第8話 我業 了
ホロンを連れて帰り、俺は自室に、ホロンは空き部屋へと戻った。今の時刻は午前3時半。
明日は学校だ。少しでも寝ておこう。
◇
夢を見た。しかしそれは夢と言うにはあまりにリアルだった。
夢の中で、俺は
我業家はいわゆる名家。了は、当主と愛人との隠し子だった。
しかし、了が誕生してすぐに当主と愛人が死んだ。当主はすぐに入れ替わり、了は引き続き、我業家に残ることとなった。だが、次の当主が了を引き取ったのは自らの体裁を保つため。名家に隠し子がいることを露呈させる訳にはいかなかったからだ。災いの芽は早々に摘んでおくに越したことはない、という考えのもとにそうなった。
そんな様子であったから、了は家の中で疎まれていた。掛かる言葉は罵声ばかり、向けられる感情は嫌悪か、それとも全くの無関心か。幼少期からそれが日常だったため、了には感情の起伏がなく、まるで人形のようだった。
家では我業家に恥じない教育は受けさせられていた。しかしこれは了のことを想って行われたことではない。
我業家には、了と歳が近い正統な跡継ぎがいた。大人たちはこの正統な跡継ぎと了を比較し、了の劣等具合を露わにしてやろうとしていた。
しかし、その目論見は大きくハズレた。正統な後継ぎも優秀であったが、了はさらに優秀だった。この結果が面白くなかったのか、了に対する当たりはさらに強くなっていった。
そんな状況であっても、了はなにも感じなかった。
苦しみとは反応から生ずる。不感でいれば、どんな不幸も無に帰す。幸福も感じることもできなくなるが。
これが彼が会得した処世術であった。
了は我業の屋敷から出たことがない。大人たちが勝手にそう決めたからだ。そのおかげか、了は誰かの許可なく扉を開けることができなくなっていた。そういう教えが体の芯に染み付いてしまっていた。
ある日、屋敷で火事が起きた。屋敷にいた使用人や親族たちは全員避難した。了を除いて。
避難した者たちは全員揃っていることに安堵し、了のことなど露ほども気にしていない。
了は屋敷で火事が発生したことに気づいていた。しかし、避難しようにも生まれて染み付いた、誰かの許可なく扉を開けてはいけないという呪いのせいで、部屋を動くことができなかった。
意識が朦朧としてきた。煙を吸いすぎた。このときでさえ了はなにも感じなかった。
反応してはいけない。苦しいだけだから。
黒い煙に立ち込める中、了の視界が白く染め上がった。そして先程まで不鮮明だった意識はいつの間にかクリアになっていた。
起き上がる。そこは了が知る風景ではなかった。まるで、異世界に迷い込んでしまったかのようだった。
◇
「くーちゃ~ん、朝ですよ~」
妃の声に、俺はガバッ、と起き上がった。
「うなされてたみたいだけど、大丈夫?」
「お、おぅ……」
「早く支度しないと遅刻しちゃうよ」
妃はそのまま部屋を出ていった。
俺も早く支度をするために、妃が閉めていった扉を開けようとした。だが――
「あれ?」
ドアノブを掴む手が震え、思うように動かない。まるで夢で見た了のように、自分の意思で扉を開けられなくなってしまった。
◇
数分かけて扉と向き合い、なんとか部屋から出ることができた俺は、リビングでユニコーンにある質問をした。
「前世の影響を受けることってあると思うか?」
「なんやいきなり」
妃には先に学校に行くように伝えたため、妃は今ここにいない。
「あるとは思うで。転生したとはいえ、前の魂の使いまわしやしな、なんかの拍子に思い出すっていうのは十分ありうる。――なんや了の記憶でも思い出したんか?」
「ああ、夢で見た。了ってこの世界から転移して異世界に行ったんだな」
「冗談のつもりやったんやけどな、本当に思い出しとるやんけ……」
ユニコーンは少し驚いていた。
「了は転移して来た人間や。そんで死んであんちゃんに転生した」
「了は自分で扉が開けれないようだった。そんで俺も今朝、それと同じようなことが起きたんだ。ほら――こんなふうに」
リビングの扉を開けようと、実演して見せた。ドアノブを掴む手は今朝のとき同様震えてなかなか開られない。
「ああ、そういえばそんな縛りあったな~あいつ」
「縛り?」
「昨日言うたやろ、シエラちゃんみたいに縛りが多ければ多いほど強くなるって」
店で魔法の説明を受けたときのことを思い出す。
「結構厄介な縛りやな~って、思っとったの思い出したわ」
「治るか? これ」
「今は影響が強く出とるけど、時間が経てば元通りになるはずやで」
「そうか……」
ほっと安堵したとき、ちょうど二階からホロンがやってきた。
「おはよう、クナト。……なにしてるの?」
「いや、なんでもない。学校行ってくるよ。その間はユニコーンが守ってくれるから、頼んだぞ」
「ほいよ」
ユニコーンの適当な返事を受けて、玄関に向かい、扉を開けようとした。だが、体はそれを拒絶する。玄関の前で立ち尽くしていると、後ろから声を掛けられた。
「いってらっしゃい、クナト」
ホロンのその言葉を聞いたそのとき、雁字搦めになっていた体が嘘のように軽くなり、扉を開けることができた。
「いってきます」
そう言って、外へと繰り出した。
この縛りは誰かの許可を得ることで一時的に解除することができるのだろう。了も許可があれば普通に出入りができていた。
ホロンが俺に掛けてくれた、いってらっしゃいという言葉。それは相手を外に送り出すときに使われる。これが外に出る許可になった。
なんとも迷惑な縛りだが、誰か自分以外の人間がそばにいればなんとかなるだろう。
しかし、いきなり異世界に転移した了はどうだろう?
了にはそんな人が傍にいたのだろうか?
異世界のことに思いを馳せ、俺は学校へ向かうのだった。
◇
「しっかし、悲惨なもんやな了の記憶を思い出すなんて…」
岐が出かけたあと、ユニコーンは独りごちていた。
「このことはシエラちゃんには伝えんほうがええかもな。自分が殺めた亡霊が記憶を取り戻したなんて……」
テレビをダラダラと見ながら、ユニコーンはふっと口端を上げた。
「今回のあんちゃんは、どう殺されるんやろな…?」
はからずも、その呟きはホロンの耳に届いていた。
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