第2話 死んで生きる

 目覚めるとそこは公園ではなかった。あたりには木々が生い茂り、鬱蒼としていた。まるでタイムスリップしたかのような、現代の面影など微塵もない風景がそこにはあった。


 どこだここは?


 そう思い、俺は立ち上がる。そのとき、違和感があった。視点の低さが、体の重心が、動き具合が、まるで別人のように感じられた。


「あ、あれ?」


 体の違和感を拭いきれず俺はその場に尻もちをついてしまう。


「なんだ、この声っ…」


 声も違う。

 俺はこんな声じゃない。

 ちょうど近くに川があり、俺はそこへと向かい、水面に映る自分を見た。そこに映っていたのは――


 ◇


「!」


 目覚めると俺は公園に寝転がっていた。そこには鬱蒼とした光景はなく、見慣れた現代風景があった。


「さっきのは夢…か?」


 俺はすぐに立ち上がり、体をくまなく調べる。自分が自分であるということを確信し、ひとまずほっとする。が、遅れて腹に壮絶な痛みを感じた。


「いッ――がっ…」


 そうだ、俺は腹を刺されたんだ。俺は腹を抑えるが、そこに刺されたあとはなかった。辺りに飛び散った血も、ナイフもない。

 なんで生きてる!?

 傷はない。でも痛みがある。違和感しかない。


 痛みに悶絶していると、ふと隣に誰かがいることに気づく。それは小さな少女だった。少女は仰向けで倒れていた。俺は恐る恐る近づき、その少女の顔を見る。少女は目隠しをしていた。そしてどこか異国情緒を思わせる様相をしていた。呼吸に合わせ、胸がゆっくりと上下している。おそらく眠っているのだろう。


 公園のベンチにもたれかかり、なんとか立ち上がる。辺りはもう暗くなりかけている。スマホを見ると、午後8時半と表示されていた。


 そのとき、人の足音が聞こえた。徐々にこちらに近づいてくる。だがおかしい。足音がする間隔がまばらだ。片足をかばっているにしては雰囲気が異様。なにか、生き物としての不安定さを感じさせる。本能的――俺は音の方を警戒した。

 足音の主が姿を現した。それは男だった。男はあーとか、うーとか喃語のようなものを発している。


 正直気味が悪い。俺はその男を視界から外さずに離れる。

 また誰かに襲われるのはごめんだぞ。

 そのとき、男の顔が見えた。背筋が凍った。まるでゾンビだ。男の顔面は原型をとどめておらず、皮膚が、肉が、筋肉の繊維が、全てが溶けるように絡み合っていた。 ふと、男の顔面に残っていた目と会ってしまった。

 その瞬間、腹の痛みを忘れた。俺は倒れている少女を抱きかかえ、その場から逃げ出した。

 あれはやばい。関わってはいけない。俺は全速力で駆け出した。見慣れた帰路を走る。そして、家の前についた。少女とともに家の中に入り、急いで鍵をかけた。


「な、なんなんだ…あれ…」


 我が家についた安心感からか、その場にへたり込む。


「くーちゃんおそ~い。なにして――」


 妃の表情が一変、冷めたものに変わる。


「自首しよっか?」

「誘拐じゃないからな!」


 おかしな話、こんなやり取りに安堵してしまう自分がいた。俺は死んでない、生きているんだ。


 ◇


 俺は妃と父さんに事情を説明した。見知らぬ女の子を連れ込んだ経緯いきさつを。


「それでも犯罪だよね」

「拉致だな」


 が、全く信用されてなかった。一応、ゾンビ男のことは話したが、自分が刺されたことは話さなかった。そこまで話してしまうと、より信じてもらえなくなると思ったからだ。だがそれでも信じてもらえなかった。


「余裕がなかったんだよ。普通に交番に届ければいいだけの話だけど…それだけ錯乱してたの! だから決して拉致ではないから!」


 俺はソファーの上で未だ眠っている少女の方を指さし、抗議する。


「わかったわかった。今日はもう遅いし、明日その子を交番に連れて行こう」

「わかった」


 俺はまだ眠っている少女を抱きかかえ、二階に連れて行く。


「こっちの空き部屋で寝てもらうか?」

「そうだね、起きていきなり知らない人がいてもあれだし」


 少女をゆっくりと布団の上に下ろし、布団をかける。


「それにしても怪しいよねこの娘。公園に倒れてて、そこにゾンビ男? がいて、それとこの変な格好。もしかしたら訳ありかも?」

「……たしかに」

「もしかしたら関わらないほうが良いかもね、お兄ちゃん」


 妃は釘を刺すように言ってきた。


「な、なんだよ…」

「女の勘だよ。くーちゃん、この娘にも世話焼きそうだなって。でもやめてよね、巻き込まれても良いことなんてないよ」


 妃はそう言って、俺の腹を軽く叩き、自室へと向かっていった。


「ぃッ――つつつ」


 俺はできるだけ声を抑えた。まだ腹は痛むが目覚めたときよりは随分マシになった。俺も自分の部屋に戻り、ベッドに横たわる。


「本当――勘だけはいいんだよな、あいつ」


そう、俺は少女のことが気になっていた。なぜかはわからない。

訳ありそうだし、関わらないほうがいいとは思うが、それでも少女への好奇心を止められない。


「とりあえず、寝るか」


浮かんでくる思考を中断し、俺は眠りに落ちるのだった。

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