第11話 食うか食われるかのスリル

 開幕、男は俺の顔面へ殴りかかってきた。


「あぶッ――――」


 それをギリギリで躱す。だが勘だよりだ。この男の身体能力は常人とは次元が違う。速度も半端ではない。いちいち目で捉えては遅すぎる。


 男は、俺が避けた先に目掛け、さらなる追撃を仕掛けてた。


「――!」


 なんとか避け続けるが、限界だ。体勢を崩す。それを男は見逃さない。男は踵落としで俺を粉砕する――!

 が、そうはならなかった。男の足は寸でのところで、まるで見えない壁に阻まれているかのようにピタリと止まっていた。

 男はその不可解な状況に眉をひそめ、様子を見るためか、後退し、こちらを睨めつけた。


「あぶなかったな~、あんちゃん」

「さっきの、お前のおかげか?」

「せや、まだ死ぬには早いで」


 男はユニコーンの存在に対し、ぽかんとしていた。そりゃそうだ、喋る動物がいるなんて信じられないだろう。


「ユニコーン――」

「あんちゃん一人でやりな」


 協力してやるぞ、と言おうとして、いきなり突き放された。


「はあ!? さっきの見たろ!? 協力してやらねぇと――って‼」


 ユニコーンと話していると、男はお構いなしに襲いかかってきた。


「まだ人が話してる途中でしょうが!」


 急いで距離を取る。懐に入り込まれれば、こっちの死は必至だ。


「この程度の相手くらい、一人でやってほしいわ。ゼシルはこれより全然強いで。今後のためや、この戦いで掴め、自分の戦い方を」


 そう言って、ユニコーンは隅の方へと移動した。完全に傍観者として徹する気だ。


「あの珍獣冷たいんだな」


 俺とユニコーンのやり取りを聞いていた男がそう声をかけてきた。

 うしろから、珍獣ちゃうわとツッコミが入ったが、この剣呑な雰囲気の中でそれを気にする余裕はなかった。


「なあ、ちょっといいか?」

「なんだ?」


 俺は男へ問いを投げかけた。


「お前の体をそんなのにしたゼシルってやつ知ってるか?」

「あいつゼシルって名前なのか……。知ってるよ、あいつのおかげでこの体を手に入れられたんだから。あいつを追ってどうする?」

「お前も知ってるだろうが! 街の人間がゾンビにされてる! 俺の父親も行方がわからない! こんなこと許されるはずがない、だから――」

「ごちゃごちゃとやかましい‼」


 男は俺の腹に膝蹴りを浴びせてきた。そのインパクトでフェンスまで吹き飛ぶ。

 一瞬すぎる、捉えられなかった。


「こっちは邪魔されてムカついてんだ。お前の事情に付き合ってる暇なんてねぇ」


 男は肩をコキリと回しながら、近づいてくる。


「――ぅく、そっちが訊いてきたんだろうが、ボケ」


 再度、目の前まで来た男は俺目掛けて殴りかかろうとしてきた。だが――俺はそれを難なく左手で受け止めた。


「これがお前の本来の力だ、バーカ」

「ヵ――――!」


 俺は男の顎に思いっきりに、掌打をかました。地に伏せた男が恨みがましく、抗議するように喚く。


「な、なんでだ…」

「天敵なんだよ、お前らにとって俺は」


 さっきこいつにヒザ蹴りを食らったとき、俺は右手を前に突き出していた。俺の右手は魔法を否定する。こいつの体のどこかに当たってくれればいいという運試しだった。が、まんまと引っかかってくれた。


「――ぐッ!」


 男がこれ以上攻撃できないよう、まずは足を踏みつける。


「おいおいさっきの威勢はどうしたんだよ、えぇ!?」


 まるでヤクザにでもなったかのようだが、慈悲をかけるつもりは毛頭ない。


「ゼシルは今どこにいる? 答えろ」


 さらにもう一発、俺は蹴りを入れようとしたそのとき――男は伏せた体勢から、隠し持っていたのであろう石を指で弾いた。それは俺の額に向かって飛んでくる。咄嗟のことに俺は避けきれず、それをもろに受け、一瞬――ほんの一瞬怯んでしまう。


 よろめく俺に近づき、男はまたもや膝蹴りをカマしてきた。


 形勢逆転。


「さっきの威勢はどうしたぁ!?」

「くそが、殺す――」


 俺は吐きかけていたゲロをうんと飲み込み、男と対峙する。


「今思い出した。お前、野球部の伊勢いせだろ。エースピッチャーの選手生命終わらせてやるよ」

「俺も思い出したよ。佐藤 岐だろ、お前。謹慎になったやつがいるって聞いて覗きに行ったの覚えてるぜ。ぱっとしねえやつだなぁと思ってたが、面白いよお前」


 気に入らない。そうだ、この男は前から気に入らなかった。

 野球部のエース。いつも壇上で表彰状を受け取るお前は、つまらなさそうな顔をしていた。学校総出で応援に行った甲子園でも、つまらなさそうだった。

 なにが不満だ。才能ある選手って聞いたぞ、楽しくないのか?

 恵まれてるんだろ? 期待されてるんだろ? だったら笑えよ、謳歌してみせろよ!


「お前‼ なんで野球部をやめた!?」

「あぁ!? オメェに関係あるか!?」


 伊勢が殴る。俺が殴り返す。

 俺が蹴る。伊勢が蹴り返す。


 傍から見れば単純で面白味もない闘い。けれど俺は不思議な高揚感を覚えていた。


 伊勢と揉み合いになりながら、思った。

 この死闘に、目いっぱいの笑顔を湛えながら拳を振り上げるお前を見て、気づいた。


「なあ…お前も楽しんでるか?」

「当たり前だ‼ 勃起が止まんね!」


 再びぶつかる俺たち。


 ――同じだ。俺たちは死のやり取りを純粋に楽しんでいる。たったそれだけの共通点だが、絶対的な親近感を覚えた。


 お前は昔の俺にそっくりだ。父さんに拾われる前の俺に。自分が一番不幸なんですと言わんばかりのツラをする。だからお前を見ていると思い出す。忘れたい恥を、つまらない過去を。

 けれど、今のお前にそんな気配が一切ない。なにがあったのか知らないが、過去に囚われない無垢が完成されていた。同じ過程を辿るお前に親しみを感じた。だからこの死闘に純粋な高揚を味わえる。


「お前ここでなにしようとしてた?」


 目の前には、ぐったりと壁にうなだれる伊勢がいた。夢中で気づかなかったが、俺も伊勢もぼろぼろだ。だが、この状況を見るに、この闘いを制したのは俺なんだろう。


「うっ……」


 伊勢は最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。


「ジリ貧だ。お前に掛けられた権能は全部否定した。俺の勝ちだ」

「じゃ殺せよ、勝者の特権だろ」

「元はゼシルのことを聞くために始めたことだ、殺さねぇよ」

「あれだけ興奮してたくせに、冷静なんだな…」


 さっきまで熱くなってマジで殺そうとしてたのは伏せておこう。


「あれだよ」


 伊勢は観念するようにそう言って、フェンスの向こう側へと視線を向けた。そこには誰かが演説をしているのだろうか、人だかりができていた。


「あそこに俺の両親を殺したやつがいる。そいつを殺そうとしてた、ただ――それだけだ」

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