第6話

 期末テスト当日、海里と勉強してそのがんばりは発揮された。どれも安心できる点数となって返ってきた。

 面談で、明日からは夏休み。三年生の教室前には保護者の姿もあった。


 風磨は一瞬立ち止まるも、関係のない者がいては邪魔になるだけ、そう考えて去ろうとした。


「あれ? 一年? 誰かに用事?」


 一年という言葉に反応してしまい、足は止まる。


「え、ていうか、駅の近く──公園にいた? 谷原の彼氏?」

「彼氏では……」

「違うにしては距離近かったね」


 教室の戸が開き、生徒が出てくる。「あー、話長ぇよ」と怠そうな声をもらした。


「なぁなぁ、谷原の彼氏」


 親指でクイクイッと、風磨のことを指した。


「違うって言いましたよね?」


 風磨の声色は険しくなる。


「下駄箱でも絡んだらしいじゃん、お前しつこい」

「だってよー、次は年下ってウザくね?」


 背が高くて茶髪と、拳ひとつ分低い黒髪。相手の首に腕をまわしたり、仲が良い二人に思えるが、黒髪は面倒そうな表情になる。


「未練があるんですか?」

「未練ていうか、スタイル良かったからなぁ」

「忘れられないんだったら、未練じゃね?」


 人の恋愛観に、あれこれ言う気は無い。でも──「相手を大事に出来ない付き合いなら、止めてください」

「あはは、年下に言われた」


 三年生が向けてくる視線、風磨は目をそらさなかった。



 *


 普段通りに起きて、朝食、洗濯とやっていき、そのあとは特にない。

 ベッドに寝転がる。海里と男子生徒は付き合っていて、海里が言うこと……男子生徒が言うこと──「あぁ~……」


 考えすぎて声を出していたことに、風磨は我にかえる。

 気分を変えるために、机に向かった。枕元に置いていたスマートフォンが鳴る。海里からだった。

 元彼から風磨と話したということ、風磨に迷惑がかかるんじゃないか、学校で話すのは控えようと考えていること。

 次々に通知は入ってきて、まるで終わりを意味するような──〝ありがとう〟の文字。


 どう返事をしたらいいのか。動かない指。スマートフォンの光源は、次第に落ちる。



 *


 間にある登校日。久しぶりの教室、物珍しい視線を、風磨は浴びる。


「夏休みなのに、日焼けしてないのな」

「大翔も似た感じするけど」


 残りの時間を青春する。その目的で、海里とは連絡を交換した。

 ありがとう、と最後にメールがきたのみで、風磨も送れずにいた。


「向けられてる視線、好奇心ぽさがあったけど平気か?」


 一度はまわりを気にして、見渡す。目が泳いで、スマートフォンに戻す、「……ん~」と頭を抱えた。


「平気そうじゃないな。注目浴びる原因に、心当たりでも?」

「先輩と接点が増えたんだけど、元彼がしつこい……? いや、その友達か」

「なんだよそれ……第三者じゃねーか」


 風磨の話に共感を示したり、一歩引いて冷静に物事を見る大翔。

 提出と、配布物の受け取り。あっという間に時間は過ぎて、昼、帰り支度をする。

 スクールバッグを肩にかけていつも通りの動き、なにかを思い立ち、スマートフォンへ短く送信した。

 昇降口には、海里がいた。


「後輩くんから連絡なんて、ドキドキした」

「先輩が描いてる青春に、入りますか?」


 帰ってる可能性もあった。送信してそのまま、確かめずに来た。急いで来て上がってる息、ゆっくりと呼吸する。


「あんなことメールしちゃったけど、やっぱり話したいし、嬉しかった」


 気温が高い昼の時間、アスファルトに陰が二つ。あのジャングルジム、あるかな。

 そう言う海里に、簡単にはなくなりませんよ、そう返事をする。


 海里と風磨が初めて話をした公園に着き、スクールバッグを置く。

 スルスルと登っていき、ふわりとスカートが揺れた。風磨は、あからさまに顔をそむける。


「どうしたの? あぁ、スカートね」

「見てませんからね」


 登ろうと掴み、自然と上を向く。タイミングを見計らってなのか、「見られても大丈夫にしてますっ」なんて、ハートでも付けているような甘い声の海里。

 スカートの裾を捲り、下には体操着のズボン。


「ほんとなにしてんですか」

「なにしてんでしょーねぇ」


 海里はそう吐き出すと、遠くへ目をやった。「ごめんね、嫌な思いさせて」その言葉に、風磨は恐る恐る視線を向ける。

 親が喧嘩したあと、落ち着いてきたときに言うのが、それだった。


 遠くを見つめたままの母親。その様子に、〝もう、疲れた〟風磨には毎回そう聴こえてしまっていた。

 萎縮してしまっている風磨に、海里は悲しげな表情を返す。


「大丈夫と言える状況ではないですけど、先輩が気にしないでいてくれるなら、大丈夫です」


 ふわっと、言葉に出せたそれは、家でのごちゃごちゃした事に、少しでも前向きに考えられていたら──…そう思うから。


「そうだよね。残りの時間がもったいないし、ありがとう後輩くん」


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