第15話

 娯楽の免疫が無い愁に、それを面白がっている大翔は、すっかりボケる役に徹していた。

 二人の話を聞いている風磨は、時々突っ込みを入れる。

 三人、それぞれの立ち位置は自然と決まり、昼休みを一緒に過ごすのも定着してきた。


 先頭を歩いていた大翔はふと、足を止めた。


「大翔?」

「喧嘩まではいってない、誰か言い合いしてね?」


 すのこで作られた簡易な渡り廊下を慎重に進み、体育館裏へと行く。


「――先輩と、雰囲気から考えて元彼」

「だけどもう一人いるよ?」


 キョロキョロと落ち着きのない愁に、風磨は言う。


「元彼の友達だよ。一度会ってるんだよね、その二人と」

「また付き合って、そういうこと?」

「それが妥当だと思いたいよな。一年に手を出してるなんて……からかわれたり? 気分最悪だろ」


 以前の出来事が出てきて、風磨はぽつぽつ思いを降らす。


「相手、三年生なのに、いいたいこと言っちゃったんだよね……」

「言って後悔してんの?」

「先輩を、守りたくなったんだ。後悔はしてない……けど、迷惑かけてるなら、言わなきゃよかったと思い始めてる」

「今からでも言うか? 偉そうなこと言ってすみませんでしたって」


 大翔の言葉に、風磨は首を横に、否定の動きをした。


「年上だからって、全部が正しいわけじゃないから、風磨が考えて出したことなら、いいんじゃないかな」

「お、愁、良いこと言う」

「自分のまわりは年上が多くてさ。何をするにも意見を聞くしかないし、自分だってどう動いていいか分からないから別にいいんだけど。後々になって、大人から怒られたりしてさ。正しいわけじゃないんだって思わされた」


 初めて聞く過去の話。愁を見たまま風磨は一瞬固まる、そして少し思案する。

 愁が纏う雰囲気から、踏み込んだ話は避けていた、言ったら話してくれたのかもしれない。


「あれ、話終わってこっち来る?」


 焦り出す愁、それにつられて風磨も焦ってくる。


「今来たんだっていうのを装えばいい。知らない振り、良いな?」


 堂々と歩いていく大翔に続き、少し隠れるようだけど、愁も風磨も進んでいった。

 お互い何も干渉することなく、通り過ぎる。


「――あ、後輩くん……」

「先輩っ?……何か酷いこと、言われたんじゃ……?」


 ポロポロとこぼれる涙、拭いきれず、海里は顔をそむける。


「愁、いつもの場所行くぞ」

「あ、うんっ」


 これは想定外といった表情をした大翔は、愁を連れて小窓へと向かって行った。

 二人になり、とりあえずは海里のそばへ行ってみるものの、泣いている異性の扱いをどうしていいのか……風磨は頭を掻く。


「偶然来たんだと思うけど、状況は見てた?」

「……はい、見てました」

「酷いこと言われたんじゃなくてね、付き合ってた頃のことを謝られたの。気持ち、考えてなくてごめんって。かっこいい後輩できてよかったな、だって。何を言ってくれたのかは聞かないけど、ありがとね」


 嬉しいほうの涙だと知って、深く息を吐き出した。


「友達と一緒にお昼なんでしょ? もう大丈夫だから、行ってきて」

「恋人の、疑似体験、してていいですか?」

「なになに、どういうこと」

「先輩が泣いてても、何をどうしていいか分からなかったし、仮に付き合っても……がっかりさせると思って」


 ふふっと溢してから、盛大に海里は笑い出した。


「なんかもう、好きが溢れてるなぁ、それって。もう十分だな。…――あ! 卒業式のあと、私に告白して」

「はいぃ?! なんでですか」

「青春をするために私と居ること、忘れてる? 約束だからね」


 一人になって、頭に残る、海里の言葉たち。約束したこと。何もかもを手放しで喜べない自分。

 向こうもたぶん好きで、風磨も好意がある。だけど……空腹加減に思考は止まる。いつもの場所へと向かい、二人と合流した。



 *



 大翔と愁と、三人になったことで、楽しい毎日ではあるけれど……学年が違えばやることが違ってくるわけで。

 吐く息が白くなってきた頃、最近の食べる場所は、教室になっていた。机を合わせて、購買で買ったものや、弁当が並んだ。


 三人のところへ、女子がひとり近寄る。「いつの間に仲良くなったの?」


 少し間を置き、視線は手元へ向けたまま、大翔は返事をする。「何で岩尾が愁のこと知ってんの?」


「文化祭のとき、少し話したの。ねっ?」


 言葉の最後に音符をつけるような、翠は楽しそうに話すけど、そのノリに慣れていない愁は固まる。


「あ〜……、二日目の休憩しろって言ってくるまでに、すでに知ってる相手だったのか」


 翠は愁に質問する。


「名前、聞いてもいい? ウチは岩尾翠」

片谷かたや……愁斗しゅうと

「場の流れで風磨と同じように呼んでたけど、愁斗って名前なんだ。かっこいいのに、略してるんだ?」

「中学のときに名前でからかわれて、それからは、連絡交換するのもSNS……」

「――ふぅん、そっか」


 机に軽くお尻を乗せて、翠は言う。


「じゃあ、ウチは片谷クンって呼ぼうかな」

「こいつ距離感バグってるから、基本的にスルーでいい」


 ひたすらスマートフォンをポチポチしたままの大翔に、愁はひとこと向ける。


「長いこと一緒に居る感じあるね」

「言っておくけど、付き合ってないからな」

「幼なじみってやつだね」

「漫画である素敵な関係ではないけど〜」


 翠の嫌みが込められた一言に、どう言ってやろうか、大翔は足をトントンと動かす。

 翠は風磨に視線を向ける。「受験も間近だから、先輩に会えないね」


「それはー、仕方のない事というか。周りは何も出来ない」

「最後なんだし、想いを伝えたらどう?」

「踏み込みすぎじゃないですか?」


 風磨が敬語で話すのは苛々している証拠、それを聞いて大翔はニヤリとする。


「お子さまな恋愛してる奴には、分からないことだよ」

「なによもうっ……」


 頬をふくらませ、教室を出て行った。そんな翠の後ろ姿を目で追いながら、大翔はぽろっと口にする。


「あいつなりに気にしてるんだけど、距離感がバグってんだよなぁ」

「解り合ってる感じがすごいんだけど」

「愁、もう一度言うな? 付き合ってない、付き合う気も無い」

「うん、わかった。もう突っ込まないよ」


 肌寒くなってきて、さらに冷えてきたら、三年生はもう数えるくらいしか学校には来ない。


「告白って、何言えばいいんだろうな」


 ぽつり言っては、卵焼きを口に入れる風磨に、二人は顔を見合わせた。


「独り言? いやこっちが無理だわ。告白するんだ?」

「当たって砕けろのノリなの? 見てる感じでは大丈夫だと思うけど」


 二人の心配を他所に、さらりと言う。


「先輩と一緒に居るのはさ、残りの学校生活でどれだけ青春するかってだけなんだよね。それの一つとして、告白して欲しいんだって」

「関係を見る限りでは、普通にいけば成功なんだけど……ミッション的な扱いなぁ〜」

「でも、適当にも言いたくないっていうか」


 パックの飲料を飲み干して、豪快な音を立てた愁に、二人の視線がいく。


「ごめん、うるさかったね」

「いいんだけど、愁は何かある? こう言ってみたら、っていうの」

「好きですの一言で十分じゃないかな。自分だったらそれだけで嬉しい」


 そう言った愁の耳は、みるみるうちに赤くなっていった。


「自分って言って照れんな。来年は同じクラスだったらいいな。そんで文化祭は、執事のコスプレ」

「大翔、何考えてんの」

「今の反応で人気出ると確信した」

「二人が一緒だったら、するのもありかな……?」


 続いていく関係。終わってしまうかもしれない関係。

 機械的にモグモグと食べていき、弁当は空になった。


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