第7話

 昼下がり、リビングにはテレビの音が広がる。

 ソファに座り頬杖、テレビを見ているのかどうか、眠そうな目をしている風磨。その後ろに線香花火を持った妹が、近づく。


「お兄ちゃん、花火いる?」


 振り返り、「線香花火だけ買ったの?」そう返した。ソファの端に、妹はちょこんと座った。


「いろんな種類があるやつにしたんだけど、線香花火だけが残っちゃって」

「また友達誘ってやったらどう? 夏休みはまだあるんだし」


 風磨は再びテレビを見る。


「みんな予定があって無理そうなんだもん。お兄ちゃんは友達と花火しないの?」


 ともだちと、はなび? 思い浮かんだのは、大翔と愁だった。

 大翔は誘えばノッてくれそうだけど、愁の場合は想像すらしづらい。


「花火、しないなー」

「ジャングルジムで話してる人とは友達じゃないの?」

「──は?」


 言っていることが限定すぎて、妹のほうを向く。

 家の近くだし、見掛けることもあるかと理解するけど、急に言われては返す言葉がすぐには出てこない。


「お兄ちゃんて、事柄をひとつ々覚えてて、その時の最善策を出してくれるんだよねー」

「んー?」


 急に何を言って……。声に分かりやすく疑問の色をつけた。


「家のごちゃごちゃしたことも、あたしは怖いって気持ちが多いんだけど、お兄ちゃんは色々考えてた。落ち着いて学校行けるのも、お兄ちゃんのおかげかなって。感謝っていうか、その人と花火してきてよ」

「…──んー」


 六本ある線香花火。改めて言われると、なんかくすぐったくて……。


「そういえば、お父さんからメールきてたんだよね」

「なんて?」

「今週末、花火大会あるんだって。屋台がいっぱいだし。お兄ちゃんは、女の子の友達誘うんだよ? はい、どうぞ」

「なんでだよ」


 手首に力が乗っかる、妹のちいさい手。線香花火を受け取った。


「あたしが出掛けるのはよく見るけど、お兄ちゃんが出掛けるのは、あまり見ないなってお父さん言うときあるんだよ」

「マジで言ってる?」


 スマートフォンを開き、父親とのやり取りを読み返す。

 スーパーで何が安いとか、妹の誕生日に何を作ろうとか。仕事で疲れきったからか、動画でバズった料理を見せてきたときは、驚いたし笑えた。

 で、作ってみると油たっぷりで、風磨は美味しく食べきったが父親は苦笑いしていた。


 妹にも見える位置に、スマートフォンを出して海里にメールを送信した。

 そういった風磨の様子に、妹の表情はほころぶ。



 *


 洗面台の鏡に映る、風磨の表情は暗い。ジーパンに七分袖のTシャツ。

 これからの予定は、海里と花火大会。家を出るまでに、たっぷりと時間はあったけれど、状況に応じた格好があるはずと頭を悩ませていた。


 腕を組み、足からTシャツへと視線を動かす。母親が居ればなにかとアドバイスしてくれてたのかな……と考え出す。

 よくお酒を飲んでいる人で、話せば聞いてくれるから、嫌いではなかった。


 父親とは飲み過ぎだと揉めていた。二日酔いで具合が悪そうなところも見ていたから、父親がうるさく言うのも頷けた。


「お兄ちゃん?」

「ん?」

「難しい顔してどうしたの?」

「いや、別に? 先に出る。行ってきます」


 図書館のときみたいに、シンプルでいい。今さら着飾っても微妙な空気になるかと、考えを切り替えた。

 二階から下りてきた父親と、鉢合わせた。


「風磨、どこか出掛けるのか?」

「うん。友達と花火大会」


 そう言いきり、玄関へと急ぎ靴を履く。背中に、「そうか、楽しんでこいよ」落ち着いて安心できる声が届く。

 たぶん、笑ってる。そんな気がして、「楽しんでくる、行ってきます」父親のほうを向き、風磨は笑顔をみせた。


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