第3話 二つの襲撃者

「なにしてんの? 君たち」


 翌朝、リビングに下りると、妃と少女が二人でスマブラをしていた。

 いや本当なにしてんの?


「見てくーちゃん、すごいよこの子。目隠しながら普通にプレイできてる」

「えへへ」


 本当だ。この子、包帯で視界が塞がっているのに普通にスマブラしてる。

 というか空中戦強いな。


「おはようございます! あなたがクナトさんですか?」

「そうだけど…」


 少女はコントローラーを置き、俺の方へと振り返ってきた。

 元気な子、というのが第一印象。


「眠っている私を助けてくれてありがとうございます。私はホロンと言います」

「ホロン? 変わった名前だ」

「岐って名前も変だと思うよ」


うるさいな。


「ホロンさんはなんであんなところに倒れてたんだ?」

「すみません、それが私にもさっぱりで…、そもそもここってどこなんでしょうか?」


 ◇


「改めて、お名前は?」

「ホロンです」


 今、俺たちは目の前にいる彼女について色々と聞くため、取調べをしているところだ。


「それは名字? それとも名前?」

「名字なんて恐れ多いです! 私には名前だけです」


 名字が恐れ多い、か…。

 妃も怪訝そうな顔をしている。


「なるほど。それでは、ホロンさんはどうして公園に倒れていたんですか?」

「あの…ホロンでいいですよ。呼び捨てで大丈夫ですし、敬語もいらないです。私に敬意はいらないですよ」

「わかった、ホロンも敬語じゃなくていいよ」

「うん。で、えぇと、そのこうえん? にいた理由だけど、そもそもこうえんってなんのこと? それにさっきのげーむ? もよくわからないし」

「そこから~?」


 妃と同感だ。ここまでこっちの常識が通じないとなると、かなり苦労しそうだ。まるでスマホの使い方がわからない非デジタル世代を相手にするかのよう、いや――ゲームはわりかし上手かったし、飲み込みは早いのか?


「よし、一旦外に行こうか。多分見たほうが早いよ」


 お互いの常識の乖離が激しい。まるでホロンだけ別世界の住人のようだ。ならば、一度見てもらって、その都度疑問点をぶつけてもらうほうがまだやりやすいだろう。


 ◇


「はぁ~、あっつ~い」


 妃が暑さに溶けそうになっていた。


「別にお前までついてこなくてもいいんだぞ」

「まだあの娘のこと信用してないからね」

「あっそ」


 外ではしゃぐホロンを見る。ホロンは立ち並ぶビルに驚き、また人の多さに圧倒され、またまた屋台のクレープに舌鼓を打っていた。なにもかもが初対面ではじめましてなのだろう。新鮮なリアクションをしていた。


「お~い、迷子になるなよ!」

「うん!」


 そう言って、こちらに戻ってきた。


「すごいね! こんなに大きな建物がいっぱいあって、人も多くて、美味しいお店も、あとこれも!」

「ワンピースって言うんだぞ、それ」


 妃のお下がりだ。


「動きやすいし、すごく可愛いよ」

「よかったな。よしっ、そんじゃ公園に行こうか」

「うん!」

「ほ~い」


 ホロンと歩いていると、通行人にめちゃくちゃ見られる。というのも――


「やっぱり、その包帯取れないか?」

「う~ん、動かせそうな気はするんだけど…」


 着替える際、ホロンの包帯だけはなぜか取り外せないようだった。俺も取ろうとしてみたが、駄目だった。しかし見えているようなので問題ないと思ったのだが…


「職質される前に用を済まそう」


 しばらく歩き、公園についた。


「ここでホロンは倒れてたんだ。覚えてるか?」

「全く…。そもそも私、家族も、今まで自分が何をしてきたのか、名前以外のことは全然覚えてないや」


 記憶喪失ってやつか。専門家じゃないが、記憶の復元には治療が必要だろう。そのためには病院に行く必要があるが――ここまでか。

 さすがにこれ以上は俺にできることはない。ここからは大人に任せるしかない。

 結局、夢の少女がなぜ現れたのか分からなかったが、仕方ない。妃も相当不機嫌になってるし、ここが潮時だろう。


 そのとき、違和感を感じた。

 さっきまで敏感に感じられた人の目が、今は一切感じられない。それに――


「なんで文字がないんだ…?」


 公園の入り口付近にある看板の文字が、なぜかきれいさっぱり消えていた。看板以外にも、広告の文字や道路標識、着ている服のロゴでさえも。文字という文字がなくなっていた。


「一体なにが…」


 そのとき、俺たち以外の、別の気配を感じた。そこには十手じってのようなものをホロンに向けて振りかざす女がいた。


「あぶねえ!」

「キャァ―――」


 俺は間髪入れず、ホロンを押しのけた。女が振り下ろす凶器は目の前をかすめ、空を切る。


「誰だ、お前は!?」


 かっ、と体が熱くなる。

 目の前には一人の女がいた。目の前の女からは敵意しか感じない。

 そして遅れて気づく。この殺伐とした雰囲気の中、その存在は不釣り合いで非常に目立っていた。


 ――なんで肩にユニコーンのぬいぐるみを載せてるんだ!?


「なぜ助けた? なぜ邪魔をする?」


 あまりにもこの状況に似つかわしくない存在のせいで、頭の処理が一旦止まっていたが、幸いその女が話しかけてきたことで、なんとか平静を装うことができた。


「邪魔だと? 知り合いが襲われたら普通助けるだろ」


 女はホロンから視線を外さず、十手を腰に収めた。対する俺は、じりじりと、ホロンとともに下がる。


「果たして、お前が今助けた者にそれだけの価値があるのだろうか? お前にとってそれはなんだ? 今、私と敵対するに値するか?」

「価値とか――そんな大層なことを自分の行いを正当化させるために、使うやつは嫌いだ」

「これはお前の好き嫌いに依存する話ではない。お前はこちら側にまるで関係のない、赤の他人だ。それともホロンになにかされたか?」


 こいつ、ホロンのことを知ってるのか?

 女から距離を取り続け、妃のところまで来た。


(妃、ホロンのこと頼む)

(な、なんで!? くーちゃんが体を張る必要なんてないじゃん!)

(そ、そうだよ。狙いは私だけだから、私が行くよ!)


 一斉に二人に反対された。だが、それに頷くわけにはいかにない。


(それでも、逃げてくれ)


 俺は妃の目を見据え、そういった。


(、ああもうわかったよ! これで死んだらホロンちゃんもあいつも殺して、私も死ぬから)

(あ、ああ…、絶対に帰ってくるよ)


 随分と怖い脅しだなと思いながら、ホロンを妃に任せて公園から出ていくのを見送る。


「追え、ユニコーン」

「ほいほい」


 女の肩に乗っていたぬいぐるみが返事をし、ホロンと妃の方向へと飛んでいった。


「な!?」


 ぬいぐるみが喋った。

 その非常識さに驚いていると――


「よそ見」


 女は眼前にまで迫っていた。

 早すぎる、人間か!? こいつ!

 女はざっと7,8メートルの距離を1秒も掛けずに迫ってきた。そして、手のひらを俺の顔に向けた。


 瞬間――俺の体は宙を浮いていた。


「な――、」


 気づくと花壇の上に倒れていた。


「いっつつ…」


 なんとか立ち上がろうとする。が、足元が覚束ない。フラフラする。


「気絶しなかったか」


 確認すると、女との距離は再び離れていた。女はついさきほどまで俺の目の前まで接近していたというのに。

 状況を鑑みるに、俺はあの女にふっ飛ばされた。そう考えるしかなかった。だが触れもせずにどうやって?


「もしまだ来るというのなら、今度は鼻血程度では済まさないぞ」


 鼻を触ると、そこには流れる血があった。女からこれまでの人生で感じたことのない威圧感を感じる。

 迷いが無いといえば嘘になる。ホロンという赤の他人になぜここまで入れ込むのか。女と対峙してから何度も気持ちが揺らぎそうになった。だが、そんな迷いはすぐに消えた。

 人を助ける。これが俺の本質。溺れれば生きるため藻掻くように、人を助けずにはいられない。抗いようのない縛り。それが俺を形成している。


 女に向かって駆け出す。


「馬鹿が」

「それくらいがちょうどいいだろ‼」


 先程倒れたときに掴んだ土を女の顔めがけて投げつける。そのまま女の顔面に殴りかかろうとしたそのとき――


「私に到達することはできない」


 土はまるでそこに透明な壁があるかのように、女の鼻先で完全に止まっていた。が、俺は構わず拳の推進させた。


「ぶッ――! なぜ私に触れられる…?」


 殴った衝撃でよろめく女は、まるでそんな当たり前のことを信じられないことのように言った。


「なに当たり前のこと言ってんだ。女の顔面を殴るのは釈然としないけど、そっちが先にやったんだ。一発は一発だかんな」

「いや、それはおかしい」


 そう言って、女は拳を突き出した。それと同時、まるでボーリング玉を叩きつけられたかのような衝撃が下腹部を襲った。女は俺に一切触れていないのに、なぜかそんなことができる? どうかしてる…!


「ぅぐぁ、お、おぇ――!」


 吐瀉物が当たりに飛び散った。


「魔法の否定。リョウ…なのか?」

「り、リョウ?」


 こいつ、さっきから訳わからんことを…!

 女は腰に携えていた十手を引き抜く。


「運命だな、こうして二度も相まみえるとはな――リョウ‼」


 振り落とされる十手。が、寸前まで迫るそれはなにかにせき止められてようにして止まった。


「シエラちゃん、ちょい待ち」

「なぜ邪魔をする? ユニコーン」


 そのとき、ゆうに二メートルを超える角を持つ馬がそこにいた。ユニコーンと呼ばれたそれは妃を背に乗せ、こちらに近づいてきた。


「一般人を殺すのは流石に見逃せんわ」

「これはリョウだ‼ 一般人じゃない!」

「それでもや。この世界の人間であることに違いはない。今のシエラちゃんはただの殺人鬼やな」

「なんだと…!?」

「状況を把握しときたいし、ここは一旦話し合うや。どうやらホロンちゃん、なんも覚えとらんらしいで」

「なっ――!」


 女は複雑そうな顔をし、こちらに近づいてきた。


「こちらの情報は全て教える。そちらもそのようにしろ」


 そう言って、謎の襲撃者と一時休戦するのだった。


 ◇


 今、俺たちは公園の休憩スペースに腰掛けている。


「それで、クナトをこんなにして、君たちの目的は一体なんなの?」


 ホロンは言葉に怒りを込めて、そう問うた。


「勘違いするな、そのクナトという男に関しては邪魔をしてきたから仕方なく対処したまでだ」

「あんなに殺意込めといてよく言えるよ」


 妃が嫌味ったらしく言う。


「なんか女同士バチバチしとんな…」

「当人よりも怒ってるよ」


 そんな状況を傍から、喋るユニコーンと一緒に眺めていた。


「なあ、それで気になったんだけど…」


 このギスギスとした雰囲気を変えるために会話に割って入る。


「あんたが時折言ってるリョウって誰だ? 俺の名前はくなとだぞ」

「リョウはお前の前世の名だ」

「へー、前世か…、そうかそうか。え!? 前世?」


 そのとき、ぐ~、と大きな腹の音が妃から聞こえた。


「あ~、話長引きそうだしどっかで食べながら話したいな」


 そんな間の抜けた提案を、我が妹がするのだった。

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