寓話 嘆きの谷 

 惑星イールナーグのラーバス地方には嘆きの谷と呼ばれるダンジョンがあります。

 そこにはこんな逸話が残されています。 


 むかーしむかし、とある冒険者が絶世の美女に結婚を申し込みました。

 美女は言います。


「ドラゴンの心臓、そこにあると言われる宝石を取ってきて、私にプレゼントしてくれたら結婚しましょう」


 体のいい断る為の嘘でした。

 その時代、ドラゴンを倒すなど夢物語に等しかったのです。美女はよくあるお伽話のように無理難題を吹っかけて結婚を諦めさせる魂胆でした。

 

「ああ、これでもうあの人は来ないだろう」


 美女はそう独り言ちました。



 しかし冒険者は美女の思惑とは裏腹に、ドラゴンを討伐しに行きます。

 周りがどう止めようとも聞く耳を持ちません。


「やめろ!死にに行くだけだ」

「あの女はお前と結婚する気などない」

「絶対に勝てない止めておけ!」


 どんな言葉も冒険者の意思を砕くことが出来なかったのです。

 周りの人々を尻目に冒険者は旅に出ました。その背中を見送った人々は、彼がもう帰ってこないものだと諦めました。


 暫しの月日が流れました。

 ある春のとても気持ちのいい晴れの日に、冒険者は帰ってきました。

 人々は安堵しました。


「そうかドラゴンの所まで行かず。諦めて帰って来たのか。お前は臆病者じゃない。出来ない事を出来ないと、はっきり認められる勇気があったんだ」


 人々は冒険者が途中で引き返してきたと思いました。それはそうでしょう。ドラゴンと戦って生きて帰ることなど出来ないのですから。

 口々に冒険者を讃えました。お前は真に勇気があるのだと。


 しかしそれは違いました。

 冒険者はドラゴンを狩って見せていたのです。

 彼は懐からドラゴンの心臓核ドラグマテリアを取り出して言います。


「俺はドラゴンを狩り、この心臓を得た。こいつを持って彼女に会いに行く」


 人々は驚きました。冒険者は夢物語を現実にして見せたのです。

 今度こそ人々は本当の意味で勇者を讃えます。彼の偉業を口々に讃えながら美女の元まで冒険者を連れて行きます。

 それは町を挙げてのパレードになりました。


 美女は切り立った谷の上で冒険者を待っていました。

 彼女は彼の偉業をすでに聞いていました。だからかつて言った通り、彼と結婚をする覚悟を決めていました。

 その証に伝統的な結婚衣装を身に着けて、冒険者を待っていたのです。

 

 愛を誓う谷の上、美女の前で冒険者は跪きました。

 ドラゴンの心臓核ドラグマテリアを美女へ捧げ、結婚の申し込みをしたのです。


 美女が冒険者の言葉に頷いた時、ドラゴンの心臓核ドラグマテリアが冒険者の手から滑り落ちました。


 谷底へ向けて転がるドラゴンの心臓核ドラグマテリアを冒険者が追いかけます。

 美女の口からは悲鳴が、人々の口からは制止の声が響き渡ります。

 それでも冒険者は止まりません。彼はこのドラゴンの心臓核ドラグマテリアを失うわけにはいかなかったのです。

 なぜなら約束はプレゼントを渡したら・・・・・・・・・・なのですから。


 美女もやめる様に叫びます。

 彼女は既に彼と結婚をするつもりでした。ドラゴンを狩るという偉業を自分の為に成し遂げた彼を認めていたのです。

 たとえドラゴンの心臓核ドラグマテリアを谷底に落としても、その思いは変わりません。


 そんなことを知らない冒険者はついにドラゴンの心臓核ドラグマテリアにたどり着き、共に谷底へ落ちて行きました。


 後に残ったのは美女と街の人々の大きな嘆きでした。

 本当に大切なものは目に見えない。











 谷底に着いたドラゴンの心臓核ドラグマテリアは砕け散りました。

 その時蓄えられていた魔素マナが急激に解放されたのです。

 ドラゴンの心臓核ドラグマテリアに蓄えられていた火と金の属性。

 谷に吹く風と周囲の土の属性。


 その四つが合わさり新しいダンジョンが生まれました。

 そこはこう呼ばれます。

 ダンジョン嘆きの谷と。


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 ダンジョン。

 魔素マナの淀みから生まれる、空間の歪んだ領域。

 一つもしくは複数の属性を帯びた魔素マナが一点に集中するとよどみが生まれます。

 ではなぜよどみが生まれるのでしょうか。


 イールナーグはすべてが無色の魔素マナから生まれました。無色の魔素マナが形を変えたのが物質や現象になります。

 無色の魔素マナは自らが生み出した物質や現象に触れると、その性質を帯びる特性があるのです。

 それすなわち火、水、風、土、金、木、光、闇の八種類の性質。それを属性と呼びます。

 そして属性の魔素マナは元になる物資や現象のある場所で発生しやすくなるのです。大量に生まれる属性の魔素マナは急速に集まりよどみとなります。

 例えば火山ならば火属性のダンジョン、森の中なら木属性のダンジョン、海の中なら水属性のダンジョンと言った具合に属性の偏ったダンジョンが生まれます。


 複数の属性を持つダンジョンは基本、外的な要因によってしか生まれません。



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