第10話

 焼きそばパンと、微糖の缶コーヒー。簡単に済むものと、自販機で買う飲み物。

 大翔のお昼はいつも早く済む。足音が近づき、誰か来るのを察したけど、大翔は気付かない振りをする。


「一人でお昼なんだね」

「わかってる癖に聞くな」

「何よ、冷たいわね」


 テーブルの下にある丸椅子を引っ張り出して、岩尾翠いわお みどりは隣に座った。


「中学のとき、ほとんど同じクラスだったんだから、予想つくだろ」

「高校でも同じクラスになっちゃったわね」

「中学と同じことをするとは思わなかったけどな」


 フンッと鼻を鳴らし、翠は不機嫌になる。


「アンタが勘づいたから、噂が広まりにくかったのね……」

「俺は何もしてない。生真面目な風磨を相手にするのが悪い。何、高校に入ってから誰と付き合ったんだよ」

「そこまで知ってるなら、分かるでしょ」


 大きなひとくち、大翔はモグモグと口を動かす。「谷原さんに取られた形にでもなってんの?」


「付き合えそうな雰囲気だったのに……負けた。付き合ってるなら、触れたいとかあるじゃない? それが一切無かったっていうの。あり得ないんだけど」

「ふーん。まあ、分からなくはないけど」


 缶コーヒーを飲みながら、翠の話に耳を傾けた。


「谷原さんと波木クンて、いつから仲が良いの?」

「知らねー。条件付きで一緒に居る気がするし……仲良いか? あの二人」


 翠は大翔の顔を覗き込み、目を瞬きさせる。


「うそ、そういう感じなの? へぇ、そうなんだぁ──…あ、二人をくっつけたいとか、考えたことある?」

「別に。本気で好きなら、周りがどうしようが勝手に付き合うだろ。噂とか卑怯なことしたら、邪魔しに行くけど」

「アンタも、中学と同じことするのね。その性格のせいで友達少なかったクセに~」

「俺は好きで一人行動やってんだよ、ほっとけ」


 缶コーヒーをぐいっと飲み干し、ゴミをぐしゃりと握って、大翔は席を立った。

 その後ろ姿を、口元をゆるめ、翠は静かに見送る。



 *


 一日のうちの一時間は確実に、文化祭に向けての準備が組み込まれた。

 担任の授業も、必要あれば作業時間となっていた。


「男子ぃ~、サイズ知りたいから着てくれない? 下は制服のシャツで、上に羽織ればいいだけだから〜」


 名前を呼ばれたから動いているのに、一人は手を引き、もう一人は背中を押している。

 そうやって楽しげに連れて行かれる男たちを遠目で見て、引きつった笑いが出た風磨と大翔。


「波木クン来てくれる?」と翠が見た先には大翔も居て、一瞬だけ笑顔は消える。


「ちょうどいい所に大翔クンもいた! 衣装のサイズ、どれがいい?」


 パッと笑顔をつくる翠に、大翔は呆れ顔をする。紺色、裾は長い。

 風磨はМサイズを選び、大翔はLサイズを選んだ。

 袖を通してなぜか互いに見合った。吹き出しそうになるのを堪える。


「ねぇ二人とも、壁に行ってくれる? そう、それで大翔君が――」

「改めて見ると風磨君て、中性的な顔してるのね。身長差がちょうどいい〜」


 日頃、休憩時間には化粧に集中している女子たちの、好奇の目。

 な、何がしたい……。疑いの目を向けていた大翔だけど、表情が緩まる。閃いて演じ始めた。


 不安がる風磨を壁に誘導して、この構図、女子向けだと壁ドンされて絵になりそうなものを。

 男同士なんて誰が得をするのか……ふと気になり、風磨を見下ろした。

 眉間にシワ。時限爆弾にでも火をつけてしまったような、風磨が怒ってしまう前に離れたほうがいい。


「この二人、推せるわ」

「やめてもらえます?」


 怒りの色が滲み出る。


「かわいい見た目に反して、ドS感のある言い方、最っ高!!」


 ……よろこんじゃうオタク、こわい。風磨から離れて、仮の衣装を脱いだ。

 饒舌なオタクをなんとかスルーして、店の飾り付けに加わり作業していく。

 周囲も段々とノリ気になってきて、やることに大翔も実感していった。


「もうすぐ昼休みだし、今作業してるみんなで購買行かない?」


 そう提案したのは翠だった。大体が賛成したが、大翔と風磨は渋々といった表情をした。

 スクールバッグを肩に掛け、まわりを様子見している風磨に、翠は駆け寄った。


「波木クンはお弁当? 購買派?」

「きっかけがあって料理するようになってからは、弁当作るのもあまり大変さは無いというか」

「作ってるの!? すごーい!」


 チャイムを機に、ぞろぞろと教室を出る。集団の後尾に、大翔と風磨、翠と続く。

 制服を軽く掴み、グイグイいく翠。近づく度に少し下がる、引き気味の風磨。

 購買につきテーブルに居るときでも、相手に興味を示し、そばに居たクラスメイトは空気を読んで席を譲った。


「岩尾と風磨って仲良い? 話してるとこ初めて見るけど」

「さぁな〜」


 二人の様子を見て、男子は詮索を入れるが、大翔はさらりと流した。


 帰りのHRが終わり、大翔のそばに、影がひとつ。


「大翔、途中まで、一緒に帰らない?」

「途中まで……最寄り駅まで? 俺、電車だし」

「うん、そうなるかな」


 文化祭の、出来上がっていく飾り付けを眺めたり、突っ込みを入れながら廊下を歩き、昇降口へと行く。

 靴を履き替え、大翔は疑問を口にした。


「一緒に帰ろうって誘われるとは思ってなかったな」

「ちょっと聞きたいことあって」

「まぁ、答えられる範囲になるけど」

「誰とでも話してて、いろいろ知ってそうな大翔だから聞くんだけど、岩尾さんてどういう性格?」


 ……性格。中学生になる頃、入学と同じくらいに、岩尾翠は大翔が住んでいる団地に引っ越してきた。

 互いに母子家庭だったこともあり、母親同士は意気投合した。

 年齢が近いこともあってか、翠と大翔は一緒に過ごすこともあった。


 同じ学校ともなれば、見掛けることもあって、翠が異性と過ごしているのを大翔は目にするようになる。

 ある時、翠に関する噂を聞くようになった。〝付き合えるなら誰でもいい〟そういった内容が。


「大翔? 聞いちゃいけないことなら、止めとくけど」


 良いところよりも、悪いところを多く見ていて、「……あぁいや、何ていうか」いろいろ思い出される思考から、なんとか応えようと声を絞り出した。


「可哀想な奴かな」

「かわいそう?」

「愛されたいが為に、自分を犠牲にする奴。それを知ってるなら付き合ってやれって思うかもしれないけど、俺そこまで大人じゃないからさー」

「そっか。難しい性格なんだな」

「どうして岩尾の話を? 告白でもされた?」


 車が数台通り過ぎていく。熱を帯びた風を受ける。


「話してみて楽しいって言われて、いつもどこで食べてるのか、根掘り葉掘り……」


 こめかみから汗が伝い、手の甲で拭う。


「グイグイ来られて困るってわけな。嫌なら拒否でもいいんじゃね?」

「恋愛として考えたら厄介かもしれないけど、友達としてなら軽く雑談するくらいは」

「なんとかしたいってのが見え見えなんだけど? 谷原さんにもそういうノリでいったか」


 風磨の目つきが鋭くなる。「先輩のこと、何にも知らないじゃないか。軽い付き合いなんてしてない」

「じゃあ付き合うの?」


 大翔の一言に、風磨は止まった。


「それは……」

「考えるってことはありなのか」

「ありとは考えてない、けど……一緒に過ごしてて楽しいとは思ってる」

「俺が言ったからって、その選択を視野に入れて考える必要ないからなー。じゃあまた」


 右手をあげて、少し振る。大翔は駅へと歩いて行った。


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