第8話

 伸びた影は闇に溶けていく。浴衣姿、下駄の音。お祭りが開かれている場所に近くなってくると、夕方であっても人が多い。

 周囲を目配せしながら歩いた。髪を上げて団子にまとめている髪の女性を目にして……いつもの海里と、もし浴衣を着ていて、もし髪型を変えていたらと想像をしてみる。


 風磨は次第に速く歩いていた。スマートフォンに連絡が入る。「射的で遊んでる?」


 意外すぎて声が出た。人混みに、彼の声は上手く消されたようで、振り向く人はいない。

 河川敷に出店が並ぶ。階段を下りていき、射的を探す。中学生くらいの男子が居るなかで、高校生の女子。


「射的が合う格好では無いように思うんですが」

「後輩くんが誘ってくれたから、今日のために買ったの。青春の定番は浴衣みたいね」


 チュニックワンピースっていうんだって。海里は風磨の横について、スマートフォンの画面を見せた。SNSにモデルのような立ち姿の女性があった。

 今日の着ているのが、そういったものなのか──…と少し見ては視線を外す。


「髪飾りは、浴衣が売られていたとこで、買ったんだけどね」


 元彼が言っていたか、海里はスタイルが良いと。後れ毛に目がとまり、だんだんと下がって、一枚ほどで済んでしまう今の季節では、身体のラインが想像に容易い。


「後輩くん、あれ取って」


 強めに頼んだかと思ったら、硬貨を風磨の手にねじ込む。

 海里は相手の手を握り──風磨は握られている、突然のことすぎて変な間ができた。


「僕が払いますよ」

「良いの。漫画で見てね、射的してる男子ってカッコいいと思って」

「それを……再現しないといけないんですね?」

「そういうことだから、お金はそのまま使ってね」


 時間をかけて放った一発目は、外れる。残り四発。続けざまに外れ、最後の一発。

 これで無理でも、自分が支払って続ければいい。息を吐く、いろいろ考えがクリアになってきて、軽くなった肩。指を動かした。


「はい、おめでとう」


 お店を開いているおじさんから、商品を受け取った。海里が欲しがっていた物には、当たらなかった。


「私、これがいい」


 横から手が伸びてきて、指先が触れる。


「あ、そ、それなら良かったです」


 手軽に食べられそうなのを買って、座れるところを探した。

 大人が多く、付き合っているんだろうなぁと思うしかない、距離。

 線香花火。

 出店から離れれば、人を気にすることもなく手持ち花火ができる。だけど、人がいない場所ともなると暗がりになる。


「後輩くん? なに?」

「あ、いや、先輩は暗いところ、平気ですか?」


 橋の下、コンクリートで足元が安定しているけれど、暗い。


「持ってきた線香花火をするのに、適した場所なんですよ」

「見慣れた鞄には、そういう秘密があったか」


 人混みから離れて、橋の下。提案していながら情けないけれど、いざ来てみたら暗い。

 一瞬、行くのを躊躇する。腰の辺り、服を引っ張られる感触がして、振り返った。


「ゆっくり歩いてくれると、助かるかな」

「すみません、あ、ライト付けますね」


 スマートフォンでアプリを開き、最大限明るくした。


「待ち受け画面、綺麗ね。どのアプリ使ってるの?」

「これ、学校帰りに撮ったやつなんで」

「うそ、すごっ」


 買ったたこ焼きを食べる。はふはふっと美味しそうに食べる海里、その横で、風磨は熱さが落ち着くのを待っている。


「猫舌?」

「先輩が熱さに強いんですよ」

「いや猫舌でしょ、認めないの?」


 ふふっと笑うから、つられて笑う。お腹が満たされたところで、線香花火を取り出した。


「このときのために買ってたの?」

「妹からもらって、花火するなら、このタイミングかと思って」

「妹いるんだ、へぇー。後輩くんとなら時期関係なくやってもいいけどね」


 家での、妹との会話が頭のなかに再生された。友達としてだ。

 どうにも恋愛を含んだように聞こえて、心臓がうるさくなる。


「花火売られてるのって夏だし、時期関係なくは出来ないですね」

「真面目に突っ込まないでよ」


 少しでも長く見ていたいから、手はあまり動かさないように。

 火種ができて、パチパチと飛び出す火花。夜風に吹かれ、川にポチョンと落ちた。


「あ、風さえ吹かなければもう少しいけたのに」

「運が悪かったねー」


 そう笑っていた海里のほうはと言うと、手の動きによって落ちていた。


「まだありますよ」

「ありがとう」


 線香花火は残り二本。歓声が広がりだして、おっきな花火が打ち上がる。


「わぁ、始まった。夏って感じ」


 海里は見上げて、そう呟いた。花火が水面に映り、キラキラと揺れる。

 ひとつ閃いて、風磨は動き出した。


「先輩、花火が上がっている間は、僕の言うことに従ってください」

「なにをするの?」


 のんびりしていられない。水面近くでしゃがんでもらい、出来るだけ線香花火を持っている手は静止してもらう。

 それを被写体にして背景は、水面に映る花火。


 滞りなく打ち上げられる花火。ほんの少し画面から目を離す。

 小首を傾げ、線香花火をみつめる海里が、大人びて色っぽく。


 花火の終盤、盛り上がりの熱に当てられて、海里を被写体に、風磨の指は動いていた。

 大きな音は引いて、静けさに包まれる。


「どんな感じ?」


 海里は風磨のそばに寄り、スマートフォンを覗き込む。


「あ、その、すみません。綺麗だったから」

「誰にも見せないって条件で、持ってていいよ」

「──…わかりました。あの、それから、これ待ち受けにどうぞ」


 スマートフォンを操作して、海里が見せてくる画面には、花火が上がる。


「撮るの上手いね」

「そうですか?」

「本当にそう思ってるんだから。今日はありがとう」


 さっきまで近くて、甘い残り香が鼻をくすぐる。友達の距離なのか疑問になってきて、思わず海里を見る。

 目が合いそうになると、そらした。


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