注文4 嘆きの谷 ポーション配達3

 寸劇を終えて、エリシアとパーティー・ネンザンの一行はお互いに挨拶をかわしました。

 その間に、今ダンジョンで行方不明者が多数出ている事、捜索隊が編成されている事、それとは別に滑落したパーティー・ネンザンのフォローにエリシアが来たことを話しました。


 自己紹介の合間に。


「この子が噂の……」


「本当にちっちゃい女の子なのね」


小さな魔女の妖精さんリトル・ウィッチ・ブラウニーって本当にいたんだなぁ、おじさん驚いたよ」


 とパーティー・ネンザンの人達は驚いていました。


 エリシア達が危惧していたよりも、怪我を負った人が少ない事に安堵を覚えます。

 奇跡的に怪我人は一人だけです。とっさの判断で魔法を使ったアルヒンさんが居なけば、ここまで被害が小さくなることは無かったでしょう。

 エリシアとアルヒンさんはお互いにわーいと喜び合いました。


 さっきからサーポの目が冷たい気がしますが、この際気にしない方向で話を進めます。


「怪我の具合はどうですか?」


 エリシアはナイケメンさんに尋ねました。

 彼は壁と岩の間に出来た隙間の奥で、足を投げ出して座っています。怪我をおして動いた結果悪化させてしまい、先程まで激痛の所為で大量の汗をかいていました。その汗も幾分引いて来たように見えます。

 挨拶をしている間にヒールポーションを渡して、飲んでもらっていたのでした。


「ああ、かなり楽になって来た」


 兜を外して脇に置いたナイケメンさんは、まだ汗の流れる顔に笑顔を浮かべて答えました。


「それは良かったです。もし治り切らなかった時は、遠慮せずに言ってください。渡した低級回復水薬ローヒールポーション、だけではなく中級回復水薬ミドルヒールポーションも取り揃えていますから!」


 大きな鞄を掲げてエリシアはニッコリとしました。




**************************************



 回復水薬ヒールポーション

 水、木、土、金の属性魔素マナを溶かし込んだ水薬です。

 人の大部分を占める水、生命力を増幅させる木、骨を構成する要素の一部を含んだ土、そして少量のミネラルを表す金、それら魔素マナを効率的に吸収させるために液体にしたのがポーションです。


 ポーションを飲むと負傷が治ります。ですがこれは細胞が急速に分裂して、傷を治したわけではありません。

 魔素マナが肉体の情報を読み取り、負傷が無い正常な状態になるよう細胞の代わりとなって傷を塞いでいるのです。

 この魔素マナによる体の置換は、四肢や骨、内臓の欠損すらも修復して見せます。魔素マナが四肢や内臓の代わりとして正常な働きをするのです。

 一度吸収された魔素マナは長い時間をかけて体から放出されていきます。

 少しづつ抜けていく魔素マナは再生した細胞や骨と入れ替わり、元の肉体に戻っていくのです。



**************************************




「うん、この調子ならミドルまでは飲まなくても大丈夫そうだ。ありがとうお嬢さん」


 ナイケメンさんは、最初は痛みを恐れる様に、痛みを感じなかったらゆっくりと立ち上がり、最後に怪我をしていた方の足で地面を何度か踏みしめます。

 すっかり痛みは引き、動くのに支障はなくなりました。

 

 追加の薬の処方を断られたエリシアは少し残念でした。お店で売っている薬の安全性と効果には自信があったので、宣伝をしておきたかったのです。

 

 何にせよ動けるのです。脱出を目指し移動しましょう。


「ところでこの喋るビーバーは一体?」


「アーヴァンクのサーポです。私の護衛になります」


「アーヴァンク!?」


 と言った地上と似たようなやり取りが起きましたが、説明をして無事に納得してもらいました。

 エリシアは地上んでるまでネンザンの人達と行動を共にすることにしました。




 一行の先頭を獣人ミクシアのウダロさんが耳を立てて進みます。慎重に周りを警戒する姿は、頭の上に在る耳そのままに、猫のように見えます。

 ウダロさんの横、何かあった時直ぐにフォローできる位置にナイケメンさんが、二人から遅れて後衛のアルヒンさんとサンジオさんが続きます。

 最後にエリシアとサーポが付いていきます。

 

 ネンザンの人達は出来るだけ怪物モンスターと出会わないルートを選んで進みました。

 パーティー・ネンザンの消耗品が底をついているのもありますが、装備の損傷も激しいからです。彼らは出来る限り戦闘を避けて、他の冒険者と合流することを選びました。


 エリシアとしては誰かが負傷した時は、惜しみなくポーションを提供するつもりでした。救助に来て出し惜しみをするのは無しです。


 しかしネンザンの人達はその申し出を断りました、今の状況で余計な戦闘をして危険を呼び込むことは無いと言います。実に慎重で合理的な選択でした。

 でも本当は金銭的な余裕がないのも、そう選択した理由の一つだったりもします。


 前を行くパーティー・ネンザンを見ながら、エリシアは風の結界で周囲を索敵していました。ぷかぷか浮かぶ杖の上で天井や周囲のオブジェクトに注意を払います。

 エリシアの乗る杖の下では再度ロープが接続され、サーポを吊るしていました。

 プラプラと揺れるサーポは暇なのか居眠りを始めようとしています。


 怪物モンスターの余計な注意をひかないように、皆無言でした。

 順調に足を進めて小さな部屋を幾つか抜け、中層の第三大部屋まで辿り着きました。

 

「よし、この辺で一旦休憩を取ろう」

 

 ナイケメンさんが振り返り言いました。

 大部屋の中でも周囲が開けている場所です。オブジェクトも遠くにあるだけで、視界を遮るものはありませんでした。

 ここなら休憩中も周囲の警戒が容易に出来ますし、良い場所です。

 ネンザンの人達はめいめいに水を飲んだり、携帯食を取り出して齧ったりしています。


「アルヒン、サンジオ。マジックバッグの中の携帯食はダメになっているだろ。これを食べてくれ」


 ナイケメンさんは自分のマジックバッグから携帯食を取り出して、二人に分けていきます。


「そうだったな。俺の分も良かったら食べてくれ」


 ウダロさんも二人のマジックバッグはどうなったかを思い出し、ナイケメンさんと同じく携帯食を差し出しました。


 携帯食を提供されたアルヒンさんとサンジオさんは、二人の好意を喜んで受け入れました。

 小麦粉やナッツ他にも干した果物を固めた携帯食は、お世辞にもおいしいとは言えないものですが、食べなければダンジョン内では体がもちません。

 みんな顔をしかめて食べています。


 それをはちみつクッキーを食べながら見ていたエリシアは、途中で何かに気が付いたようにハッとし、顔色を変えました。

 持っていたクッキーを急いで食べ終えると、大急ぎで鞄からクッキーの入った小さな包みを人数分取り出します。


「クッキーもどうぞ!おいしいですよ!」


 エリシアはきらきらとした笑顔で周りに勧めます。

 ちっちゃな子供がおいしいからと、自分のお菓子を分け与えようとする姿は、何処か心が和み癒される光景でした。

 クッキーを配るエリシアを見る大人たちの眼は、とてもやさしい色をしていました。


「お水とはちみつもあるのでどうぞ!」


 エリシアはウォーターピッチャーや蜂蜜の入った陶器の瓶まで取り出し、全力でもてなそうと始めました。

 周りは最初目を丸くしていましたが、直ぐに顔を綻ばせてもてなしを受けました。

 特に喜ばれたのは蜂蜜でした。携帯食の口直しにちょうどよかったのです。


 この蜂蜜はエリシアが今よりも小さい頃に、とある山で出会った綺麗なお姉さんから貰ったものです。金色の髪に金色の鎧を着た人でした。

 とても強い魔力エーテルの籠った蜂蜜が、一日に一回だけ陶器の壺いっぱいに満ちる品物です。

 これがあるのでエリシアは甘いものに不自由したことはありませんでした。


 蜂蜜のおかげで皆のやる気は十分です。

 休憩を終えて出発しました。

 

 第三大部屋を半分も過ぎた頃、吊るされて居眠りをしていたサーポが突然反応を示しました。目を開けると、進行方向前方に注意を向けました。

 やや間があってウダロも何かに気が付きます。何かの音を探る様に耳がピコピコと動いています。


「エリシア降ろしてくれ」


 真剣な口調でサーポが言いました。

 言われるままエリシアは杖の高度を下げサーポを地面に降ろすと、ロープに繋がるフックを外しました。

 サーポは着ているハーネスを脱ぎ棄てます。

 

「何か来るな」


「ああ、かなりの数の音がする」


 警戒した声音のサーポにウダロが同意します。

 エリシアには何も聞こえません。風の結界にも反応はありませんでした。


「冒険者じゃないのか?捜索隊がダンジョンに潜っているんだろ?」


 ナイケメンが二人に言いました。

 大勢の気配があるのならば、それが一番の候補になります。


「多分そうだと思うけど、念のため警戒しながら行こうぜ」


 サーポがそう提案します。

 一行はその提案に乗りました。安全に気を配るに越したことは無いのです。

 

 ハーネスとロープを回収し鞄に詰めた後、警戒しつつ進むとエリシアの結界にも、反応が返ってくるようになってきました。

 なるほど、確かに十人程度のパーティーがいるようです。


怪物モンスターじゃなくて冒険者の人達です」


 エリシアは結界で分かった範囲の情報を周りに伝えます。

 

「そうか分かった。それじゃあ向こうのパーティーと合流しよう」

 

 ナイケメンのの言葉に周りの全員が頷きました。

 それでも慎重に一行は進みます。

 ある程度いった所で、反対側からこちらへ向かってくる冒険者の集団が見えるようになりました。

 手を振ると向こうも手を振り返してくれます。

 大きな声を出さずとも会話が出来る距離まで来ると、声をかけられました。


「おーい。大丈夫か?お前さんたちは何処のパーティーだ?」


  そう声をかけて来たのはモヒカン頭に黒メガネのおじさんでした。

 その姿に見覚えのあったエリシアはついつい言葉にしてしまいます。


「あ!オイオイおじさんです」

 

 この名前はエリシアが勝手に言っている名前です。本当の名前はヘイリーさんと言います。

 ヘイリーさんは面倒見の良い人で、新人の冒険者が何か失敗をしそうな気配を察知すると、「オイオイ、なってねえぞ」と言いながらなんやかんや教えてくれる人なのです。

 かなりの頻度で毎年オイオイ言っているので、エリシアはいつしかオイオイおじさんと呼ぶようになりました。

 


 その言葉はそれほど大きな声ではありませんでしたが、周りの大人みんなに聞こえたようでした。パーティー・ネンザンのメンバーと合流して来た冒険者達のみんながエリシアを見ていました。


「なんでもありません!」


 エリシアは周りに見られていることに気が付くと、顔を熟れたトマトのように真っ赤にして、何でもないように振舞います。

 それでも視線は離れなかったのでサーポの後ろに隠れてしまいました。


 合流した冒険者達はサーポの姿を見て一瞬ぎょっとした表情になったものの、暴れる様子も無い事から安全だと判断しました。


「オイオイおじさんか……。確かにお前よく言っているよなあ」


「あー。まあ、なあ」 


 エリシアの付けたニックネームにヘイリーさんも苦笑いです。

 彼自身も自分の口癖に自覚があるからか、名前について特に何も言いませんでした。

 他のおじさん冒険者たちも笑って流します。


「しかしまたなんで小さな魔女の妖精さんリトル・ウィッチ・ブラウニーの嬢ちゃんがこんな所に?それにお前さんたちは……行方不明になってたパーティーじゃあないなあ」


 ヘイリーさんの疑問にナイケメンさんが一行の代表として答えます。

 デミドラゴニュートに襲われ上層から滑落したこと、冒険者組合ユニオンがエリシアに依頼してポーションを運んでくれたこと、今は脱出の最中だという事を伝えます。


「滑落したって……。よく無事だったなあ」


 ヘイリーさんの言葉に周りの冒険者たちも頷きます。

 デミドラゴニュートの被害にあったと聞いて、とても同情的でした。


「ところでお前さん達、他に冒険者を見なかったかい?」


 ヘイリーさんが探している行方不明の冒険者について尋ねました。

 パーティー・ネンザンの一行はその言葉に首を振ります。

 エリシアもサーポの後ろからぴょこんと顔を出して、同じように首を振りました。


「そうかい。うーむ、もう少し下まで周囲を探ってみるか」


「探しているパーティーの申請した深度はどの位なんですか?」


 ヘイリーさんの独り言にエリシアが反応しました。


「申請されてるのはここまでだよ、上から降りて来る方は見たから後はここか下なんだが……。なに、もう少し探してみるさ。俺達はあの怪物モンスターに襲われはしないから何とかなる。お前さん達の方が心配だ。絡まれる前に早く地上に戻った方がいい」


 男くさい笑みを浮かべたヘイリーさんが言います。

 この後も行方不明者の捜索を続行するそうです。

 挨拶をしてお互いの無事を祈り、分かれようとしたところでエリシアの風の結界に引っ掛かる反応がありました。


「斜面を何かが登ってきます!」


 エリシアは周囲に警戒を促します。

 その声を聴いた冒険者達は一斉に斜面に体を向け、臨戦態勢を整えました。


「すまん、音を聞き逃した」


 ウダロさんが謝ります。エリシアには何も聞こえませんが、彼には何らかの音が聞こえているようです。


「かなり小さい。なんだ、何かを突き刺している音だ。ウィンディスネークの這う音とも違う」


 斜面へ何かを突き刺して移動する怪物モンスター

 這うように移動するウィンディスネークとは別の移動方法を取る物。

 エリシアにはその怪物モンスターに心当たりがありました。


「デミドラゴニュートだな。降りて来る時に、爪を使って斜面を登っているのを見たぞ」


 エリシアの考えに同調するようにサーポが言いました。


「ああ、あの怪物モンスターは斜面を登って先回りをしてくるのよ」


 サーポの言葉を裏付ける様にヘイリーさんが頷きます。


「ちょうどいい、ここで迎撃するか。ネンザンのお前さん達はまだ戦えるかい?」


「正直色々と厳しいですが、やるしかないですね。アイツが狙ってくるのは俺だと思うので」

 

「よし!ここで迎え撃つぞ。嬢ちゃん。ネンザンに薬を分けてあげとくんな!」


「分かりました!」


 エリシアはカバンを開けて、幾つかのポーションをナイケメンさんに渡します。

 筋力と体力を上昇させるバフポーションを渡して飲んでもらいました。ヒールポーションは腰のポーチへ入れて持っていてもらいます。

 これで少しは戦いが楽になるのでは無いでしょうか。

 他のベテラン冒険者達もバフポーションを使用しました。


 冒険者の準備が十分に整いつつある中、デミドラゴニュートが斜面から這い上がってきました。

 人に似た四肢を持ち、全身に鱗が生えています。

 トカゲに似た竜の顔には鋭い歯が並び、四本の角を生やしていました。赤く縦に裂けた瞳孔を持つ目は、狂気を宿しナイケメンさんを睨みつけています。


「ウラメシイ、キサマガウラメシイ」


 何が気に入らないのか相も変わらず恨み言を漏らしていました。

 エリシアとサーポ以外の冒険者達は慣れたように聞き流します。ネンザンの一行は今日一日、散々聞かされたため、他の冒険者達は毎年同じ光景を見ていたからです。

 しかし、この中にこの恨み言に疑問を持った者がいました。


「なあ、何をそんなに恨んでいるんだ?」


  デミドラゴニュートへ疑問をぶつけたのはサーポでした。


 


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