注文3 嘆きの谷 ポーション配達2
パーティー・ネンザンのメンバーが移動して暫く経った頃です。
エリシアが彼らのいた場所に到着しました。
いつものように杖の上で行儀よく膝を閉じて、礼儀正しく乗っています。ただ何時もと違うのは、青黒い毛皮のビーバーを杖から吊るしている事でした。
このビーバーは何かあった時の保険として連れてきました。断じて迷った時の保存食などではありません。
冒険者達が滑落してから、彼女がここに来るまでに少し時間がかかり過ぎました。思っていた通りネンザンの人達は、既にここにはいませんでした。
周囲の状況をフムフム確認して、エリシアは頷きます。
「まずは周りの痕跡を確認しましょう」
人のいた痕跡——地面に残った足跡や壁に触れた跡、それに戦闘の跡、それらを総合的に判断して、彼らがここに居た時間を割り出します。
それからどちらに行ったかを足跡の軌跡から読み取り―—。
エリシアだってこの階層に何度も挑んだ強者です。
ここから人を探すなんて、*
「痕跡を探すって……。エリシアは斥候の真似事出来たっけ?」
杖から垂れたロープとハーネスで繋がったビーバーが、訝し気に口を開きます。彼はこの少女にそんな技能がある等と聞いたことはありませんでした。一本垂れたロープに繋がりくるくると回って、どゆこと?とばかりにエリシアを見上げます。
「はい!できません!!」
胸を張ったエリシアが、元気よく答えました。はきはきとした声がスル、ペタ、ストーンと何処かへ飛んで行きます。
彼女も出来るから言ったのではないのです。
ただちょっと、いつも一人で来た時にしている、冒険者ごっこの癖が出てしまっただけなのでした。
まあ、はい。そもそもエリシアにそんなことは出来ません。
彼女はあくまで魔法専門店の店長代理であり、
冒険者、ましてや斥候でもないので、そのような技量は持っていません。
出来る事と言えば魔法を使う事、薬を作る事、道具の製作と使用です。
おや、結構出来る事がありますね?
とにかく他の冒険者のように追う技能がないなら、道具で補えばいいのです。
エリシアは何やっているのかと見上げて来る、ビーバーの呆れた黒い瞳から目をそらし、カバンを開けました。
「そんな時はこのアイテムを使います!」
若干誤魔化しが入った、大仰な身振り手振りで、お座りをした猫の形のカンテラを取り出したのです。
アンさんを探している時にも使っていたこの道具の名は、導き猫のカンテラと言いました。
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導き猫のカンテラ。
妖精ウィル・オ・ウィスプの火を借りたカンテラです。
誰かの書いた手紙、何かの魔道具に残った力、もしくは縁、それらを辿って元の持ち主の場所まで導いてくれる道具です。
製作にはウィル・オ・ウィスプの協力が必要であり、今のところエリシアにしか作れません。
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エリシアはカンテラを顔の高さまで持ち上げ、炎が問題なく灯っているのを満足そうに見ます。これはエリシアが初めて一人で作った魔法道具なので、思い入れがあります。そんな品が役に立つのはエリシアにとって嬉しいものでした。
お座りした猫の形をしたカンテラの中で、炎が肉球の形となってある方向へ猫パンチを繰り出していました。
ネンザンの人達の位置を探り当てたようです。
エリシアは杖の先にカンテラを引っかけると、炎の導きのままに進んでいきました。
このカンテラを使えるようになるまで紆余曲折がありました。
彼らの常識では斜面を滑ってショートカットするのは、自殺行為に等しいものだったからです。あの斜面から落ちて帰って来た者など、本当に限られた極一部の運が良かった者達だけなのですから。
みんな眉を困ったように曲げてエリシアを見ていました。人が子供の頃に抱く空想のお話を聞かされている。そんな気配が漂って来ます。
だからエリシアはいつもやっていることを説明したのです。
最初は自分達が説明されていることに懐疑的な職員さん達でしたが、エリシアの話す余りにも具体的すぎる内容を聞くうちに、次第に顔色が変わってきました。
「いつもそんなことをしていたの?」
モミジさんの送る呆れたような視線が、エリシアに突き刺さります。
「上層の途中で目撃証言がぱったり消えて、突然中層で見かけられていたカラクリはこれだったのか……」
エンさんもエリシアが一人で仕事を始めてから、度々話題に上がっていた謎の答えが分かって、納得していました。これで気になって眠れない夜も無くなるでしょう。
その他の職員さん達はエリシアの事を、ドラゴンの腹の上で踊る子供のように見ていました。
そんな職員さん達の態度に、エリシアは頬をプックリと不満げに膨らませました。本人の胸の内は、だって出来るからやったんだもん、と言った所でしょうか。
彼女に特段、危険な事をしていたつもりはありません、自分の技能を有効活用していただけなのです。
「とにかく、エリシアはネンザンのいる位置まで行けるのだね?」
エンさんが気を取り直して話を元に戻す為、まんまる顔のエリシアと目を合わせて聞きました。
「はい、行けます。よく
エリシアは口から空気を抜くと、エンさんの問いかけにコクコクと頷きました。
あっさり帰って来た返答の内容に、エンさんはとても驚きました。お使いに行く感覚でダンジョンに潜っていそうな口ぶりでした。
「
モミジさんは乗り気ではないようです。心配そうにエリシアを見つめています。
「大丈夫です。近寄ってきたらビリビリのドン!です」
「なんだって?」
「多分、雷の術式にある
擬音交じりでエンさんが理解できなかったエリシアの言葉の意味を、モミジさんが翻訳して伝えました。エリシアと長い付き合いがある、モミジさんだからこそのフォローでした。
「
「はい、それもお祖母ちゃんから教わりました」
エンさんもエリシアの祖母と母を知っているので、彼女が出来る事が大体想像出来ます。
風で索敵して雷撃を当てる。もしくは身体強化と物質強化の合わせ技での接近戦。
エリシアの祖母や母は、
「あとは大丈夫だと思うが、デミドラゴニュート対策だな」
そうです今のダンジョンには厄介な
「女の子だから襲われないとは思いますが、誰か護衛に着けましょうか」
「その冒険者がいないけど」
「ドンドに連絡して、何人か戻してもらえば」
周りの職員さん達が口々に意見を出し合います。
あーでもないこーでもないと議論していると。
「そもそも、どうやって一緒に降ります?」
「「「「・・・・・・・・・」」」」
モミジさんの一言で皆さんは、声を失なったように黙ってしまいました。ここだけ冬に逆戻りしてしまったように、冷えた空気が流れています。
モミジさんが膝を抱えてしゃがみ、エリシアと目を合わせます。
ふんわりと香水の匂いが周りに広がりました。
「エリーちゃん、サーポを連れてダンジョンには行ける?」
微笑むモミジさんがそう提案して来ました。
どうだろうか、とエリシアは思案します。
「モミジ君。サーポとは誰だね?そんな名前の冒険者はいたかな」
聞き覚えの無い名前にエンさんは疑問を持ったようです。はて?と顎に手を当て考え込んでいます。
自分が把握していない冒険者がいるのか。それとも覚えていないだけなのか。もし覚えていないなら、ついに寄る年波に勝てなくなったのか。情けない気持ちが湧いてきそうなところで。
「エリーちゃんのお家に住んでいるアーヴァンクです」
「アーヴァンク!?狂暴な妖精じゃないか!それが住んでいる?」
モミジさんの言葉に大いに驚愕したのでした。
「彼は基本エリーちゃんの家にある池の草むしりと昼寝しかしない。大人しい個体ですよ」
「アーヴァンクが草むしり!」
次々とモミジさんの口から放たれる信じられない言葉に、エンさんは驚きっぱなしです。段々と声が大きくなっていきます。
エンさんの人生でここまで短時間で驚き続けた事はありませんでした。
そんな二人の喧騒を他所にエリシアは思案します。
サーポ。
エリシアのお家の飛空艇に、いつの間にか住み着いていた
妖精としての種族をアーヴァンクと言って、青い毛皮に硬い爪をもったビーバーの姿をしています。
エリシアより少し大きい位なので、杖から吊るせば行けそうです。
「サーポなら連れて行けます」
そう答えながらなるほど、いい考え変えかもしれない、とエリシアは思いました。
流石はモミジさんです。
「アーヴァンクか……。大丈夫なんだね?」
エンさんは本当に、それはもう本当に心配そうな顔をしています。それくらいアーヴァンクとは見た目に反して恐ろしい妖精なのでした。
「どんとこいです!」
エリシアは自信満々に胸を叩きました。
その自信がアーヴァンクの手綱を握れるからなのか、襲われても返り討ち出来るからなのか分からず、エンさんは曖昧な笑顔で頷きました。
「あ、ああ。そうか。では任せるとしよう」
「はい!それじゃあ、行ってきます!」
一任されるやいなやエリシアは飛び出して行ってしまいました。
後ろから制止する声が響きましたが、彼女の耳に届くことは無く、そのまま去って行ってしまいました。
「エリーちゃん、どうやって探すつもりなのかしら」
途方に暮れたモミジさんの呟き、その答えは案外早く出ました。
「
なぜならエリシアが杖にサーポをぶら下げて、
アーヴァンクが街へ来たことでもうひと騒動ありましたが、エリシアは無事
エリシアが去った
そうしてやっとエリシアはダンジョンの中層へ来たのです。
ここに来る斜面の途中で、見た事の無い人型の
ウィンディスネークが鱗を突き刺して進むように、爪を斜面に突き立て昇って来たようでした。
姿形からデミドラゴニュートだと判断し、サーポの水魔法と
落ちて行く時に「ナンデヨウジョ―」と叫んでいたのは何だったんでしょうか。
ダンジョン・嘆きの谷の大部屋は、谷の斜面を無理やり抉り取ったような形で形成され、地肌がむき出しになった地面と壁に囲まれています。
部屋はガランとした空洞になっているわけではなく、大小さまざまな柱や岩などのオブジェクトや、鉱物資源や植物、はたまた
ですので死角になる場所が多く、一か所から全てを見通すことは不可能でした。
地道に見て回るしかありません。
見通しの悪い部屋を、エリシアは杖に乗ってふよふよと進みました。
高速で繰り出される猫パンチの反応からして、そんなに距離は空いていないようです。
ケガが酷いといけません。急いで追い掛けます。
道中、エリシアは近寄ってくる
自分でやっておいてなんですが、相変わらず目と耳に悪い魔法です。ちょっとだけ目がチカチカして、耳がキーンとなりました。
煙を上げる
ふとカンテラの炎を見ると、猫パンチは残像すら見える速度になっていました。
反応が近いです。
炎の示す先にはサメの歯のように尖った岩がありました。ちょうど壁に岩が被さる形になっていて、隠れるには打って付けの場所です。
あの裏にいるのでしょうか、風では岩が邪魔になって分かりません。
「サーポ、あの岩の裏にいるみたいです。回ってみましょう」
「おー。気を付けろよー」
気の抜けるようなのんびりとしたサーポの忠告と共に、エリシアは岩と壁の隙間に近づきます。
なるほど傍まで寄ってみれば、確かに何かの気配が風の結界に引っ掛かりました。
カンテラと結界の反応からネンザンの人達だと思われます。
「降りますよ。サーポ」
エリシアはサーポに声をかけると、杖の高度を下げました。地面にサーポの足が着くと、杖とロープを繋げていたフックを外します。
エリシアは岩と壁の隙間に向います。その後ろをついて歩くサーポはロープをクルクルと丸めて回収していました。
「こんにちはー!
「いや、違う違う違う」
エリシアにサーポが突っ込みを入れます。ロープを纏めたり突っ込みを入れたり、忙しい妖精さんです。
「押し売りはデミドラゴニュートで間に合ってます!」
隙間の奥から女の人の声が聞こえます。やはりデミドラゴニュートは迷惑をかけていたようです。
「違う!押し売りじゃない。助けに来たんだ!」
サーポは何とか誤解を解こうと叫びました。
「ポーション要りませんか!」
エリシアは尚も声を掛けます。
「待て待て待て、エリシアここは一旦落ち着いて」
やっとロープを撒き終わったサーポは何とかエリシアを落ち着かせようとします。
誤解から始まる関係は良い事を起こしません。
何とか話し合いの間を持とうとした時、中から声がしました。
「買います!」
「買うのかよ!」
そのサーポの突っ込みは今までで一番大きな声が出ていました。
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注釈
緑の高山帽に緑のジャケット、突き出たお腹の小人の妖精。
妖精には珍しく仕事をしており、靴屋を営んでいます。だから彼らはお金を貯めこんでいて七つの壺に分けて隠していると言われます。
運よくレプラコーンを捕まえられたなら、金貨の在りかを聞き出してみましょう。
もしかしたら大量の金貨を手に入れるチャンスかもしれませんよ。
しかし彼らもさるもので、魔法や幻術に長けています。あらゆる手を使って妨害をしてきます。
その所為でレプラコーンを見た、捕まえたという人はいても、まんまと金貨を手に入れられたという人は、ついぞ現れた事が無いそうです。
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