第12話
教室に作ってある調理スペースには、パンケーキの甘い香りで包まれていた。
引き戸が開く。休憩を終えて、翠と風磨は戻ってきた。
「すみません、戻りました」
「あ、顔面偏差値高い組だ〜。その格好でいてくれたから、良い宣伝になってたみたいよ」
パンケーキにトッピングをする。誰でも出来るように、事前に話して写真まで作成したマニュアルは活用されず。
自分の感性のままに、女子は盛り付けを続けている。
「顔面偏差値って……?」
「井之上くんと波木くんのことなんだよー。かっこいいって評判なんだから」
「そ、そうなんですか……接客入りますね」
調理スペースとホール、場所を仕切っているカーテンに手をかけた。
ふんわり優しい照明に、午前中とは違い、大人びた雰囲気。
どういった状況なのかと、周囲を見渡した風磨は見知った姿をみつけた。
「先輩……!」
窓際にセッティングされている席に、大翔と海里。
自分と一緒に居るときより笑っているように思えて、居たたまれなくなってくる。
「大翔っていろんな子と話してるけど、好きな子っていると思う?」
「え、突然、何」
クラスメイトからの突然の疑問、なぜ自分に? 風磨はそういった声色で返した。
「いろんな奴と話してるけど、風磨と話してる大翔ってよく笑ってるからさ。だから、気になる子とかも知ってたりするかなって」
接客しているだけなのに、どこか良い雰囲気が漂っている二人。
クラスメイトは期待の眼をする。
「そういった話にはならないよ」
「まじかー」
中学からの付き合いであっても、翠とは友達以上の関係にはなっていない。
一定の距離を維持している感じがしなくもないが。一人と特別な関係が、大翔に対しては想像しづらい。
大翔が後ろを振り返る、互いの視線が合わさる。
目をそらす行為を、不思議に感じて大翔は動いた。
「風磨、戻ってたんだ。丁度よかった。先輩が写真撮りたいって」
「大翔が先輩を誘ったの?」
「喫茶店に来ることをか? 近くに来てたから言ってはみたけど、わざわざ誘いに行っては無い」
「――そっか」
「どうした?」
「いや別に」
不機嫌気味の風磨に、大翔はぎこちなくなる。
背筋を整えて、海里が座るテーブルへと行った。
「先輩、来てくれたんですね。ありがとうございます」
「――あ、うん」
目を合わせたのは最初だけで、海里は紙コップに注がれていた紅茶に視線を落とす。
「サービスで撮影してま〜す。どういう感じに撮りますか〜?」
写真部の部員が、チェキを片手に歩いてきた。
部員は二人の様子を伺う。海里の口が小さく動いたのを、風磨はそっと寄り添う。
「先輩、どう撮ります?」
「ワンコみたいな後輩くんを見てみたい」
部員のほうを向いた風磨、「あのぅ……翻訳できます?」と助けを求める。
海里が座っているのは、そのままに。向かい側の椅子の向きを変えた。
風磨が跨がるようにして椅子に座り、背もたれに軽く寄りかかる。
視線の高さに、大きな差は無くなり、不意に重なる二人の目。先にそらしたのは海里だった。
あからさまに思えた事もあってか、寂しそうに腕の中へ顔を埋める。
「良いの撮れましたよ〜。ご希望通りですかね〜? 確かめてみてください」
その場で現像されて、テーブルの上に置かれた。
あっという間に撮られた事と、不機嫌な顔をしていた自分を思い返して、写り具合が気になった風磨は手を伸ばした。
海里の手が出てきて、写真は目の前から消える。
「ワンコっぽい後輩くん――…ふ、んふふっ」
「な、なんですか、ワンコって。ちょっと見せて」
「お祭りのとき、勝手に撮ってた。後輩くんだけなんてズルいじゃない、良いでしょ?」
会ってから、目を合わせてくれなくて、やっと互いの顔を見る。
楽しんでる顔、イタズラな顔。祭りのときに撮ったものは、誰にも見せないって条件で風磨は今もデータに残してある。
手のひらに収まる写真の中には、自分も知らない風磨が写っている。
「誰にも見せないでくださいね、絶対ですよ」
「約束ねっ、ゆびきりする?」
綺麗に整えられている爪、やわらかな肌の質感。ほとんど力を入れていない状態にして再度、風磨は指を絡めた。
事前に用意していた材料は無くなり、残りの時間は自由となった。
セッティングしてあるテーブルはそのままに、細かな物は片付けていった。
衣装を脱いで、午前中からあまり崩れていない髪型が気になった。毛先を少し触る。
ワックスを使ったんだろうと想像して、風磨は元に戻すのを諦めた。
見た目を軽くして、教室を出る。足音が追いかけてきて、振り返った。
「風磨クンはこれからどこ行くの? よかったら校内回らない?」
「友達のところ行こうと思ってるんで……」
「ダメな感じ? ウチは気にならないんだけどなー」
「あー……そうなんですね。文化祭だから大丈夫か」
少し考えては風磨は一緒に回ることを許した。翠が話してくることに、相槌をする。
ひたすら廊下を歩いて、目の前、廊下に出されている机と椅子が視界に入る。
黒い布で覆われて、どうなっているのか窓からは様子が分からない教室。
受付、の役回りで廊下に居るはずなのに、厚い本を読んだままの愁。
「愁」
「あ、風磨……と、友達?」
ちら、ちら……と小刻みに目は動いて、翠に警戒の色を向ける。
「一緒に回ろうかって話になって。文化祭だから、まぁいっかって感じなだけ」
「そうなんだね。怖いのが平気なら、見ていってよ。脚本、演出、演技、そういうの目指してる人が作ったから、怖いの好きな人たちには評判いいんだ」
愁は持っていた厚い本を、風磨たちに向ける。よくよく見ると、厚紙で作られた偽物で、感想が書いてある用紙と印刷物が入っている。
「お化け屋敷に入るなら、これ持っていって」
写真と、愁は机の中からペンライトを取り出した。
「それじゃあ行ってらっしゃい。気を付けて」
ゆったりした話し方と、〝気を付けて〟その言葉が怖さを増幅させた。
二人の背中を見送った。風磨の肘を掴む翠に、愁は冷めた目をする。
さっきまで生活してたんじゃ……そう思えるくらいに生々しく作られた室内。
演技は全てボイスレコーダー。演出で照明を操作するのに人は居るけれど、それ以外には二人だけ。
お化け役は居ない。
ボイスレコーダーで語られる物語。物語の中で、ひょっとしたらと思ってしまう痕跡。
一番重要になってくるのは、お化け屋敷に入ってくれた人の記憶。
語られる中で近い経験、もしくはメディアで見ていて知っているなら、怖いという感情に結びついてくれる。
最初に渡した写真は、供養をするのに置いてこなければいけない。
お化け屋敷だから、何かしらアクションが無いと……そういう話し合いのなかで、苦肉の策として入れられた。
お化け屋敷に来る人の大半は、恋人だった。怖さと真剣に向き合っているクラスメイトを思い返しては、寄せられた感想の、〝すごく怖かった〟というのがノリのように思えて、愁は厚い本を閉じた。
「おわったー、ちょっと鳥肌かも」
「悲しさのほうが強かったかも。全部聴いて写真を見たら、あぁそういう事かって分かって、意味が分かると怖いってやつだね。考えた人凄いな」
出てきた翠と風磨に、愁は声をかける。
「お疲れ様。ペンライト回収するから、来てくれると嬉しい」
「んー、分かった」
「感想って書いたほうが良いのかな?」
「書きたいなら、どうぞ。……なんていうか、自分の趣味を出して評価が欲しいってだけなんだよね。感想とか言っておいて本当は承認欲求を満たしたいだけで……風磨も書く?」
用紙を差し出してくる愁、風磨は受け取らなかった。
「体験っていうか、実際に起きたことを元に……物語になってるんでしょ?」
椅子に深く凭れ、罪を告白するような調子でポツリ、愁は言う。「何で……そう考えた?」
「物語があるけど……印象的に思えるところがあんまり無かったから。現実に起こったことを入れてるのかなって、考えてみた」
「なるほど、そっか。まぁ序章だの終盤だの、話を作るには決まりがあるからね。リアルさを求めた結果、つまらなくなったかな」
「つまらなくは無いよ。現実に起こったのかもしれないって考えたら、怖くなったし。万人向けなエンタメでは無いかもしれないけど、良かったよ」
フッ……と、うすら笑い。
潜在意識。愁自身も気づいてなかった部分にまで触れる。
「そこまで読み込んでくれたら、作った側も十分だと思う。ありがと」
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