注文1 テルークの街 樹化病治療のお薬配達
惑星イールナーグの片隅に小さな町がありました。取り立てて言う事の無い、その街の路地裏で、ちょっとした騒動が起きていました。
袋小路に追い詰められた若い女性が二人。壁を背にして息を切らしています。裕福な家庭の人なのでしょうか、少し上等な服装をしています。
片方は背が高いのでお姉さんでしょう。小さな妹を庇う様に抱きしめています。二人共、十歳から十五歳くらいの年齢に見えます。
「追い詰められたな。もう逃げられねえぞ!」
大きな声で叫ぶのは、あまり身なりが良いとは言えない男の人達でした。おせじにも堅気の人とは思えません。なんせ手に刃物を持っているのですから。
「この辺一帯は、俺の部下が封鎖した。空でも飛べない限り逃げられやしない。一緒に来てもらおうか」
荒くれ者達の中で、偉い地位らしき人が言います。
この人だけは周りよりも綺麗で高そうな服を着ています。黒い眼鏡に髪を後ろに撫でつけて、ハg……もとい、少し薄くなった額を持った男の人です。ポケットに手を入れて大物ぶっています。
「お前たちは町の上役を脅すための人質だ。大人しくしていれば手荒なことはしねえ。食事だって満足に食べさせてやる。何だったらデザートだって付けてやるさ。だから大人しく付いて来て貰おうか」
ジリジリと少しづつ男達は包囲を狭めてきます。女性達を捕まえる気のようです。五人の男達が段々と女性二人に近づいて行きます。
恐怖からか、小さな女の子は泣き出してしまいました。お姉さんのお腹に顔を埋め、腰に手を回してギュッと抱き着いています。
お姉さんは女の子の頭を守る様に抱え、本当なら愛嬌のある顔に悲壮な表情を浮かべていました。
荒くれ者達はその表情に勝利を確信し、笑みを浮かべます。
「よし捕まえろ」
ハゲ、ええもうこの際なのでハゲの若頭としましょう。 ハゲの若頭が片手を上げて周囲の部下へ指示を出します。
指示に従い周りの男達が、嫌な笑みを浮かべ二人に触ろうとしたところで。
「ご注文された樹化病の治療薬をお届けに参りました」
女の子達の上、空から綺麗な声が降ってきました。
「誰だ!?」
男達は驚愕の声を上げ、空を仰ぎます。ここにいないはずの声に、驚きの表情を浮かべていました。
女の子達も驚いて上を見上げます。
そこには長く淡い金色の髪に、眠そうな緑の目の女の子がいました。大きなつばの、へにょんと曲がった黒いとんがり帽子を頭に乗せて、黒い襟付きのローブに緑のマント、編み上げブーツを身に着けています。肩から斜めにかけた大きな鞄を小脇に抱えていました。
年の頃は十歳まではいかないでしょう。お姉さんに抱かれている女の子より小さいながらも、美しい魔女がいました。
小さな魔女さんは、大きな
「テルークの街。アン・ファンリアさん。お母様の樹化病治療薬をお持ちしました」
音も無く地面へ降りて来た魔女さんが言います。その声はとても静かで綺麗な声でした。
魔女さんは真っ直ぐにお姉さん、アンさんに向き合います。
「あの……いまですか?」
アンさんは困惑の声を上げます。この状況で話を始められるとは、思いもしませんでした。周りの男達もあっけに取られています。
彼女は確かに、母の病を治す薬を頼みました。
手足の先から肌が木の様になっていく病。進行に伴い痛みに苦しむ母の姿を見て来た身としては、薬が届けられたことは嬉しいと思いました。
それがいくら何でも、こんな状況で何て。
アンさんは涙を流します。母の元に薬が届かないと気づいてしまったからです。
「おいおい、嬢ちゃん。横から出て来てそれは無いだろうが」
ハゲの若頭が口を挟みます。衝撃から立ち直り、魔女さんの態度に苛立ち始めた部下達を宥めています。このハゲ
「上役の奥方のクスリってんならちょうどいい。そいつも脅しの材料に使わせてもらおうか。嬢ちゃん大人しく渡してくれんかね?痛い目は見たくないだろう?それを渡してくれれば嬢ちゃんには用は無い。無事に返してやれるんだがね?」
どうやら魔女さんは薬を渡してくれれば見逃してもらえるみたいです。
ハゲ
魔女さんはハゲ頭に視線を向け、何秒か考え込みました。その後アンさんへ視線を向け、また何秒か考え込みます。ウンウンと何度か頷くと、静かな声で「わかりました」と言いました。
ハゲ頭の顔に笑みが浮かび、アンさんの顔はより悲壮な顔になります。
アンさんも妹さんも大粒の涙を流しています。
魔女さんは手に持っていたカンテラをカバンに仕舞おうとします。杖を首と肩で抑えて、ガサゴソと何とか入れようと頑張りました。ですが長い杖(魔女さんの背の三倍はある)が邪魔で入れることができません。
結局、杖は壁に立てかけられ、カンテラは無事に鞄へ仕舞込まれました。
両手が開いた魔女さんは杖を握りしめて持ちます。そして姉妹の前に移動し、男達に立ちはだかりました。
「魔女のお嬢ちゃん。わかったんじゃなかったのかい?」
ハゲ頭は魔女さんを困った子供を見る眼で見ています。肩眉を上げて実に面倒臭そうにしていました。
「はい、貴方達をどうにかしないと、私の仕事が終わらない事が分かりました」
ハゲ頭の言葉にゆっくりと頷くと魔女さんは答えます。その顔には何の気負いもなく静かな闘志が浮かんで……。ごめんなさい、嘘です。相変わらずの眠そうな目でハゲ頭を見ていました。
「どうにか出来ると思っているのかい?」
ハゲ頭が聞きました。その声音には心底呆れた気持ちが籠っていました。
「はい、出来ます」
魔女さんははっきりと答えます。本当に魔女さんは出来ると思っているのです。続けて口上を述べます。
「安心安全魔女の店。どんなとこでも配達します。アフターサービスも万全です。何かご入り用の際は、どうぞエリシア・パルトナ―の魔法専門店へどうぞ。私はアン・ファンリアさんを連れて帰ります。それで初めて配達が終わります。だから貴方達を倒させてもらいます」
魔女さん、エリシアははっきりと静かな声で宣言しました。
「ふざけるんじゃねえぞ!」
すでに苛立ちを募らせていた部下一人が、魔女さんへ殴り掛かりました。
大人と子供。それも荒事を担当する筋肉に包まれた男と、小さな女の子では大きさが違いすぎます。男の腰より小さな背のエリシア。その顔に拳が迫ります。
重く鈍い音が響きました。硬く重いものが人を叩いた音です。
「おい、やり過ぎるなよ。その顔なら好事家に言い値で売れる。
ハゲ頭が部下に注意を入れます。さっき見逃すと言ったことは嘘だったようです。最初から逃がす気はさらさらなかったのでしょう。なんて卑劣なハゲ頭。
ハゲ頭の声に男は反応を示しませんでした。
「おい、どうした。聞こえてねえのか」
ハゲ頭が訝し気に部下へ声を掛けます。その視線の先には固まったままの部下の姿と、その奥で目を見開いて驚いている姉妹の姿があります。
次の瞬間、部下はドサリ音を立てて崩れ落ちます。
その奥には杖を振り下ろしたエリシアの姿がありました。人が放てるとは思えない程強大な
「ああ?」
ハゲ頭が困惑の声を上げます。目の前の光景が一体何なのか、彼には理解できませんでした。彼の頭が理解するのを拒んでいるとエリシアの声が聞こえました。
「私は魔女なので、魔法で戦わせて貰います」
エリシアのちょっと自慢気な声が、路地裏に響きました。顔も少し嬉しそうです。
「え?魔法……。魔法?え、でも今杖で殴って」
アンさんも先ほど目にした光景とエリシアが言っている事の差に、頭が追い付いていきません。彼女が見たのは魔法でもなんでもなく、物理攻撃だったのですから。
エリシアはそのまま杖を振りかぶると、二度三度と振るっていきます。その度に鈍い音が響き男達の呻き声が上がりました。
エリシアのその動きは子供とは思えない程、早く、重く、そして鋭いものでした。明らかに何か理外の力が、働いているのは分かりました。
大の大人が、小さなエリシアに手も足も出すことが出来ず、地面へ沈んでいきました。ハゲ頭以外が倒されるのに、そう長い時間はかかりませんでした。
「後は貴方だけです」
エリシアが片手に長い杖を持ち、ハゲ頭へ突き付けました。明らかに子供が片手で持てる重量ではないのですが、エリシアは平然と持っています。
「おまっ、それは魔法じゃないだろうが!」
ハゲ頭がエリシアに抗議の声を上げます。
エリシアの後ろではアンさんとその妹さんも、ハゲ頭の言葉に何度も頷いています。もう何度も頷くため、髪がばっさばっさと動いていました。
「失礼ですね!これはれっきとした魔法です。身体強化と物質強化の魔法を使っているのです!由緒正しい魔法何ですよ!私の曾お祖母ちゃん何て、この魔法を使って
エリシアはとても心外だと言った表情でハゲ頭に反論しました。でも最後の自分の曾祖母について言う時は、とても誇らし気でした。
「
ハゲ頭はここに来てやっと先ほど覚えた違和感の答えに辿り着きました。
テルークの街から北東にずっと進むと、大きな都市があります。
とあるダンジョンを囲む都市。
ダンジョンから産出される資源で潤うその都市に、少し前からある噂が流れていました。
曰く、ダンジョンに潜っている冒険者の前に小さな魔女が現れる、と。
その魔女に出会い助けられた者はこう言います。
「あの魔女さんが売ってくれたポーションのおかげで生き延びました!」
「魔女さんが必要なアイテムを配達してくれて、遭難せずに済みました」
「俺達が勝てなかった
「魔女さんのおかげで、彼氏が出来ました!」
真偽のほどは定かではありませんが、いつの頃からか話に上がるようになった
幼い魔女の姿をした妖精。
魔法アイテムのダンジョン出張販売所。
冒険者よりも冒険者らしい幼女。
脳筋
他の町に住む者達が笑い飛ばして信じない
それでもダンジョン・嘆きの谷の周囲に住む住人は、その存在を敬意と親愛を込めてこう呼びました。
ハゲ頭はありきたりのダンジョンゴシップだと信じなかった自分を殴りたい気分でした。聞いていた噂が本当だとしたら――、ハゲ頭は今日ここで死にます。
小さい絶望がテコテコと歩き寄ってきます。
そのまま杖を振りかぶって――。
「いや、魔法って何なんだ」
殴られる前のハゲ頭は、魔法とは何かと言う哲学の道に迷い込んでいました。その顔は困惑と知らぬ事への疑問、そして目の前の理不尽に対する恐怖も合わさって、とても言い表せないものとなっていました。
ただ一つ分かることがありました。
これは魔法じゃなくて、物理攻撃だ……と。
「確か、こういう時は言わなければいけない言葉がありましたね。安心してください、峰打ちです」
エリシアはこれでいいと頷きました。
「さあ、それでは帰りましょうか」
蹂躙を終えたエリシアは笑顔で振り返り、姉妹に帰宅を提案します。
その笑顔に妹は泣き姉にしがみつき、姉は震えながら頷くのでした。
エリシアはファンリア家の屋敷へ姉妹を無事に送り届けました。薬を渡し、姉妹のお母さんに効果があるのを確認して代金を受け取ります。
屋敷を離れる前に、見送りに来た家人の前でクルリと回り、姿勢を正してコホンと咳ばらいをしました。
「安心安全魔女の店。どんなとこでも配達します。アフターサービスも万全です。何かご入り用の際は、どうぞまたエリシア・パルトナ―の魔法専門店へどうぞ」
そう言い終えるとニッコリと笑顔を浮かべました。
この後の事です。
姉妹の母親は薬の効果もあって、時間はかかりましたが病は完治しました。
ハゲ頭はエリシアの事もあってか裏社会から足を洗うと、魔法について学ぶ為に旅に出ました。何処かの魔法学校で大成したハゲがいるとかいないとか。
テルークの街では悪いことをすると、怖い魔女がこん棒で叩きに来るという言い伝えがいつまでも残りました。
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