第10話 殺し合いの号令

 この街はいくつかの市町村を合併してできた。しかし、合併に至るまで相当揉めたらしく、合併の話自体何度も消えそうになったらしい。それは合併の施策内容は実に横暴だからだった。中心地域ばかりを発展させ、周辺地域のことは全く考えられていなかった。

 結局、合併は強行された。周辺地域は過疎化していき、残ったのは寂れた建物だけ。その建物は未だ撤去されることなく犯罪の温床になるのではと危惧されている。


 ゼシルが潜伏するにはうってつけの場所だろう。俺はその廃墟群の方向へと向かっていた。


「ん? 妙な気配まき散らしとるやつおるな~」


 しかしその道中、中心地域の大通りでユニコーンがバッグから顔をひょっこりと出してきた。


「おい、こんなところで顔出すな」


 ユニコーンを無理やりバッグの中に押し込んだ。むごごと苦しんでいるが、知ったこっちゃない。代わりに、ジッパーを少し開けて、その隙間から覗けるようにしてやる。


「あいつや、あいつからゾンビと同じ魔力感じるわ」

「は? どれ?」


 カバンの隙間から出てきたユニコーンの角が指す方向を見る。しかし、人が多くて、どれのことを言っているのかわからない。


「あんちゃんとおんなじ服着たやつおるやろ、あいつや」

「それって――…」


 ユニコーンが指摘するやつはすぐにわかった。だが目を疑った。なぜならそれは同じ高校の生徒だったから。


 ◇


「あいつ、死体じゃないな。ゼシルは死者の肉体しか操れなかったんじゃないのか?」


 俺は同じ高校の男子生徒を尾行しながら、ユニコーンに訊いた。


「多分制御できるようになったんやろな。あれだけゾンビを作ってたなら、少しは上達するやろ」

「じゃあ、ゼシルはこれからも成長する?」

「可能性はある」


 まずい。それはまずい。ゼシル捜索に時間をかければかけるほど、ゼシルは成長する。こちらは時間が経過するだけで不利になる。一刻も早く殺さなければ――!


「希望が見えてきたな」


 しかし、ユニコーンは俺とは全く逆のことを言った。


「なんでだ? ゼシルの手がかりが全くない分、こっちが圧倒的に不利なんだぞ」

「手がかりなら今尾けとるやろ。あいつが生者なら理性もある。ゼシルについてなんか知っとるかもせん。もしかしたらゼシルの協力者っていう可能性もあるかもな、こっちの世界の情報を教えてくれるガイド役的な」


 そうか、今尾けてる男はゼシルと接触しているはず。そこから情報を引っこ抜ける。


「こっちは父さんがいなくなってイライラしてたんだ、遠慮なく拷問してやる」


 指を鳴らす俺に、ユニコーンはおっかねぇとこぼした。そのとき――男子生徒は路地にふらっと入っていった。それを追って路地に入ったが、そこには男子生徒の姿はなかった。


「あれ? どこ行った? まさか気づかれた!?」


 キョロキョロとあたりを見回すが、どこにもいない。


「あんちゃん、上や」


 ユニコーンの言う通り、上を見上げる。すると、そこにはビルの壁を蹴って、屋上へ登る男子生徒がいた。


「壁ジャンプって…、マリオかよ」


 人間離れした身体能力。

 ビンゴだ、あいつは色欲の権能を受けている。


「追うで」


 そう言って、ユニコーンはある日見たときのように巨大化し、俺をその背に乗せた。そして、そのまま上へ上へと舞い上がる。まるで見えない足場を踏んで飛んでいるかのようだ。

 独特の浮遊感にちびりそうになるが、なんとかこらえる。


「!」


 男子生徒が向かった屋上の、二つ隣のビルに到着した。おかげで男子生徒はまだこちらに気づいていない。


 俺とユニコーンは貯水槽の影に隠れ、見つからないようにする。

 しかしあの男子生徒、一体何をしてるんだろう?

 そいつはストレッチをしだした。そしてそれが終わると、ポケットに入れていた野球ボールサイズの石を上に投げては掴み、投げては掴むを繰り返していた。


 男子生徒は石を顔の前にやり、そしてそれを高く掲げた。それはまるでピッチャーの投球フォーム。


 その瞬間、俺は思い至った。


 ――こいつ、ここから人を狙い撃つつもりか‼


 度肝を抜かれた俺は思わず、男子生徒のほうへと走った。


「!」


 音は立てていなかった。だが、そいつは勘が鋭いのか、咄嗟に首だけをこちらに振り向けた。


 まずい、気づかれた。


 だが、男子生徒は投球フォームを崩さず、そのまま腰だけをグリンとこちらに反転させた。普通の人間であれば無理な芸当。それを難なくこなし、こちらに向かってサブマリン投法のような形で、握っていた石を投げてきた――!


 目視できなかった。認識できたのは風を切る音だけ。


「チッ、外したか……」


 つー、と頬に血が伝う。石がかすった。数ミリずれていなければ死んでいた。それほどの威力。


「逃げるか? いや殺すか」


 一瞬の短い自己問答を終え、そいつが迫りくる。ビル二つ分の距離を難なく詰めてくる。

 改めて対峙してわかった。こいつは人間じゃない。化け物だ。


「――シャァああ! こい!」


 だが、絶望は感じなかった。俺は負けじと自分を奮い立たせ、この男に殺される覚悟を決めるのだった。

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