第11話

 教室に入るなり女子に囲まれる。鞄は取られ、腕を掴まれては、椅子に座らされた。あっという間に髪のセットは完成した。


「波木君の衣装はこれね。はい、どうぞ」

「どうも……」


 文化祭当日だというのに、元気の無い声に、大翔は振り返り感じた。

 ブレザーを脱いで、衣装を羽織っている風磨に、女子が数人群がる。


「すっごい似合ってるー! 鏡小さいけど見てみて」


 役になりきれそうな気もするし、恥ずかしさも勝ってる。

 強ばっている表情の風磨を遠目に見て、大翔は心境を想像していた。


「大翔君、こっち〜」

「んー? なになに」


 腕を掴まれ、風磨の元へと一直線に連れて行かれる。


「大翔」

「おっす、風磨。似合ってるな」

「……僕は落ち着かない」


 二人のぎこちなさを気に留める女子はいなくて、スマートフォンを掲げ、あっという間に囲まれる。


「ほら、良い感じっ!」

「コンセプト、ズレてるよ?」

「そういう方向もありってした方が、お客さん来るんじゃないかって案もあるから、もし言われても拒否しない方向でよろしく!」


 小首を傾げるしかない大翔に、そばで聞いていた風磨も腕を組んで、一点をみつめていた。

 チャイムが鳴って、校内放送が流れる。始まってから一時間は誰も来なかったけれど、人気漫画に近づけた喫茶店というのが良かったのか、すぐに満員となった。


 普通の喫茶店好きから、BL好きまでなんとも幅の広い。

 見方を変えればBLにも出来るわけで、ほのぼの日常系。

 片想いはあっても結ばれることは無い。


 来てくれた人にはサービスで撮影できた。チェキでの撮影のみで、ご本人も写ることを条件に。


 セーラー服の三人組が来た。漫画を片手に何か説明をしている。

 チェキで撮影をしてくれるのは写真部の部員。「あ〜確かに良いですよね〜、そのカップリング。分かります」


「ちょっと失礼」と、漫画の開いてるページに目を通した。

 三人組は、大翔のかっこよさに小さくなる。


「まぁ、つまりは、こういう事っすよね」


 顔に何かされそう……と勘が働き、風磨は思い切り視線を外した。

 漫画の再現をするには、目を合わせないといけない。相手の頬へ手を添え、流れるように顎へ移った。


「あぁっ! 攻めと受け、完璧です!」


 大翔は瞬きをした、ほんの一瞬思案して、「本人はどこに写るんです? ギャラリー?」


「――…んあぁっ、もう!」風磨は大翔の手を払いのけた。三人組のところへ歩いていき、「他に何かポーズないですか?」と、漫画を覗いた。


「え、いいんですか? それじゃあ、えっと、これなんですけど」

「ん? あぁ――なるほど」


 ズンズンと迷いなく大翔の元へ進み、手を伸ばす。異様さに気付いて後退りをするも、すぐ後ろには壁。

 大翔がしているネクタイの結び目に指をかけ、緩めていく。


「は、待って待って。風磨、なにしてんの」

「さっきのお返しだよ」


 撮影を依頼した三人組だけでなく、お茶を飲んでいたお客さんの中にも何人かBL好きがいたようで、歓喜の声が上がった。

 風磨の指はスルッと離れる。大勢の声に冷静さは戻ってきて、息を吐き出した。

 たくさんの視線に呑まれ、次は恥ずかしさに支配され、風磨の目は定まらなくなる。


「すみません、ちょっと休憩」


 手首を掴み、大翔は風磨を連れて、教室を出た。とにかく人が少ない場所へ――…普段なら混んでいる購買も、文化祭には空いていた。


「とりあえず水……」


 ウォーターサーバーに紙コップをセットして、水を注いだ。

 椅子に座って項垂れる風磨の前に、置く。「なんでこうなった……」


「 俺が聞きたい。その、まぁ、怒らせたんだよな? ごめん」

「僕も、いろいろと、ごめん」


 水を飲み干して、一息ついた。


「急に出てきて、戻りづらいな」

「このままで良くないか? 舞台があって、役者がいて、なんて事は無いんだし」

「そうだけどさー……」


 二人の後ろ、足音が近づく。「ここに居たぁ、少し探したよ」そう言った翠に、来る相手が分かっていたように、大翔は言う。


「戻ってこいとでも言いに来た?」

「まさか。状況があれじゃ、ムリじゃない? 休憩でもいいし、仕事でも。その辺りは任せるね」

「俺が戻って仕事する。風磨はこのまま休憩しときなよ」


 悪いと感じつつも、背負える体力も無く、開きかけた口は閉じた。「ごめん、助かる」


「体力無いときに悪いけど、岩尾の相手頼んでいい?」

「は? 相手って何」

「そうよ、相手ってなによ。波木クン、疲れてるのに」


 心配している風なのが声色に出てしまい、風磨は怪訝な表情になる。


「話したいから理由つくって来たんだろ? それに怪しさ駄々漏れの発音で、風磨にもバレてるぞ」


 同じようなタイミングで、風磨と翠の目は重なる。


「どんなに来たって、クラスメイトの位置からは変わりませんけど」

「そんなの……分からないんじゃない? まずはお昼ね、何食べる? 文化祭って購買は休みになるみたいね。だから人少ないのかも」


 蚊帳の外になりつつある大翔を、翠はちらりと見る。


「風磨、少しの間頼んだ。俺は戻る」

「あ、おう、了解……?」


 納得のいってない風磨に、少し強引に事を運んだ大翔。

 片手をひらひらと振り、その場を去った。



 午前中の騒ぎからは一変して、落ち着いた雰囲気になっていた教室。


「客層変わってヘンなスイッチ入りそう、お嬢様って呼んじゃいそうなんだけど」

「俺ら執事だし、丁寧にするって意味では、良いんじゃね?」


 入れ代わりで小休憩をしながら、滞りなくお店をまわしていく。

 耳が反応して、大翔は一組のお客さんの会話に、耳を傾けた。


「執事の格好と、もう一人は制服だったけど、ここの宣伝だよね。絶対に」

「学生だから派手なことするんだと思ってたけど、落ち着いてて結構好きかも」


 大翔は少し考える。「少しだけ持ち場離れる」

「午前中に比べたら余裕よ。行ってら〜」


 クラスメイトの軽い返事を受け取り、廊下に出る。窓から下を覗くと、風磨と翠が見えた。

 似たような物を買い、飲食を楽しんでいるようだった。

 風磨の格好が、宣伝だと言われても仕方ないように見えて、大翔はクスッと笑う。


「確か、後輩くんと同じクラス――」

「え……あー、谷原さん。こんちは」


 大翔が見ていたところを、海里も同じように見る。

 唇が……表情が、何か言いたげにしたのを、すかさず尋ねる。


「風磨のこと好きなんですか?」

「好きか嫌いかの二択だったら、好き……」


 もごもごしながらも、ひとつの答えにした海里。


「だったら付き合ったらどうです? 誰かにとられる前に」

「私ね、恋愛に向いてないんだと思う。好きだから触れたいっていうのが、よく分からなくて。信じてるから、信頼があるから、あなたの隣にだって行けるんだよ」


 そう言い、海里は一歩、大翔に近づいた。


「それだけでも好きって証明にならないのかな」

「かなり暴露してる気がするんですけど、俺聞いてていいんすか?」

「後輩くんとは友達よね?」

「話はしますけど……まさかそれだけで良い奴だって?」

「それだけよ? 何かおかしな事言った?」


 大翔は肩を震わせ笑う、その様子を海里は不思議そうに眺めた。


「あぁいや、俺の性格が歪んでるだけなんで、気にしないでください。――もしも、なんすけど……」


 フゥ――…と呼吸を整えて、大翔はニヤリとする。


「なぁに?」

「風磨から告白されたら、どうします?」

「告白なんて、考えてるのかな? 条件付きで会ってくれて、卒業したらさよならだし。それだけの関係だと後輩くんも思ってるんじゃないかな~」

「そう、なんすね。へぇ~」


 期待してることもなく、というか望みも薄い。


「あなたは、後輩くんと私が付き合ったらいいと考えてる?」

「お互いが本気で好きなら、周囲がどんなに邪魔しようと付き合うんじゃないかと仮説は立ててますけどね」

「仮説か〜。後輩くんの友達って感じがするなぁ、ほんと」


 ふふっと笑い出した海里。初めて話したときより距離も縮まっていて、コロコロと変わる表情、その横顔に、大翔は釘づけとなった。


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