第4話 二つの世界

「シエラとホロンが接触したみたいだよ」

「やはりシエラは生きていたか。迂闊に手を出さなかったのは正解だった」


 廃墟の中に二人の男がいた。

 一人は少年。見た目は子供らしく愛嬌があるが、その身にまとう雰囲気は異様。まるで子供の皮を被った化け物であるかのようである。

 そして、もう一人は仮面を被っている男。その声の重さ、まるで質量を伴っているかのようで、それだけの威圧感があった。


「それと、リョウの転生体とも出会ったようだよ」

「なに?」

「魔法の否定を持ってるけど、大したことないね。リョウと違って右手でしか魔法を否定できない。僕たちの計画の障害にはならないだろうね」

「いや、十分警戒すべきだろう。最もシエラを警戒すべきだが、それも考慮すべきだ」

「なんだっけ、それ、こっちの言葉でなんていうんだっけ?」

「後顧の憂いを断つ。もしくは備えあれば憂いなし」

「それそれ、いやーこっちの世界は面白いな。同じ意味の言葉でも広く知られている。まさに繁栄している証拠かな」


 少年は窓から見える月を望む。


「こんなにも人がいるんだ。サンプルはたくさんある。大丈夫だ、きっとうまくいく」


 少年は胸に手を当てた。


「ちょっと力試しに行くよ」

「俺も行くぞ?」

「君は切り札として残って欲しい。元々これは僕一人だけでやろうとしていたことだしね。君は保険として十分すぎる、それだけでも頼りになる」

「わかった、頼んだぞ」

「うん」


 少年はまるで散歩でもするように夜を歩く。動く死体を引き連れて。


 ◇


「本題に入る前にだ、俺の前世について聞きたい」


 店に入った俺たちは案内された席に座った。


「いいだろう」


 そういって、シエラは店員が置いていったグラスを持つ。


「まず、私がお前をリョウの転生体だと気づいたのは私に触れられたからだ。私の魔法はこのように――」


 シエラはグラスに蓋をするように手をかざし、それを逆さにした。そのまま水は溢れるはずだが、そうはならなかった。


「私の体の周りにはあらゆるものをしりぞける力が働いている。だからこのように水は私に到達できず、浮いたままになる」


 たしかに。

 よくよく見て見ると、シエラの手はグラスに触れているように見えるが、少しだけ浮いている。


「それって足の裏にもあるの?」


 妃がそんな質問をした。


「ああ、だから私は常に浮いている」

「ドラえもんじゃん」


 妃とホロンとユニコーンはこの状況にいながら、のんきにメニューを選んでいた。


「でも、俺は触れられた」


 魔法。

 そんな概念、信じられるものではないが、目の前で見せられてしまっては信じるほかないだろう。ひとまずそれを前提にして話を理解していこう。


「向こうの世界にいたとき、私に触れることができた人間は一人だけ――それがリョウだった」

「別にさ、リョウが俺の前世とは限らないだろ。たまたま魔法を否定する能力が備わってる可能性はないのか?」

「万物には必ず存在する理由がある。この世界に魔法がないのに魔法の否定を持つ意味がどこにある? いやない。理由や意味がなくては存在できない。それが世の理。だから私はお前をリョウの転生体だと考えた」


 正直突っ込みどころはあるが、ここまでにしておこう。注文を終えたホロンが本題に入りたいと、うずうずしている。


「わかった、それで本題だ。お前たちはなんでホロンを襲ったんだ?」

「異世界を滅ぼした張本人だからだ」

「私が? 世界を?」


 当のホロンはそんな馬鹿な、といった感じで身を乗り出した。


「ああ、向こうの世界、3千万人の命が今もお前の中で叫んでいる。聞こえないというのか? 喰ったお前が」

「き、聞こえないよ」

「いや、どうやって滅ぼしたんだよ? 人一人で世界をどうこうするなんて考えられないんだけど」


 ちょうど、妃たちが頼んだものが届いた。その量の多さを、妃に目で文句を言うと、無視された。

 これ俺が奢るやつか…。


「ホロンは人ではない。神だ。そして私もだ」

「神ぃ?」


 あまりにも突拍子もない。さっきから荒唐無稽のパラダイスだ。


「そうか、この世界には神は実在しないんだったな。私たちの世界には神が実在する、人の姿でな。神は16柱おり、9つの大罪、7つの徳目のそれぞれの命題テーマを冠した神がいる。だというのに実在しないこの世界では神の信仰は厚いのはどういうことだろうか」


 シエラは自嘲気味に言った。


「私の命題テーマは忠義。そしてホロンは嫉妬。ホロンは嫉妬の権能を使って、人類、そして神もろとも飲み込んだ。今もホロンの中にあるはずだ。私はそれを解放しに来た」

「なんでシエラは飲み込まれなかった?」

「私には斥ける力がある。飲み込まれずに済んだだけだ」

「そっちの世界の人間を解放してどうするつもりだ?」

「どうするつもりもない。ただ解放してあげたい。還るべき魂たちが元凶の中に閉じ込められる苦行から解き放ちたい」

「そのために殺すのか?」

「継ぎ目のない容器から物を取り出すには壊すしかない」

「おい、ユニコーン。本当にその方法しかないのか? ホロンの意思で魂を開放すればいいだけだと思うんだけど?」


セカンドオピニオンとして、ぬいぐるみ状態になっているユニコーンに声をかけた。ユニコーンはなぜか妃の肩に移動していた。


「ホロンちゃんの意思ではどうにもならん。さっきシエラちゃんが言った継ぎ目のない容器って例えはその通りやで。外から取り出すしかないわ。けどな、これはさっきまでの考えや」

「さっきまで?」


 さっきまで、ということは今は?


「魔法の否定。あんちゃんのそれがあれば、ホロンちゃんは殺さずに済むかもしれん」

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