第14話

 薄く雲の広がっている午後の空、窓に寄りかかってパック飲料を飲んでいる海里の後ろに、女子がひとり近づく。


「最近の海里は楽しそうだな。後輩くんのおかげか?」

「音沙汰無しだったのに、それでも話聞いてくれて助かった。ありがとね」

「海里でも音沙汰無しって思うのか」


 上体を少し起こして、海里は細目になった。ゆぅみを睨んでいる形にも取れる。


「何か根に持ってる感じがするけど……」

「小さい頃の事だ、今さら気にしてもなって感じがするからいい。ただ、海里にとってあたしはどんな人間だったのか、それが気になってね」


 海里の真似をして窓に寄りかかる。


「……どんな人間? ごめん、簡単に言うと?」

「友達かどうかって事だ」

「すっごいシンプル……。友達でいいんだと思う。思い切った話、してると思わない?」

「それもそうだな」


 ゆぅみは何かをみつけて、一点を見つめた。


「なに見てるの? 何かある?」

「後輩くんに、あとの二人は友達かな」


 あとの二人? 文化祭のときに室内を案内してくれた男子はすぐ頭に浮かんだ、けれど、もう一人?

 窓から少し乗り出して、下を見る。ミステリアスな男子がいた。


「ナミくんを間に、右と左の関係は、初対面ってところか?」

「どうして分かるの!?」

「ミステリアスな方は、距離が離れすぎてる。もう一人は理系って感じがするな……人間の動き、考えを熟知してるっていうか」


 海里は文化祭で交わした大翔の言葉を思い返した。

 周りがどんなに邪魔をしても、互いに好きなら付き合うんじゃないかって。


「ゆぅみって人間観察上手だったんだ、知らなかった」

「身を守る為の方法だから、何を言われても困る」


 拒否の言葉を耳にして、海里は何を言えばいいのか、口を閉じた。

 風磨たちの動きを眺めていたから、沈黙は気にならなかったけど。徐ろに、ゆぅみは話題を出した。


「ナミくんから告白とかはされた?」

「何で?」

「何でって、どれくらい一緒に居たかは知らないけど、好意はあるだろ? 文化祭があったんだし、少女漫画的な展開があってもおかしくない」

「後輩くんの友達、理系の方ね。同じこと言われちゃった」

「よく見てるんだな。それか、海里たちの反応が分かりやすいか、だな」


 だんまりが少しあった後で、海里は声に出した。


「好きなのは認める。だけどね、好きって言ったあと、後輩くんにも知られたあと、これまで通りに話せる自信がない。キスってしたくなると思う?」

「人間も大きく分類したら動物だからなぁ」

「それ聞いたら一気に冷めてきた……、私たち何の話してんのよ」

「恋バナ」

「絶対違う」


 真顔で答えるゆぅみに、海里は吹き出した。続いてゆぅみも口元をゆるめる。


「人間って分からないことだらけなんだからな。ごちゃごちゃ考えてないで、ナミくんの言葉を聞いて、自身の声を聞け。どうしたいかは行動に出る」

「そっか。一般的な励ましではないけど、なんか吹っ切れたかも。ありがと」


 体勢を変えようとするゆぅみの足が、スクールバッグに当たり、慌てて元の体勢に戻る。

 よくよく見ると、小さい頃に渡したキーホルダーが付いていた。


「これ付けてるの、一度しか見てなかったな」

「歳が近いって共通点で、お母さんがお友達よって、きっかけくれたんだよねー。……って今なら考えられるんだけどさ。小さい時の私ってさ、年相応のモノがなんか恥ずかしかったんだ。子どもなのにさ、オシャレな物に憧れてた。今はその反対で、可愛いモノが持ちたくなってる、おかしいでしょ」

「ナミくんが言った通りだ」

「なにを言ったの?」

「何でもない。……それに、今はっきりと分かった。お揃いと言っておきながら付けてないことを気にしてる」

「……小さい頃って何するかわかんないじゃん、ごめんって」


 ゆぅみはその場にしゃがみ、キーホルダーに触れる。


「放課後、時間があるなら、寄り道しないか? お互いにちゃんと納得のいく物を買いたい。あたしも鞄に付ける」

「いいよ。どこ行こっか、楽しみ」



 午後の授業が終わり、放課後。昼に同じ時間を過ごした三人は、ゲームセンターで遊んでいた。

 おどおどしながら硬貨を入れる愁、あーでもない…こーでもないと作戦を練っている大翔、それを聞いて操作をする風磨。


「大翔がやったほうが早い気がするけど……」

「先輩誘って来たりしないのか? その為の練習にいいじゃん」

「ひょっとして……好きな人の話してる?」


 言ってこなかった相手。愁に知られてしまい、手元の操作が大きくズレる。


「風磨って年上が好みなんだね」

「好みとか、そんなんじゃない。先輩だし、断れなかったんだよ。……ていうか何でこんな話……」

「俺の交友関係が増えた記念かな。両替するか〜? 動きを繰り返したら取れそうな気はする……」


 唸る大翔、風磨は場所を譲った。財布の中にある硬貨を集め、愁は差し出した。


「大翔くんは、友達多いんでしょ?」

「誰かと居れば、多いように見えるだけ。俺から話すことは何も無くて、ただ聞き役にまわってる。踏み込んだ話するのは、風磨だけだったよ」


 使っていいの? と確かめる大翔に、愁はニコニコ頷いた。


「愁の考えとか分かるし、これからもっと一緒に遊べたらいいなって思ってる」


 商品の片側に、アームの重さを集中させる、ガタッと物は落ちた。


「つーことで記念にどうぞ」

「あ、ありがと」


 箱の中身はフィギュア。クリスマスにサンタからプレゼントを貰った子どものように、瞳を輝かせている愁。

 その様子に、風磨は眉を寄せる。


「愁ってフィギュアとか好きだった? なんか意外」

「そうでもないけど、何だろうな……こういう楽しみをしてこなかったから嬉しくて」

「――娯楽の免疫無しか、珍しい。中身が何でもいいなら、あれにするか」


 素早く視線を動かして、取れそうな物を選ぶ大翔。本当に中身のことは気にしてないようで、風磨は慌てて止める。


「ポテトとジュース買うのも娯楽だし、ほら、次行こ」

「あぁ、そっか?」


 大きめのサイズのポテトを各々摘み、好きなサイズのジュースがテーブルに並んだ。


「あんなにちょびっとずつ動かして取るんだね。知らなかった」

「攻略できれば大体いける」

「誰かから誘われて、来たりするの?」

「誘われる為に攻略しにいった感じもあるな〜」


 遠慮がちだった昼間とは大違いで、波長が合ったらしい二人は会話が弾んだ。


「蚊帳の外になってる?」

「気が合うんだと思えて、僕は嬉しいし、楽しんでるよ?」


 大翔と愁、どこか似ていたようで、話をする二人に風磨は笑顔を向ける。


「そろそろ帰る? なんか雨雲きてるっぽいし。さっきからバイブが鳴ってる」

「大翔……それはもう少し焦って言うべきだ」

「多少雨に濡れるのも、娯楽だよ。学園ものの作品にはありがちだろ? 学生が雨に濡れてる描写」


 濡れたあとを想像した風磨は、否定したくなった。

 けれど瞳が輝く愁はもう、こちら側に入ってくれるはずも無く。


「――あぁもう、家に着いて怒られても知らないからな」


 店から最寄り駅まで二十分、汗をかいたように濡れた三人。

 笑いっぱなしの帰り道。海里が繰り返し言っていた青春という言葉を、風磨は思い出す。

 例えばを出されてもはっきりしなかった。それが今は、良いなと感じること。


 にやけて締まりが効かなくなってくる顔へ、大翔は頬を軽くつまんだ。愁もなぜか真似をしてつまむ。

 理解できない状況は、笑いに変わっていった。


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