第9話

 夏休みが終わった。花火の音、煙の匂い、楽しかったで終わらせるには幼稚に思えて。

 特別な夜という表現は……アウトか。フォトアプリから撮った海里を選んで表示した。

 二人で過ごしたことを思い出しては、フワフワと浮き立つ気持ちが、いつも通りの毎日をつまらなくさせる。


 ゆぅみから、〝お菓子があるからおいで〟そういう内容の連絡が入った。

 部室を覗き込んだ、しゃがんで制作に勤しんでいる普段通りの姿があった。


「メール読みましたけど、何ですか?」

「おや、想像と違う反応がきた。もっと喜ぶものかと」


 苦笑いして、風磨は小首を傾げる。それ以外の反応が思い付かなかった。


「夏休みは楽しめたかい?」

「それなりに、充実してました。ゆぅみさんは?」

「お土産を買ってくるくらいには、楽しんでたよ」


 人差し指が示す先、机の上には、可愛い袋が置かれてあった。


「部活らしいことも、あまり無いし。部長らしいこともないし、年上らしい振る舞いといったら、それが思い付いた。──だからさ、その、後輩くん。受け取ってもらえると嬉しい」


〝後輩くん〟その呼び方に、風磨は反射でゆぅみを見る。

 静かな時間が少し流れた。日頃から淡々とした話し方で、大きな変化はあまり無いのに。愉しんでいるような言葉選び。


「後輩くん、そう呼んでくれる子がいるんだろ?」

「──なんで知ってるんですか」

「谷原海里。ナミくんのクラスを教えたのは、あたし」

「先輩と、友達なんですか……?」


 ゆぅみの視線は落ちる、「そうか、先輩と呼んでいるのか」と呟いたあと、また風磨を見る。


「親同士が友達でね。小学校の頃は遊んだりもしたけど、海里は付き合いの度に見た目が変わるんだよねー。あたしとお揃いって買ったキーホルダーも、数日後には別物に変わってた」

「家には、大事に置いてありますよ、きっと」

「いやぁ別に、責めたいわけじゃない。友達が多いのって羨ましかったし。あたしが、この人じゃないと嫌っていう性格だからさ……あたしから距離を置いた。だからまぁ、波長が合うなら、仲良くするといいんじゃないかな。今の海里は人付き合いを避けてるように思えて、なんか気になるし」


 なにやら考え始めた風磨は、腕を組んだ。


「こういう話をしているときの君は、表情が豊かだな」


 目をぱちくり、驚いた。組んでいた腕はほどかれて、風磨は口を覆う。

 ニヤリと片方の口端が上がる、ゆぅみは肩を震わせ笑った。

「からかう人でしたっけ?」と風磨は軽くにらんだ。



 *


 学級委員が黒板の前に立つ。文化祭で何をするか。話し合いの始めこそは、言っていいのか、空気の読み合いだった。

 次々に案は出てきて、そろそろ集計しようという流れになった。


「あ、その喫茶店ていうのさ、店員はみんな執事のコスプレするの。どう?」


 誰が店員になるかは決定していないけれど、男子は全員、顔が引きつった。

 嫌なら拒否をすればいい話。でもオタク特有の早口や、圧によって反論するのも大変そうに思えた。


 机の下でスマートフォンをいじっている大翔。その後ろに座っている男子生徒は、上体を前のめりにする。

 シャーペンを向けてきて、背中をつついた。


「大翔、喫茶店で執事って、元ネタこれだぜ」

「ん~?」


 椅子の背に凭れ、大翔はちらりと相手のスマートフォンを覗いた。

 重要なことだけを見たら、手元を操作した。画面には少女漫画が表示される。


 女性がひとり喫茶店をみつけた。ただその店はネットに載っていない。

 唯一見付けた噂は、心が疲れた人にのみ見える店なんだと。

 共感、肯定。全てを包んでくれる優しい言葉……イケメンが言うから成り立つのでは? 大翔の表情は曇る。


 男子を他所に、女子は盛り上がっていく。催しは喫茶店に決まった。

 丁度よくチャイムが鳴り、昼休みに入った。風磨は決まってスクールバッグを持ち教室を出ようとするが、隙を見ては、大翔は話し掛けた。


「さっきの喫茶店のやつなんだけど、元ネタ要る? 安くしとく」

「取引できるものない」

「ん~、そっか」


 ノリの良い返事がきて、大翔は少しニヤけた。


「予定あるから、じゃあ」

「おぅ、俺も購買行くかなー」


 鞄から財布を取り出して、教室を出る。大翔に集まる、二人のクラスメイト。


「昼一緒に食わね?」

「ついでに合コンやらね?」

「なんでそういう流れになんだよ。また今度誘って」


 了解、と二人の重なった声を聞きながら、購買へと歩いた。


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