第18話 正義の奇跡
ユニコーン視点
「おう、ゼシル」
「やあユニコーン。怖い顔だ、君らしくない」
岐が仮面男と対峙していたそのとき、ユニコーンは地上に降り立ち、ゼシルと対峙していた。
「実は、前から興味を持っていたんだよね」
「は? わしに?」
訝しむ気持ちを抑えることなく、露骨に顔に出すユニコーン。そのままじりじりと距離を詰める。今魔法を使えば、すぐにでもゼシルを葬ることができる。だが、ユニコーンには知りたいことがたくさんあった。
ゼシルの目的。
どうやってこの世界までやってきのか。
そして、遠くに見えるシエラの死体について。
今にでも殺したい。だが、そうしてしまえば、その謎もわからないままに終わってしまう。幸い、今のゼシルは満身創痍。魔力の流れも乱れに乱れており、魔法を使うのも難しい状態だった。
もしこの場から逃げることができるというのなら、それは奇跡だ。
「その一本角。あらゆる不浄を浄化する特性を持つ至高の一品。ホロンの魂を飲み込む影をはねのけるという神の権能に匹敵する武器を、君は生まれながらに持ち得ている。僕たちのように神だから大きな力を持っているのではなく、大きな力を持っているから神と同等の存在に成った。興味を持つなと言われるほうが難しい」
「そんなんどうでもええねん。わしが腹立っとるんは、シエラちゃんのことや」
ぺらぺらと喋るゼシルに、イラつきが隠せない。ユニコーンの視線の先には、首から先が吹き飛んだ、無惨な姿で倒れ伏すシエラの姿があった。
短い間ではあったが、シエラとは苦楽をともにした。それを殺されたのだから、ユニコーンが憤るのも当然だった。
「お前、なにが目的や? なんでシエラちゃんを殺した?」
視線だけで威圧をかける。その
「………ねぇ、後ろの君、誰だっけ? 見覚えがあるんだけどなぁ」
突如、ゼシルがユニコーンの後ろに控えてる巡に声をかけた。不自然なタイミング。もちろん、ユニコーンはなにかあると思い、ゼシルを警戒する。
「ああ、そうだそうだ。これ見覚えないかな? いや、覚えてるに決まってるだろ?」
そういって、ゼシルは懐にある鉄の針に視線を向けた。視線を向けるだけ、そこになんら危険な動作はない。そして鉄の針自体にもなんの魔力もない。危険性は皆無。そう思ったユニコーンであった。だが、後から振り返れば、それは愚策であった。ここでゼシルを殺すべきだった。
「……な、な――はッあㇵあ、、、は――ああああああああ‼」
鉄の針を見た途端、巡に激しい動悸が襲われた。
鉄の針。それは、巡にとってトラウマだった。巡には肉体を強化させるための魔術式が施されており、直接骨に刻まれている。
だが、骨に直接魔術式を刻むということは、皮膚、繊維、脂肪、筋肉を掻き分け、骨に手ずから魔術式を物理的に刻み付ける必要がある。
それは拷問よりも恐ろしい地獄の作業である。
死なない程度に骨を晒し、そこに鉄の針を用いて魔術式を写す。一文字一文字丁寧に。少しの歪みがあれば、魔法には昇華しない。時間をかけ、じっくりと、鉄の針で刻む。
もちろん、麻酔はなかった。ゼシルにそんな気遣いはない。作業場所は常に叫び声がこだましていた。
一週間半が経ち、その作業が終了した。頭蓋から、足指の骨に至るまで、全ての骨にびっしりと魔術式が刻まれた。これによって、巡は強靭な肉体と、再生能力、そして骨に直接、魔法の否定を受け無い限り、魔法が無効化されないようになった。
ここに至るまで、地獄のような日々だった。そのため巡は自己防衛のためにその記憶を封印した。
だが、それが今、再び蘇る。あの鉄の針。骨をがりがりと刻む音が脳裏に響く。そしてその作業を楽しそうに行う目の前の子供――。
巡は胸を抑え、そのまま地面に倒れた。涙が、よだれが、水分という水分が全身から流れ出る。恐怖のあまり。
「巡!」
ことの異常にユニコーンは一瞬、ゼシルから目を逸した。――逸してしまった。
その瞬間、ゼシルの肉体が細く分裂し、破裂したかのような勢いで、四方八方へと飛び散った。ユニコーンは直感的にその肉片を一つも逃してはならないと悟った。
「――ッ、
ユニコーンの
「!」
ゼシルが最期の抵抗で行った、肉片の散逸。それらを全て潰した。そう思われたが、ユニコーンは目の前にあるものを目にし、思わず悪態が垂れた。
「糞が――!」
そこには――マンホールがあった。マンホールに設けられた小さな穴にわずかに血痕が残っていた。
ユニコーンは急いで、マンホールをこじ開けた。すると、壁面にも血痕があり、それは奥へ奥へと続いていた。
ユニコーンは自らの身体を小さくし、下水道を下る。足元にも同様に、血痕が残っており、それを追跡する。
血痕を追う中、分岐路に差し掛かる。だが、そこから血痕はなくなっていた。一か八か、ユニコーンは片方の
ゼシルは逃げおおせた。小さな肉片ではあるが、色欲の権能があれば、あの状態でも回復することができる。
言い訳もできないほどの敗北。情報を聞き出そうと欲をかいたのが仇になった。
――次あったときは迷いなく殺す。
暗闇の中、そう誓うのだった。
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