割り切ってやってるんじゃないか? あの格好で男の客を呼び寄せてるんだろ。詳しくは知らないけどな」

「アレクシオ様は……あの格好が好きなのですか?」

「えーっと……」


 返答に困るな。好きでも嫌いでもないしな。


 ただ、もし好きと言ったら、この子はドン引きするんじゃないか⁉ それだけは世界を改変してでも止めたい! いや待てよ……今の俺は世界の時間を巻き戻す事が出来る! ドン引きされたらされたで時間を戻せばいい。完璧だ。


「凄く悩んでいるのですね」

「そう言う訳じゃないけどな」

「わ、わたくしがあの格好をしたらどう思います?」

「⁉⁉⁉」


 アイリスが緊張しながら言った言葉に俺の目は白黒させられた。


 なんなんだその質問……何が狙いなんだ。ドキリとさせやがって。勘違いしてしまう。


「似合うと思うが、アイリスらしくないな。今の格好が良い、俺はな」

「そうですか……。アレクシオ様、参考になりました!」

「良く分からないが、助けになったのなら良かった」


 一体なんの参考になるんだ? まぁいいか!


 そうこうしている間にバニーガールの片割れが近づいて来ていた。無理もない、ずっと店の前で立ち話してたからな、いいカモだと思われているに違いない。


「帝都一番の酒場! 『テイ』! 開店中です! 恋人同士でどうですか~?」


 どうやら恋仲だと思われている様だ。

 

「恋人同士だってよ」


 と冗談を言うと、 


「アレクシオ様ったら、もうっ」


 とアイリスは照れ臭そうに言って肘で俺を軽くど突こうとしていた。しかし、神の力を持つ俺達の軽くは常人とはレベルが違う。


 今、横腹に迫ってきている彼女の肘! 刹那の間に俺の思考は回転! このまま彼女の肘打ちを受けても俺はなんとも無いが……恐らく、俺の体に肘が当たった瞬間、爆発的な衝撃波が起こって、周囲一体の酒場、宿屋、飲食店は吹き飛ぶ! バニーガールも木っ端微塵だ。


 考えろ。万が一の場合は俺の力で全てを元に戻したら済む話。


 そうか! 避ければ、衝撃波は起きない! 自ずと考えれば分かる事だったな。


 という事で俺はアイリスの肘打ちを、ヒョイっと一歩下がって避けた。


「あらっ」


 と言ったアイリス。肘は虚空を突く。その虚空からは突風が吹き出し、大気を震わせ、地面を揺らす。突風は地鳴りの様な音を立てる。そして、煉瓦の歩道は遥か先まで地割れしていた。人々は突風によって立つ事すら出来なかったみたいだ。


「「…………」」


 破壊された歩道を白い目で見る俺とアイリス。完全にやらかした。お互いに。


「きゃあああ‼ 大変‼ 地震よ! マスターは大丈夫かしら‼」


 バニーガールは流石にアイリスがやった事とは思わなかった様だ。彼女は急いで酒場に戻って行った。


「ご、ごめんなさい……力が上手く扱えなくて……」


 アイリスは項垂れていた。明らかに落ち込んでいる。


「避けた俺も悪い」

「……再生できますか?」

「人も歩道も再生できるが、いきなり治したら不自然過ぎる。という事でだ、時間を戻すぞ」

「そんな事も出来るのですか! 凄いです!」


 彼女に笑顔が戻った様だ。


「俺は、この世界を作った創造神と同等になっちまったからな。好きな様に時間を戻せる。じゃあ……一緒に行くぞ《遡行世界/リトライワールド》!」


 世界はアイリスが肘打ちする前の時間に戻った。目の前にはバニーガールが居て、歩道は無傷だった。


「アイリス……時間が戻ったのを覚えているか?」

「はい! でも私に封印された創造神はなんでこの力を使わなかったんでしょうか?」

「思いの力……だと思う。この身を封印してでも世界を救いたいっていう思いに負けんだろ創造神は。ふわっとしてるが、実際に俺は吸収短剣ドレインダガーアルムハイムに込められた思いの力で創造神を倒したからな」

「思いの力……素敵な響きです!」


 と話しているとバニーガールが気だるそうに


「あの~、お店来るんですか? 来ないんですか?」


 と話し掛けてきた。どうやら彼女の事を無視してしまってたらしい。


「行きます」

「はい! 二人ご来店でーす!」


 先程までやる気を失っていたバニーガールは生き生きと言った。さすがプロだ。切り替えが速い。


 俺とアイリスは酒場『テイ』に入った。営業したばかりなのでお客さんは少ないみたいだ。手っ取り早く情報を手に入れる為、この店のマスターと話そうと思い、俺はカウンター席に座った。もちろん横には金色の髪をなびかせているアイリスが座った。さて、何から聞こうか……。

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