第5話 誓いの代償

「魔法は歴史そのものや。その種のゆかりあるものを顕現する、これが魔法なわけや。炎がなければ人類はここまで発展することはできんかった。水がなければ生命を潤すことはできん。そして大地がなければわしらは立つこともままならん。他にも、植物、鉱物、重力、電磁気力、時間、空間。わしらが生きる上で切っては離せん縁が仰山ぎょうさんある。この縁を行使させてもらうのが魔法や。が、」


 ユニコーンが俺の右手に近づく。


「この手は生きる上で欠かせん恩恵を全て絶縁する。嫉妬の権能も然りや」

「つまり、俺の右手があればホロンは死なずに済むわけか」

「なるほど」


 シエラは腕を組む。


「だが、ホロンは死ぬべきだ」


 俺はむっとシエラを睨んだ。


「人を殺した罪は消えない。本来であればホロン一人の命では到底賄えないが、罰は必要だ」

「シエラ、私はなんで世界を滅ぼしたの? そうまでする理由は何? 」


 ホロンは単純な疑問を打ち明けた。


「いや知らない」

「じゃあ殺してハイ解決、とは行かないだろ。罰は罪人を更生させるためにある。そもそもだぞ、こんな子供に世界をどうこうできる力を与える世界のほうがおかしい」


 俺が荒んでいた頃に、もし世界を滅ぼすことができるボタンがあれば間違いなく押す。


「シエラにとっては罰とはどうあるべきだ?」

「罪を犯した人間に平等にくだされるべきだ」

「なら自殺幇助ほうじょについてはどうだ? 彼らに情状酌量の余地はないのか?」

「ない。人を殺めた罪はどんな状況であろうと変わらない。罪は罪として平等に裁く」

「それは不平等だ」


 きっぱり言い切った俺に、シエラは眉をひそめた。


「罪は個人ばかりじゃない。環境にこそ原因があることが往々にしてある。どれだけ個人を変えたって環境が変わらないと意味がないんだ。罪にただ反応するだけの罰はシステムとして出来損ないだ。ちゃんと罪と向き合って、それに準じた罰を与える。だからまだ動機もわからないホロンを問答無用で殺すことに納得できない。だから頼む――」


 俺は頭を下げた。つられてホロンもそうした。


「ホロンが世界を滅ぼした理由を思い出すまで、待ってくれ」

「さすがはリョウの転生体。ここまでされたら、認めざるを得んのちゃう? シエラちゃん?」


 シエラは目をつむり、一言も発さずしばし黙り込んだ。そしてゆっくりと見開き、こちらを見つめてきた。


「たしかに私は短絡的だった。お前との対話で、私の罪と罰の考え方が偏っている事に気づけた。礼を言おう。だがな、ホロンが今もなお、みなの魂を捕らえて離さないのは納得ができない。そこで、二つの条件を飲めば、猶予を与えることにする」


シエラは指を二本立てた。


「一つ目はお前の魔法の否定で、ホロンの中にある魂を開放すること。二つ目はホロンが悪意を持って皆を殺したことが発覚した場合、もしくはこの世界の住人を意図的に傷つけたとき、ホロンとそれを擁護した佐藤 岐も死に処する」

「…」

「!」

「はぁ?」


 俺はあくまで平静を装い、ホロンは目を見開き、妃が眉をひそめた。


「待ってよ――、」

「意味分かんないんですけど、なんでくーちゃんも死ぬことになるの?」


 ホロンより早く、妃が口を出した。


「相応の覚悟を示せ。ホロンに関わるのならば、普通の死に方はできない。だから最低でも死は受け入れろ。話はそれからだ」

「くーちゃん、帰るよ」

「受け入れるよ」

「くーちゃん……!」


 妃に手を引かれるが、それを拒む。


「もう一つ話しておくことがある。私は忠義の神。そしてその権能として、約束は必ず履行される。つまり――」

「ホロンに非があれば、ホロンと俺は死ぬ」

「そうだ、それでも受け入れるか?」

「もちろんだ」


 不思議と迷いはなかった。


「正気か?」

「せめて普通の死に方をさせてくれるんだろ? 優しいな」

「……………ここに契約は交わされた。取り消しはできない」


 この瞬間、俺は別世界へと足を踏み入れるのだった。


 ◇


 店を出た俺たちを迎えたのは、大量の蠢く異形だった。


「この世界には魔物が存在するのか?」

「いねぇよ、少なくとも俺は見たことない」


 異形からはとんでもない腐臭がする。動く度にべちゃりべちゃりと音を立てていた。


「こっち来るよっ、どうすんの!?」

「うっ……」


 たじろぐ妃とホロン。完全に囲まれていた。


「Gaaaaaaaaaaaa‼」


 一匹、肉の異形がこちらに襲いかかってきた。妃とホロンを守ろうとしたそのとき――


「ユニコーンは三人を守れ。掃除は私がする」


 異形は空中でピタリと止まっていた。それもつかの間――


「アアぁああああああああああ」


 異形は悲鳴を発しながら、ぐちゃぐちゃと音を立てて変形し、それは完全な球になるまでに圧縮された。


「あれはシエラちゃんの魔法の応用や。斥ける力をコントロールすれば、あんなふうになるわけや」


 呆然としていると、ユニコーンが説明してくれた。その間も、シエラはまるで作業のようにプチプチと異形を片付けていく。


「神は無限の可能性を秘めとる。けど、忠義の権能はそれを制限する。ちぎりや縛りは枷にしかならんが、存在するからには大きな意味がある。大きく広がる未来を自分で潰すっちゅうことは、そこに働くリソースを今現在に注ぐことができる。だからシエラちゃんは強い。そしてその果てに、最強へ成った」


 ぱん、とシエラは両の手のひらを合わせた。そこには異形の全てが圧縮された球状の物体がシエラの目の前にできあがった。


 さきほど大量にいた異形はすべて高密度に圧縮され、継ぎ目のないほどに溶け合い、混ざりあった。これが魔法…。


「まだいたか」


 シエラは異形の残党を確認し、近づく。だが――


「――これは…」


 シエラは指を向け、異形の四肢をひしゃげさせ、身動きを取れないようにした。

 いや待て――なぜ異形に四肢がある?


「これを見ろ」


 そう言われて異形の姿を見た。


「………人だ」


 肉が崩れて面影がなかったが、それはたしかに人だった。

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