注文2 嘆きの谷 ポーション配達1

 ダンジョン・嘆きの谷

 切り立った谷の斜面にへばりつく様に生成されたそこは、ドラゴンの魔素マナ由来の強力な怪物モンスターが闊歩する魔窟です。


 冒険者達は足場の悪い斜面を注意して降りて行かなければいけません。砂利や岩、時には苔が足を取り、移動の邪魔をしてきます。


 ダンジョンが生成された時に、ある程度の広い空間が作られました。しかし空間の端、階層を上下する斜面に階段などはなく、切り立った谷のままなので、滑って落ちれば谷底へ一直線です。運が良ければどこかの出っ張った階層で止まれるかもしれませんが、望みは薄いでしょう。


 また谷の中はとても強い風が吹いています。火と風の魔素マナの影響で滅茶苦茶な方向に荒れ狂うのです。

 何の対策も立てなければエリシアくらいの大きさなら、くるくると回って飛んで行ってしまします。

 この風には本当に困ってしまいます。回るのは経済だけで良いのです。

 幸い、斜面付近では暑いだけで余り影響がありませんが、建物の二階程の高さまで浮かび上がると簡単に吹き飛ばされ、熱風に晒されてしまいます。

 この風にもメリットがあります。

 空中を飛ぶ怪物モンスターにも影響があるという事です。

 おかげでこのダンジョンには空を飛ぶ怪物モンスターはいません。

 この風をどうにかできれば、ダンジョンも攻略しやすくなるのですが……。




 惑星イールナーグのラーバス地方にあるダンジョン・嘆きの谷。

 そこの中層で少し事件が起こっていました。


 エリシアはその日、冒険者組合ユニオンの依頼を受けていました。

 ダンジョンの広範囲を捜索している冒険者への支援物資を運んでいたのです。


 ダンジョン・嘆きの谷。

 中層に入るひとつ前の階層で、集合している冒険者達がいます。

 その中には冒険者組合ユニオンの制服を着た人が、ちらほら混じっていました。ここに臨時の物資集積所が作られていて、その管理をしている職員さんです。

 ダンジョンにいる冒険者組合ユニオンの職員さんは武闘派ぞろいです。自分達も普通にダンジョンの奥まで入ってきます。


「お届け物です、消耗品の補充に来ました」


 職員さんの中から知り合いを探し出し、エリシアは話しかけました。

 杖に乗ってぷかぷか浮かぶ彼女が小脇に抱えるのは、パンパンに膨らんだ鞄でした。満腹になった子供のお腹みたいになったその中には、沢山のアイテムが入っています。

 マジックバッグのそれは、見た目よりも多くの物品を収納出来ます。エリシアの同居人が丹精込めて素材から作ったバッグは、市販の物より性能が良く、それはもうぎっちりと入っていました。


「おお。来たか!来たか!お袋さんの代わりが、しっかりできてるじゃねえか。道中危ないことは無かったか?」


「はい、怪物モンスターも魔法でビリビリ出来ました」


「そうかそうか!」


 このドンドおじさんはいつも声が大きい人です。あんまり近くで話を聞いていると、頭がクワンクワンしてきます。

 背が高くてがっしりとした体格をしています。亜巨人ガリス族の青い肌にとんがった耳の人です。

 亜巨人ガリス族は体の大きくなる種族です。皆がっしりとした体形をして、とても力が強いのが特徴です。

 生まれた場所のマナの偏りで肌の色が変わるそうで、生まれ故郷は肌の色で分かるそうです。


「どこに出せばいいですか?」


「そっちの簡易テントの中に置いておくれ。おーい!マーナ―!嬢ちゃんが来てくれた。見てやってくれ!」


「はい、おじさん。わかりました」


 エリシアは返事をすると、簡易テントへ向かって杖を進ませました。



 何故こんな事をしているのかと言うと、ダンジョン・嘆きの谷を攻略していた複数のパーティーが行方不明になってしまったのす。捜索のための支援をしていたのでした。


「マーナ―さん。こんにちは」


 エリシアは簡易テントに入るとマーナ―と呼ばれた職員さんに挨拶をしました。


「やあやあ、こんにちは、久しぶりだねお嬢さん。こんなところまでご苦労様。持って来た消耗品はこの机の上に出してもらえるかい?」


 エリシアの声に答えるのは不思議なかぶり物をした、女性の声で話す職員さんでした。とにかく不思議な気分になるかぶり物を被った人です。

 この被り物はなぜか日替わりで変わります。


「はい。量が多い品からでいいですか?」


「ああ、いいとも。しかし今年もこの季節がやってきたねえ」


 このダンジョンは毎年春の良い陽気になると、おかしな怪物モンスターが発生するようになります。

 普段はメタルリザードやサンドワーム、ウィンディスネークと言った爬虫類の怪物モンスターしか出てきません。確かに、これ等もドラゴン由来の怪物モンスターなので強力ではありますが、倒せない程ではないのです。


「毎年の事だけど、あのおかしな怪物モンスターには困ったものだよ」


 エリシアの出すポーションを検品しながらマーナ―さんはぼやきます。


 そうです。何が問題と言うと、この時期になると強力なデミドラゴニュートが出没するようになるのです。

 この怪物モンスターは何故か、特定の男性を執拗に追い掛けまわして、殺害しようとします。

 一説では、このダンジョンが出来た原因になった冒険者の化身ではないか、と言われています。

 毎年ある程度、注意喚起をしてはいるのですが、被害は一向に減りません。

 また今年は異常気象の所為か、例年より暖かくなるのが早かったのです。

 その所為で冒険者組合ユニオンも、後手に回ってしまいました。


「今年は出てくるのが早かったみたいですね。いつもなら春のお祭りが終わった後なのに」


 ポーションを出し終わったエリシアが言いました。

 今回の騒動は本当に突然起きたのです。その所為でお祭りの開催が危ぶまれているという話も聞きます。


「そうなんだよ。おかげでこの大騒ぎさ。行方不明者は出るわ。祭りで騒ぎたい奴らが血眼になって元凶を探すわ、おかげでで大賑わいだよ」


 マーナ―さんは参ったとばかりに両手を上げて言いました。

 ここにずっと籠っているいるからでしょうか、少しお疲れの様です。


 行方不明者は冒険者組合ユニオンに保管されている生存を知らせる魔道具、命の灯ライトハウスが正常に稼働していることから、生存していることが分かっています。

 ですので、大規模な捜索班が組織され投入される事となりました。

 

「人が多すぎてね。ただでさえここは暑いのに息が詰まりそうになるよ」


「確かに、こんなに人が一杯いるのは見たことが無いです」


 エリシアは次に防護用のアミュレットを出しながら、マーナ―さんの言葉に答えます。ただ内心では息が詰まるのは被り物の所為では?と思っていました。


 いつもならダンジョンに潜るパーティーと、街で休息をとるパーティーに分かれているのですが、今はほとんどのパーティーが潜っています。

 この街の冒険者はデミドラゴニュートを迷惑に思っているので、協力して討伐することを選びました。

 よほど鬱憤が溜まっているのか、みんな殺る気になっていました。完全に殺気立っています。

 今年討伐したとしても、また来年別の個体が発生してまいますが、いつまでも居座られるよりは良いと、みんな思っていました。

 その結果ダンジョン・嘆きの谷の上層は、いつにないほど冒険者で溢れかえっていました。


「しかし、補給を要請してから来るまで早かったね」


「そうですか?」


「ああ、此処まで早いとは思わなかったよ。道中怪物モンスターに襲われなかったかい?まあ、お嬢さんならここまでに生息する怪物モンスター程度は敵ではないだろうけど」


「ドンドおじさんにも聞かれましたけど、大丈夫でしたよ。遭遇したのもウィンディスネークだけでしたし。近くに来ても電撃魔法で倒しました」


「ウィンディスネーク?じゃあ、斜面の所で出たのか、倒した後は回収できたかい?あの蛇は倒すよりも回収の方が面倒なんだ」


 ウィンディスネークとは、スパイク状になった鱗を地面に突き刺して進む怪物モンスターです。

 基本的に部屋の中より谷の斜面を好み生息しています。その為、出会うとしたら階層を上下する斜面であることが多いのです。


「回収は出来ませんでした。斜面を転がって落ちて行ってしまったので」


「それは残念だ。いい素材になるんだけどねえ」


 生息場所の関係上、倒す際に気を付けないと、戦利品がそのまま下へ落ちて行ってしまうのです。


「よし。確認できたよ。ありがとう。この量だとあと何往復かする必要があるけど大丈夫?」


 マーナ―さんが心配そうな声を上げます。冒険者でもここまで来るのは大変なのです。小さいエリシアを心配するのは当然でした。


「大丈夫です。一旦戻りますね」


 ダンジョンに人が増えると困るのが物資のやりくりです。

 いつもなら何日かに分けて消費される物資が、短時間で消えて行くのです。いくらあっても足りません。

 かく言うエリシアも少し前にポーションと護符を大量に製作して、冒険者組合ユニオンに納入したばかりです。

 よく使われる、価格の安いアイテムでしたので作るのは簡単でしたが、量を作るのに手間取りました。

 最終的には有り余る魔力エーテルを使って腕力を強化し解決しました。



 やはり曾お祖母ちゃんの残した。


 【大体の問題は腕力が解決してくれる】


 と言う家訓は正しかったようです。




「傷を治すヒールポーションに、暑さを和らげる冷却のアミュレット、安心安全便利な道具をそろえています。ご入用の際はどうぞ、エリシア・パルトナ―の魔法道具専門店へ!」


 エリシアは帰る前に周りの冒険者さん達に宣伝をします。

 こういうお店の商品が使われるときは、みんなに知ってもらえるチャンスです。売り上げも結構変わります。

 彼女は結構ちゃっかりした子供でした。


 ドンドおじさんとマーナ―さんに挨拶をして地上へ戻ります。

 ちなみにマーナ―さんはいつも被り物をしていて、どんな容姿をしているか誰も知りません。

 謎のギルド職員です。



 さあ、戻りましょう。


 え、お水の補充ですか?それくらいは魔法でパパっとできますよ。はい、追加料金はいただきます。 




 街に戻り、今は冒険者組合ユニオンの魔法道具店裏にある事務所で休憩をしています。

 あの後も物資運搬をもう三往復してエリシアはクタクタでした。

 迅速に運んだ為、ドンドおじさんにはお母さんより行き来が速いと褒められました。

 

「うぅぅぅぅ、つかれました」


 エリシアは事務所の休憩スペースにある机に、ペタッと頬をくっつけて脱力していました。

 ダンジョンは酷い有様でした。何処を見ても人がいて、すごい熱気が充満していました。ただでさえ暑いダンジョンがもっと熱くなっている気がします。

 

 エリシアにとってこのダンジョンを移動するのは、特に難易度の高いものではありません。

 杖に乗って上の階層から下を見て、下に出っ張った階層があれば、風に邪魔されない高さで浮遊し、そこまで斜面を滑って降りて行けばいいだけなのです。

 上る時も、降りて来た斜面の位置を覚えておけば、そのまま杖に乗って昇って行けます。

 風に邪魔をされない高さをスイーっと行くのは、エリシアの楽しみの一つでした。


 ただ大部屋を移動する時が一番気を使いました。

 討伐対象の関係上、人が分散するとデミドラゴニュートが何処に出るか分からなくなるので、ある程度の班に分かれて集まっていました。

 そうなると一つの部屋にかなりの大人数が集まることになり、人と人の間の距離が取れなくなってしまします。

 狭い人ごみの中を長い杖に乗って進むのは、一苦労でした。

 エリシアは大部屋の天井がもう少し高ければいいのに、と思います。

 ずっと張っていた緊張の糸の所為で、エリシアは溶けてしまいそうです。

 

 どうしてエリシアがこんなに疲れているかと言うと。

 杖を動かす術式に問題があるからです。

 杖を浮かす術式の魔女の箒ウィッチーズブルームはいわばベクトル操作の魔法です。それをエリシアの魔力エーテル量で行うと杖が凄まじいベクトルを持つようになります。

 術式が発動した状態でエリシア以外が杖を動かそうとしても、浮いている場所から動かすことは出来ません。どんな力自慢であってもです。

 逆に言えばエリシアが進もうとすればどんなものがあっても押し通ります。

 よそ見をして進んでいたら、前方にいたゴーレムの頭を粉砕していったなんてこともあり得ます。

 ええ、本当にあの時は相手が人間でなくてよかったです。



「エリーちゃん、ブルーベリーのケーキがあるけど食べる?」


 一緒のテーブルで休憩していた職員さん。

 モミジ・ルリさんがペタンとしているエリシアを見かねて言いました。

 普人ヒュース族の人で黒髪の美人さんです。赤い肌に切れ長の目、口元にほくろがあります。

 普人ヒュースは耳が長くないし、体も大きくないし、獣の耳もない他の種族の要素がない種族です。

 器用貧乏と言いますか万遍なくこなせるようになります。

 ただ時折エリシアのような極端に何かの才能がある人が生まれます。


「食べますー!」


 エリシアはガバリと聞こえそうな勢いで起き上がると、大喜びします。

 そのままモミジさんがくれたケーキとお茶でご機嫌な時間を過ごします。

 ニコニコ笑顔のエリシアと静かにお茶を飲むモミジさんがそこには居ました。


 ケーキの残りが小さな欠片になった頃、冒険者組合ユニオンの本棟が騒がしくなりました。何人もの人が大きな声を上げています。


「どうしたのでしょう?」


 エリシアが最後の欠片を食べ終えて言いました。

冒険者組合ユニオンが騒がしいのは何時もの事ですが、こういった焦りや戸惑いの気配の強い騒がしさは珍しいのです。いつもはもっと陽気で明るい賑やかさなのですから。


「ちょっと見て来るわね」


「私も行きます」


 様子を見に行くモミジさんの後を、エリシアがポテポテと付いて歩きます。

 騒がしいのは受付や会議室ではなく、命の灯ライトハウスが置いてある灯りの間でした。

 行方不明の誰かが亡くなったのでしょうか。でもそれにしては様子が変です。

 一体どうしたのかとエリシアは訝しげに眉を寄せました。


「どうなさったのです?エン部門長」


 モミジさんが冒険者組合ユニオン販売部の上司に事情を聴き始めました。

 声をかけられたエンさんは難しい顔をして振り返り、言いました。


「まずいことになった。パーティー・ネンザンが全員で滑落したらしい。上層の第三大部屋でデミドラゴニュートと戦闘になり諸共落ちて行ったそうだ。中層辺りまで落ちて行ったのを見たものがいる。幸い命の灯ライトハウスは灯っている、だが怪我の具合によっては、後どれだけ生きていられるか……。」


 エンさんの眉間に深いしわが寄っています。ドンドおじさんと同じ種族なのに物静かな人です。この違いは一体何なのでしょうか。


「ネンザン?新しいパーティーの人ですか?」


 エリシアには聞きなれないパーティー名でした。

 商品の取引をしたこともありません。

 多分冒険者組合ユニオンでもあったことは無いと思います。


「ああ、どの位だったかな。この街に来てまだ一年たってないはずだ。いや、半年か?」


 エンさんもさすがに全冒険者の事情を覚えておくのは無理だったのでしょう。来た時期が若干、いえ半年単位で曖昧でした。


「デミドラゴニュートはどうなったのですか?」


 モミジさんが聞きます。

 確かに一緒に落ちて行ったのなら、同じ場所に落ちたかもしれません。

 エリシアも心配になります。


「同じく落ちて行ったらしいがその先は分からん」


 三人そろって難しい顔をします。周りで同じような顔をしている人が大勢いました。

 ネンザンの人達もデミドラゴニュートもどこまで落ちたのかが分からないのです。助けに行こうにもどこまで行けばいいのか……。


 この時点でエリシアはあれ?と疑問に思いました。

 上層の第三大部屋――上から三つ目の部屋ですが――は確かショートカット出来るルートが一つしか無かった筈です。降りた先は中層の第四大部屋になります。

 他はすべて谷底まで落ちてしまうはずでした。


 何でこんなことをエリシアが知っているかと言うと、中層の第四大部屋には、炎のアミュレットを作成するのに必要な素材が群生しているからです。


 火焔百合フレイムリリー

 沢山の火が連なったように見えるこの花は、火の魔素マナを含んでいて、とても良い素材です。そのまま魔素マナを抽出してもいいし、すり潰して染料にしても使い道があります。

 エリシアはその部屋の常連でした。


「斜面を下りて救出に行ければいいが、さすがに他の冒険者にそこまでの事はさせられん。危険すぎる。」


 エンさんが苦渋の思いを吐き出す様に言いました。

 モミジさん他、周りの大人たちも本当に悲壮な顔で頷いています。


 だからエリシアは提案しました。


「私なら安全にそこまで降りることができます。ポーションだけでも届けてはどうでしょうか」

 

 

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