第13話

 歩いている女の子たちは、きゃあきゃあと黄色い声を上げる。

 愁に気付いて騒ぐのをやめるけれど、どんなに平静を装っても写真を見ればにんまり、口元はゆるんでしまっている。


 その一連の流れを、愁は物珍しげに見ていた。とある教室前、止まる。


 執事のコスプレをしている学生が接客をしてくれて、あとはごくごく普通の喫茶店。写真を撮れるのが、最大の売りだろう。


 一歩、二歩……少しずつ教室から離れて、廊下の隅に移動した。

 ポケットからスマートフォンを出して、時間を確認する。昼はとっくに回っていて、風磨宛に送信したものに、既読はついていない。


 気になって教室まで来てみたものの、仕事をしているし、執事だし、コスプレだし――…それらを楽しめる免疫が無い愁にとっては、どうしていいかさっぱりだ。


 SNSを開いては、過去の投稿を探し出して、消していった。

 自分の考えを吐き出せる場所、それがネットの中だけであっても、愁には十分だった。

〝いいね〟が付いて、認められたと感じるまでは。


 声に出さなくても、ぽろっと綴ると、近くで聞いてくれているような安心が届いた。

 共働きだった親は、割と早い段階から、愁に携帯を持たせていた。

 過去の投稿の中で、消さずに残している呟きがある。中学二年に引っ越しを経験して、緊張や不安、なにも知らない場所での挑戦したい気持ち――、改めて読むと変換ミスの多さに笑える。


 その投稿に、風磨は〝いいね〟をした。ただ々スクロールをする指、体育館で偶然居合わせたと思って嬉しかった自分がいたけど、部活へ行く途中だったんだと、愁は物思いにふけった。

 今では、体育館の小窓――その場所は、楽しみな時間となっているけど。


「――あっ! お化け屋敷で受付だった人」


 突然の声に反射で、愁は顔を上げる。目の前に居たのは、翠。


「廊下に居ないで入ってくれれば良いのにー。あ、でも〜女子が多いから入りにくいかー」


 風磨と一緒だったから記憶に残っていて、状況を聞く良いチャンスなのではないか? と口を開いた。


「風磨に聞きたくて、休憩……しないのかって」

「二人って友達だよね。話し方的に仲良いんだろうなって思ってた。待ってて、呼んでくる」


 お化け屋敷を案内していたときには、肘を掴んでいることにモヤッとした愁だったけど、話が通ることに嫌な記憶は薄れるように感じた。


「また無理やり抜ける感じがして、悪い気がしてくる……」

「写真撮るのに呼び出されるんだから、気にしなくていいだろ――…午後も頑張ろうな」


 調理スペースから風磨と大翔が出てくる。普段通りに話していたが、愁の姿をみつけると、大翔は顔色を変えた。

 スッと風磨から離れて、近くの階段を下りていった。


「……ごめん、もしかして、予定あったんじゃない?」

「いや? 大翔はいつでも、あんな感じなんだ。交友関係多くて羨ましいよ」


 誇らしげな横顔。言わなくても互いに分かり合えている感じ、愁は目を伏せた。


「愁? どうかした?」

「――うぅん、何も」


 体育館の小窓で、いつも通りの時間。それなのに、愁と風磨の視線は合わず、静かに食べ進めるのみ。


「食べたあと何見る? 科学部の不思議なドリンクっていうのが、どうにも気になって――…」


 返事がこない事が気になり、愁を見る。無視というわけではなく、ぼんやりしている目。

 風磨の話題は耳に入っていない。


「愁って、イベントとか苦手そう。大丈夫?」

「……え、あ、いや、なんていうか……大翔くんって言ったっけ? さっきの人」

「うん」

「な、仲良さそうだったね。……ごめん、嫉妬だ」


 そう言って、愁は口を手で覆った。頭を掻く動きをして、風磨は視線を外した。


「え、おー……ん? 嫉妬? 特別な意味でも含まれてる?」

「いや、全く。自分に交友関係少ないから、いいなって思った。変なこと言ってごめん」

「連絡取りやすいのは、愁のほうだよ。大翔とはよく話すけど、連絡先は知らないから」


 自分にだけある特別感が出てきて、瞳に意志が戻ってくる。が、またすぐ項垂れた。


「愁のさ、自分の時間を持ってるっていうのが、僕には格好いいと思った。綺麗事に聞こえたらごめん。SNS教えてくれたのも、仲良くなれてる感じがして嬉しかった……その、愁が興味あればなんだけど、大翔、ここに連れて来ようか?」


 愁の肩はビクッと反応して、恐る恐る風磨を見る。


「興味、ないことは無い。でもさ、相手が困るでしょ」

「言ってみるだけだよ。期待させて、残念な結果にしたら、ごめん。先に謝っとく」

「それに関しては仕方ないような――、嬉しい反面、立ち位置が決まってくるじゃない? つまらなく感じて輪から離れるの、悪い癖なんだ。中学からなんにも成長しない」


 項垂れていた上体を、壁に凭れ、愁は大きく息を吐き出した。閉じ込めていた思いを吐き出すように。


「僕も変わってないこと、いっぱいあるし。さぁて、文化祭なに見る?」

「風磨が言ってた科学部のやつ、試してみたい」


 ポーカーフェイスが多かった愁、拭ったその目にうっすら涙が滲む。

 ゆるんでいる口元を見て風磨も、つられて笑った。


 科学部の不思議なドリンクは、色が変わるというものだった。

 レモン汁を入れて変化を楽しめるパフォーマンスがあり、注文してからドリンクを受け取るまで飽きが来ない。


 愁は写真を撮った。その場でSNSに投稿……一通り展示物を見て教室に戻る頃、通知が入っていた。

 風磨が付けた〝いいね〟が来ていた。いつ頃やったのか、愁はフッと吹き出した。


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