17番目の君に

あばんじゅ

第1話 プロローグ

「好きだ、付き合ってくれ」


 7月初旬、まとわりつくような蒸し暑さがまとわりつく季節。放課後の生徒会室で、俺は生徒会長の鳳蝶あげはに告白をした。


「あ――ごめん、無理かも…」


 だが――まるで、友達との遊ぶ約束をキャンセルするときのように、軽く断られるのだった。


 ◇


「で、振られたんだ?」

「…はい」


 俺は家に帰り、このことを妹のきさきに相談していた。


「うが~~~! 叫びてえ!!!」

「もう叫んでるじゃん…」


 鳳蝶に告白した直後、鳳蝶は普段通りに話しかけてきた。告白の件はなかったことにしよう、とそういうことなんだろう。


「でも意外だな~。私から見てもくーちゃんと鳳蝶ちゃんって、結構脈アリだったのに」

「でも振られたんですよね」

「元気だしなよ。付き合えなくたってこれからも生徒会で会えるでしょ?」

「それ想像してみろよ、めちゃくちゃ気まずいじゃん。というか事情を知ってる分、お前も気まずいぞ」

「えぇ…生徒会やめよっかな…」

「逃げんなこら」


 はぁ、とため息を吐きつつ、立ち上げる。


「っていうか、くーちゃんってなんで鳳蝶ちゃんのこと好きになったの? なんかきっかけとかってあるの? 」

「鳳蝶を好きになった理由か…」


 明確なキッカケはないが、意識し始めたときのことはよく覚えている。


 ◇


 それは去年、俺たちが高校2年生の頃だ。そのとき俺と鳳蝶は同じクラスだった。


佐藤さとうくんの、誰かのために傷つくのを恐れないところ、すごく良いと思う」


 開口一番、鳳蝶はそんなことを言ってきた。なぜそんなことをわざわざ言いに来たのかと問うと、こう言った。


「だって佐藤くん、自分のこと褒めないじゃん。だからその分誰かが褒めてあげなくちゃ。いい人ほど報われてほしいじゃん?」


 誰もが恥ずかしがるようなことを平気で言ってのける。それこそが、きっさき 鳳蝶あげはという人間なのだと、それから鳳蝶のことをよく目で追うようになって思ったことだった。

 鳳蝶は誰に対しても同じだった。人の良いところを見つける。それを素直に相手に伝える。頑張る人を応援する。などなど…。

 鳳蝶が裏では天使、なんて呼ばれているんだとか。

 そんな素直な鳳蝶に、俺は――


 ◇


「好きになっちゃったんだ」


 妃はアイスを食べながら、そう言う。


「本当人たらしだよね、あの人。私も言われたもん、妃ちゃんは目的のためなら手段を選ばない所が良いところだね~って」

「だからモテるんだよな、誰でも勘違いするよな…」

「よし! そんなくーちゃんのために妹が助け舟を出してあげる!」

「別にいいよ、振られたんだし」

「でも、このままじゃ消化不良でしょ? いつまでもうじうじしてるのも面倒だし、せめて振った理由を聞いてそれですっきりしようよ、ね?」

「まぁ…」


 確かにそうだ。いつまでもくよくよしてたら、鳳蝶にも迷惑がかかるだろう。


「んで、具体的にどう助けてくれるんだ?」

「簡単だよ、私に任せときなって」


 妙な笑顔を浮かべて、妃はそういったのだった。


 ◇


 翌日。俺は鳳蝶と二人きりになっていた。場所は学校近くのホームセンター。


 ――文化祭の備品の買い出し行くの忘れてたわ~。鳳蝶ちゃん行ってきて~。あ、ついでに荷物持ちとしてくーちゃんも連れてって! じゃ、よろしく~


 と、雑に二人だけの状況を作りやがった。正直気まずい…。


「どうしたの、くなと?」

「い、いやなんでもない」


 どうしたものか、と考えていたら、いつの間にか備品の買い出しも終わり、ついには学校に到着していた。時間の流れは早い。


 二人で職員室に入り、頼まれていたものを先生に渡す。


「先生、備品買ってきました~」

「ほい、ご苦労さん」

「それじゃ失礼しますね」

「っと…ちょい待ち、きっさき。転校の話聞いたぞ。随分急だな」


 転校? なんだそれ?


「あはは」


 鳳蝶は俺のほうを横目で見て、バツの悪そうな笑みを浮かべた。が、それも一瞬、先生の方へと向き直る。


「両親の都合なんですよ」

「鋒はどうなんだ? ちゃんと納得してるのか?」

「……」

「今度、面談をしよう。両親も交えて」

「すいません、迷惑をかけたくないんです…、だから」

「――そうか。すまん、立ち入りすぎた」

「あはは、いえいえ」


 そう行って、鳳蝶は駆け足で職員室を出る。追いかけようと後を追う。そのとき先生に小声で声をかけられた。


くなと、気にかけてやれよ」

「わかってるよ、父さん」


 俺は、先生――もとい父さんにそう応えた。職員室から出て、すぐに鳳蝶を追いつく。


「転校ってどういうことだよ?」


 俺は気になったことをそのまま訊いた。


「…………それは……」


 鳳蝶はなにかを逡巡するように口を開くが、なかなか次の言葉が出てこないようだった。


「歩きながら話そっか」


 俺はその言葉に首肯し、連れ立って歩く。


「いつ転校するんだ?」

「夏休みが終わったあと、かな」


 つまり、一緒に入られるのは2ヶ月。短すぎる、そう思いながら渡り廊下を歩く。


「告白、ありがとね。まさか岐が私のこと好きなんて思わなかった。でも今付き合っても、あと2ヶ月なんて短すぎるよ。だからごめんね、付き合えない」


 そう言って笑う鳳蝶の目に、光るものを認めるのだった。


 ◇


 高台の公園に一人、落ちる夕陽を眺めて、ただ佇んでいた。

 転校の報せを聞いて、俺はショックを受けた。でも、誰よりも悲しいのは鳳蝶のはずだ。

 鳳蝶は納得していない。でも我慢をしていた。鳳蝶の家庭の事情はわからない。だが、きっと遠慮をしてしまったのだろう。両親に迷惑をかけたくないと。

 俺は完全に蚊帳の外だが、やはり考えてしまう。何かできることはないだろうか? と。


 ブーブー、とスマホのバイブレーションが鳴る。妃からだった。内容は――


『くーちゃん、今大丈夫かい?😉 鳳蝶ちゃんとちゃんとお話できたかな? あとでちゃんと聞かせてね😚(~ ̄▽ ̄)~』


「そういえば最近おじさん構文にハマってるんだっけか…。また変なのにハマりやがって」


 スマホをしまい、なんと報告しようかと思案する。

 鳳蝶は転校する。そのため、俺と付き合えない。


「ん? でもそれって鳳蝶の気持ちはどうなんだ?」


 今更気づく。鳳蝶は俺を振った理由として、転校のことを挙げた。でもそれは環境によるものだ。鳳蝶の本心をまだ聞いていない。


「やるべきことが見つかったな」


 鳳蝶の転校は止められないし、そんな権利は俺にはない。でもそれまでにできることがある。俺は鳳蝶に電話をしようとする。


「よぉー、ちょっと悪いんだけどさぁ、お金貸してくんない?」


 が、変なおっさんに絡まれてしまった。

 目の焦点が合っていないのか、少しやばい雰囲気を感じる。

 俺はすぐさまそこから退避しようとする。


「ちょいちょい待ってよ、喉乾いちゃってさ、あっちの自販機でジュース奢ってくれるだけ良いから良いから」

「無理です」

「ええ~、じゃあ財布ごとちょうだいよ」


 話聞いてんのかこいつ、と思いながら、早足で男から離れようとした。が、そのとき、腹に違和感を感じた。


「くッ――!」


 無意識、俺は男を振り払った。が、振るう手に力がこもらない。いや手だけじゃない。全身に力が入らない。地面を見るとそこには血があった。俺の血だ。それは今もなお俺の腹から出ている。俺はその場に倒れ込んだ。


「――はァ…!」


 腹にはナイフが刺さっていた。霞む視界に男の顔を収めた。やはりその男はどこか虚空を見つめ、そして笑みを浮かべていた。


「ははは! やってやったぞ…! 俺の言うこと聞かないからこうなるんだ! よしよし、そうだこうすればよかったんだ。今からでも間に合う早く早く…………」


 男はそう言いながら、公園から去っていった。


 ――なんでこうなったんだ?

 ――死にたくない。


 そんな言葉ばかりが、とめどなくあふれる。


「はあは――! うッ、……!」


 呼吸をするだけでも痛い。何をしても痛い。つらい、つらい、が、そんな痛みも徐々に薄れてきている。血が出すぎている。寒気がする。


 ふと、思う。

 この世は理不尽に溢れている。この状況がまさしくそうだ。

 罪のない人ばかり不幸になっている。苦しんで死ぬべき人間が往生して見せる。この世には納得できないことがあまりにも多すぎる。

 俺を遊びで産んで捨てた両親をまだ殴れていない。小学生の時に妃をいじめた教師が心から反省している姿もまだ見れていない。それに、鳳蝶とちゃんと本心で話し合えていない!

 足りない、納得感が。死ぬには何もかもが足りない。


 だが、そんな思いは届かず、佐藤 くなとは死ぬのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る