第7話 宣誓という縛り

 夜闇の中、少年は生きた屍の胎内なかに手を入れた。すると途端、その屍は雄叫びを上げ、風船のようにみるみる膨れ上がる。そしてそれは限界を迎えたのか、パンと鼓膜を引き裂くような音を立て、破裂した。


「色欲の権能、ある程度はものにできたようだな」


 その様子を見ていた仮面を被った男がそう言った。


「これでもまだ3割くらいの出力しか出せてないよ。実験を重ねていけばもっと良くなると思うよ」


 少年はこれまで生きる屍を生成し、いくつか実験を重ねてきた。その結果、屍の体を自由に変形させることができるようになった。だが、これはまだまだ色欲の権能の能力の一端。少年は依然としてこの完成度に満足していない。


「なぜシエラたちを襲ったんだ? このまま色欲の権能を完全にものにしてから奴らを撃破するべきだったと俺は思う。あれではただ自分の存在を無闇に与えただけだ」


 仮面の男は今日、少年がシエラたちを襲撃したことに疑問を呈していた。存在を知られいない、それが大きなアドバンテージだということを少年も承知してる。だがそれを捨てても、襲撃を敢行したことは仮面の男にとっても考えの至らないところであった。


「お前が正義の神だということが露呈するのも時間の問題だ。なぜあんなことをした?」

「バレても問題ない。シエラは脅威じゃないよ」

「あいつは舐めてかかれるほど甘くないぞ」

「最強なんてメッキ、すぐに剥がせる。シエラは誰かのために戦ってる時が一番弱い。こっちも最強にふさわしい準備をしている。だからシエラはあまり気にしてないんだ。問題はユニコーンのほうさ」

「あいつが?」


 意外、そんな反応を仮面の男がした。


「ユニコーンの特性と魔法をどう攻略するかが今回の鍵だ。それを見つけるためにもゾンビをけしかけたんだけど、ユニコーンはなにも見せてくれなかった。今後もちょっかいを出してユニコーンの攻略法を見つけるのが今後の課題かな」

「なるほど。で、その攻略にこいつを捕らえた理由も含まれているのか?」


 そう言って仮面の男は、気絶した男を正義の神の前に差し出し、そのまま地面に放り出した。その男は――


「これが岐くんのお父さんか」


 佐藤 継であった。ちょうど継が目覚め、少年と仮面の男の二人を認めた。


「ん、~~~」


 自分の身に危険が迫っていることを察し叫ぼうするとが、口の中にはえた匂いのする肉塊がねじ込まれており、声を出す前に途方もない吐き気に襲われた。


「はじめまして、僕は正義の神――ゼシル。こっちの仮面のほうは名前がないから名乗れないけど、よろしくね」

「で、こいつはどうする?」

「岐くんにも頑張ってもらわないといけないからね…。まあいいように使わせてもらうさ」


 正義の神ゼシル、彼なりの正義が執行されるのだった。


 ◇


 物音に気づき、目が覚めた。時刻は午前2時。なんだろうと思い、二階の窓から外を見下ろすと、そこには走るホロンの姿が見えた。


「なにやってんだあいつ…!」


 俺は急いでホロンを追いかけた。昨日のゾンビ襲撃がまだ記憶に新しい。あんなのに襲われる前に追いつかないと。


 追いかけた先は海だった。ホロンはそのまま海に入り、奥へ奥へと向かっていく。


「どこ行くんだ、ホロン」


 俺は波打ち際に立ち、そう言った。


「私のせいでクナトのお父さんが出て行っちゃった。私のせいでクナトが死ぬかもしれない。これ以上迷惑かけたくないんだ…、だから」

「自殺か?」

「うん」


 父さんと会話しているとき、ホロンは別室で眠っているはずだった。だけど聞いていたのか。

 家に到着していたときにはホロンの顔は暗く、なにか思い詰めたような顔をしていた。自分が異世界の人類をすべて滅ぼしたなんて話、そうそう受け入れられるものではない。そこに更に追い打ちをかけるように自分のせいで父さんが出ていった。


「優しいんだな。誰かのために自分を傷つけてしまうのは、優しいからできることだ」


 俺は海にそのまま入り、ホロンに近づく。ホロンは俺から逃れるように退く。


「逃げるな!」

「!」


 ホロンは驚き、肩をビクリと震わせた。


「俺はホロンみたいな人間に幸せになって欲しいって思うよ。諦めんなホロン。お前の心は善性だ。俺はお前を信じる。お前も俺を信じろ。お前に相応しい罰はこんなのじゃないはずだ」


 ホロンに手を伸ばした。ホロンは恐る恐る手を伸ばす。


「信じて、いいの?」

「もちろん」


 ホロンの手を引き、海から出た。


 ――佐藤さとうくんの、誰かのために傷つくのを恐れないところ、すごく良いと思う


 それはいつか鳳蝶に言われた言葉。あのときは意味をちゃんと理解できていなかったが、ホロンと出会った今ならわかる。鳳蝶も同じ気持ちだったんだろう。


「じゃ、帰るか」

「うん!」


 深夜、二人で帰路につく。しかしそこには招かれざる死体がいた。ゾンビ。それがこちらにもうもうと近づいてくる。


「く…クナト――! 逃げよう」


 ホロンに引っ張られるが、俺は動かず、ゾンビをただ静観する。


 シエラやユニコーンから聞くに、彼らはすでに死んでいる。そしてそれを肉体を操る色欲の権能というものを使って無理やり動かしている。

 けど、俺にはそれらを否定する特性が備わっている。だったら――


 俺はゾンビに近づく。


「クナト!」


 そして、ゾンビの胸に、右手で触れた。


「宣誓だ。俺はホロンを守る。そのために戦うよ」


 触れたゾンビはボロボロと、炭化するように崩れていった。そして、ゾンビの目から一筋の雫を流れるのを見逃さなかった。


 ――殺してくれてありがとう


 そんな言葉を贈られた気がした。

 もしも、このゾンビたちに意思の残滓が残っているというのなら、正しく葬り去らなければならない。


 そして、こんなおぞましい事をした黒幕を必ず見つけ出し、殺す。


 見てろ、お前の企み、全部俺が否定してやる。

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