第6話 彼らの絆

「俺こういうやつ昨日見たぞ」

「昨日の話、嘘じゃなかったんだ」


 そう、昨日、俺は公園でゾンビのようなものを見た。まさにこういうやつだった。


「うううぅうう」


 四肢を潰されたゾンビはこちらを覗き込み、うめきを上げていた。


「ユニコーン、ホロンたちを守れ。私はこれをやった馬鹿を追う」


 そう言って、シエラは近くの家の屋根までひとっ飛びで上り、どこかへ消えていった。

 シエラは気になることを言っていた。これをやった馬鹿、と。つまり人をゾンビ化させるやつに心当たりがあるということなのか?


「これは異世界の人間がやったことなの?」


 同様の疑問を抱いたのだろう、ホロンはユニコーンにそんな質問をした。


「せやな、けどやったんは人間じゃなくて神やな」

「神が?」

「色欲の神と、正義の神、このどちらかやな。同じ神としてこの世界の人間、それも無作為に肉体のあり方を無理やり変えてわしらにけしかけた。シエラちゃん、めっちゃ怒っとったな~」

「そうなのか? そうは見えなかったけど…」


 特段そんな雰囲気は感じなかったが…。


「シエラちゃん、そっちに背ぇ向けとったからな。あの顔見れば誰でもすぐわかる、これから殺してやるって顔に書いてあったわ」


 異世界を滅ぼし、この世界に転移してきたホロン。

 そのホロンを追ってきたシエラ。と、よくわからない生物ユニコーン。

 俺たちを襲ってきた色欲の神か、正義の神のどちらか。


 そして異世界のリョウというやつの転生である、俺。


 この世界と異世界は引き返すことができないほどに、繋がった。


 ◇


「――というわけで、ホロンをしばらく家に泊めさせてくれ!」

「頭の病院行こうか」

「正気だよ!」


 俺は父さんにすべての事情を話し、ホロンがこの家に泊まることの許可を得ようとしていた。父さんに心配をかけないためにも、すべて話す必要はないと思ったが、結局すべて話した。隠し事は苦手だし、どうせボロを出すと思ったから。俺は洗いざらい吐き出した。


「それにしてもな~、そのぬいぐるみ、どういう仕組みで動いてるんだ?」


 父さんはそう言って、妃の肩にいるユニコーンに触れようとした。そのとき、ユニコーンからまばゆい光に放たれた。思わず目をつむる。


 すると、そこには――


「オスが触れるんじゃねえよ」


 先程までと打って変わって、ユニコーンの姿は変化していた。というよりも、その巨躯。体高は2メートルを超えているだろう。ユニコーンの角が天井に刺さっていた。


「これで少しはあんちゃんが言ったこと、信じるんちゃうか?」


 ぬいぐるみサイズから、この巨大サイズに一瞬で変わった。たしかにさっき俺が説明した現実味を帯びていない話にも真実味が増すだろう。


「っておい! ふざけんな‼ 天井に刺さってるじゃねえか! 弁償しやがれ!」

「お、おぅ…」


 父さんが反撃してきたのが意外だったのだろう、ユニコーンは狼狽え、みっちりと説教されるのだった。怒ると怖いんだよな、父さん。


 ◇


「それで、ホロンちゃんをここに泊めたいって話だったな?」

「う、うん……」


 説教されたユニコーンは言葉の力だけでねじ伏せられていた。傍目から見ても相当落ち込んでいる。このあとに話すの相当勇気いるぞ、おい…。


「駄目に決まってる。理由はわかるか?」

「父さんにも危険が及ぶから?」

「違う、お前が一番危険な目に遭うからだ。子供が死ぬ可能性があるっていうのに、それを見逃す親がどこにいるんだ?」

「ごめん……。でも決めたんだ、ホロンを守るって。見てるだけは嫌なんだ」

「そうか、そういう人間だもんな、お前。他人のことをまるで自分のように受け止めてしまう。美徳のように聞こえるが、それはただの地獄だ。本当にこれでいいんだな?」

「うん」


 迷わず、そういった。すでにシエラと約束は交わしている。今更いじいじと思い悩むことはない。


「大人になったな」


 父さんは俺の頭に手を置き、そういった。


「子が自分一人で考えて道を切り開こうとしてる。本当は喜ぶべきなんだろうな…」


 父さんは俺の頭から手を離し、そのまま扉の方へ向かった。


「ホロンちゃんを泊めることは許可する。だが岐、お前は勘当だ」


 そう言って、父さんは自室へと向かうのだった。


 ◇


 父さんから言い渡された勘当。しかし家から出ていくのは父さんだった。本人がそう言い出したのだ。


「妃、お前も荷物をまとめておけ。おばあちゃんの家に行く。お前は岐とは無関係だろ?」


 父さんからそう言われた妃はただ呆然としていたが、じきに自室へと向かっていった。


「なんや、薄情やな。自分の命が惜しいから出てくっちゅうことか」

「違う」


 父さんはそんなことで、俺を見捨てない。


「父さんは自分が邪魔になる思ったんだ」

「邪魔?」

「この家にいたら、俺やホロンはともかく、父さんと妃にも被害がいく可能性がある。だから集中してほしかったんだろう、父さんは。背中の心配はする必要はないって」

「それも一種の愛情か。でも普通に伝えればええんちゃう? なんでこんなまどろっこしい真似すんねん」

「言葉はいらない。男は背中で語るっていうの、なんかかっこよくない?」

「あほくさ」


 ◇


 岐と妃の父、継が勘当を宣言して数時間。

 継は玄関にいた。しかしそこには――


「荷物はどうしたんだ? 妃?」


 それまでと変わらない、手ぶらの妃がいた。


「荷物はいらない。私、くーちゃんといるよ」

「………そうか」


 継は靴を履き、バッグを持ち、玄関の扉を開けた。


「ごめん、親不孝で」

「いいんだよ。妃、元気でな。あいつのこと…頼んだぞ」

「うん」


 それを最後に、継は家から出ていった。


「寂しくなるな……」


 そのつぶやきは、夏の夜に消えるのだった。

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