第29話 帰ってからも遊びたい

 二年生になって、一日が経過した二日目。

 今日から通常授業となり、朝から放課後までの長い間を学校で過ごさなければならなくなる。藍斗は学校が嫌いな訳ではないが、早く帰れるならその方が嬉しいタイプだ。

 しかし、それも去年までのこと。

 今年は違う。腕を伸ばしながら机に突っ伏すも視線を右隣に向ければ通学途中のコンビニで購入したパンをもぐもぐと食べている氷雨がいる。


「朝ご飯、食べてないの?」

「食べた。ホットドッグとサンドイッチ」

「じゃあ、今食べてるのは?」

「クリームパン。美味しい」

「いや、パンの種類を聞いたんじゃなくて何ご飯になるのかなって」

「朝ご飯、セカンドタイム。藍斗も一口食べる?」

「俺はお腹いっぱいだからいいや」

「そう。じゃあ、私だけで楽しむ」


 氷雨はパンを食べてはこれまたコンビニで購入したパックの牛乳を美味しそうに飲む。普通に見ていれば健康的な朝ご飯という光景である。けど、これは氷雨にとっては二度目の朝ご飯だ。よく入るな、と毎度のように驚かされながら藍斗は咀嚼する氷雨を眺める。


「藍斗、眠たそう。寝不足?」

「太一と夜遅くまでゲームしてた」

「太一と家に帰っても遊ぶ仲?」

「そうだよ。趣味が合うんだ」


 太一とは中学からの付き合いだが、アニメやゲームといった趣味が合い仲良くしている。あまり他人と仲良くなれるほうじゃない藍斗ではあるが、太一もそうであった。だからなのか、お互いに一緒にいて居心地がいい。

 太一が遊びたい時に藍斗が付き合う、という他人から見れば仲がいいのか分からない関係ではあるけれど藍斗はそれが楽だと感じている。


「趣味……藍斗は何が好き?」

「そうだなあ。ゲームとかアニメとか。要は二次元だね」

「ゲームもアニメもそんなに知らない……だから、藍斗とお家に帰ったら遊べない」


 残念そうに氷雨が肩を落としたタイミングで太一が教室にやって来た。


「おはよう、藍斗くん。氷堂さん」

「おはー」

「むむむ」

「藍斗くん藍斗くん。今日も帰ったらゲームしようよ。手伝ってほしいクエストがあってさ」

「今日はバイトだから終わってからでいいなら」

「いいよいいよ」

「むむむむむむ」

「……えーっと、どうして僕は氷堂さんから穴が空くほど見られてるんだろう」

「自分の胸に手を当てて考えてみるがよい」

「え、なんなの、氷堂さんのキャラ」


 困惑しながらも律儀に自分の胸に手を当てる太一は首を捻った。


「分からないや」

「山本だけズルい」

「僕がズルい?」

「山本だけ藍斗と家に帰っても遊べるのがズルい」

「なら、氷堂さんも藍斗くんと遊べばいいんじゃない?」

「……はっ。その手があった。山本は天才?」

「ふふん、僕は頭の回転が人より速いんだ」


 得意気になった太一に感心して、氷雨が拍手を送り始める。側で聞いて、眺めていた藍斗はなんて馬鹿げたやり取りをしているんだろうか、と呆れた。


「という訳で、私も藍斗と帰ってからも遊びたい」

「それはいいんだけど、どうやって遊ぶ?」


 氷雨からそう言ってもらえるのは光栄ではあるが問題はどうやって、だ。太一とはよくラインで通話をしながらゲームをしている。でも、氷雨はゲームとかはあまり触ったことがない様子。


「氷堂さんにもアプリをインストールしてもらえばいいんじゃない?」

「そうだけど……氷雨の肌に合うかな」

「私には出来そうにない?」

「そんなことないよ。指でキャラを引っ張って相手にぶつけるっていうゲームだから。ただ、どうせ遊ぶなら氷雨にも楽しんでほしいからさ」


 角度を考えて少しでも指がブレてはいけない瞬間などがあり、緊張の伴うゲームで藍斗は気に入ってるが詳しくない人からすればただ引っ張るだけの簡単な作業ゲームである。


「とりあえず、インストールする。名前教えて」


 アプリの名前を教えると氷雨がインストールを始めた。


「インストールが終われば起動させてみて。チュートリアルが始まるから」

「分かった……あ、始まった」

「チュートリアル中に遊び方の説明があるからクリアしてみて。クリアしたら他の人とも遊べるマルチ機能が開放されるよ」

「うん……藍斗、ここはどうしたらいい?」


 画面を見せてきた氷雨は本当にゲームとは無縁だったのだろう。初期の初期。どうするもこうするもなく、画面に表示されている説明通りにすればいい箇所で困っていた。


「そこはこうすればいいよ」


 クレーンゲームでは遊べてもスマホゲーム初心者なんて誰でも同じようなものだろう、と藍斗は自分のスマホを使って指を動かして説明する。

 しかし、氷雨は難しい作業だと思っているのか固まったまま。


「一緒にやってほしい」

「えっ」

「指導して」


 人差し指を氷雨がこちらに向けて伸ばしてくる。指をもって教えて、とのことだろう。雪のように白くて細い氷雨の人差し指に藍斗は視線を注ぐ。


「あの、指はちょっとやりにくいかな」

「そう。どこを持てばやりやすい?」

「……手、かな」

「じゃあ、藍斗がやりやすいようにして教えて?」

「う、うん。じゃあ、失礼して」


 藍斗は氷雨の背後に回るとこれまた雪のように白い肌をした氷雨の手に自らの手をそっと重ねる。雪のように肌は白くても体温はしっかりと通っていたり柔らかかったりと藍斗はドキッとした。


「そのまま指を伸ばして」

「こう?」

「うん。じゃあ、引っ張るから」


 氷雨の手を動かしてゲームの操作性を伝える。氷雨の指から放たれたキャラが相手モンスターを倒すことに成功した。

 その嬉しさからか氷雨が顔を向けて花が咲いたように笑顔を浮かべる。


「やった。やった。やったよ、藍斗」

「おめでとう。その調子で頑張ればクリア出来るよ」

「分かった。頑張る。応援して」

「頑張れ」


 どうにか平常心を保ちながら藍斗はゲームに集中し始めた氷雨の側を離れて席に戻る。深く座ると溜めていた息を盛大に吐き出した。

 さっき、氷雨が振り返った瞬間、あまりの距離の近さにとても驚いた。もし、登校してきたクラスメイトとぶつかりでもすれば間違いが起きてもおかしくなかったほど。


「藍斗、勝てた。ブイ」


 朝から心臓に悪い、と表情を崩さずに内心でだけ冷や汗をかいていれば氷雨が勝者の笑みとともにブイサインを見せつけてきた。チュートリアルは誰でも勝てるように設定されているのだが、喜んでいる氷雨に無駄な情報を教える必要はなく黙っておく。


「よかったね」

「ハイタッチしよう」


 そこまでおめでたい出来事ではないけども、両手を向けてきた氷雨とハイタッチしておく。


「これで、藍斗と家に帰ってからも遊べる?」

「遊べるよ。でも、面白くないのに無理して付き合う必要はないから」

「正直、面白いかどうかはまだ分からない。でも、藍斗と遊んでたら面白くなるかもしれないから遊びたい。つまらないってなれば言うから無理もしないよ」

「そっか。じゃあ、これからは帰ってからも氷雨とも遊べるね」

「うん。楽しみ」

「……あの〜僕のこと忘れてない?」


 氷雨が嬉しそうにしていると遠慮しがちに手を上げながら会話に混じってきた。


「山本のおかげで藍斗と家に帰ってからも遊べるようになった。どうもありがとう」

「いえいえ。どういたしまして。氷堂さんはほんとに藍斗くんと遊びたいんだねえ」

「うん、遊びたい。仲良しだから」

「うんうん、いいことだと思うよ」


 ニヤニヤといやらしい笑みを太一が向けてくる。

 どうせ、二次元でよく見る恋愛的な妄想でもしているのだろう。氷雨はきょとんと目を丸くしているので藍斗も無視しておいた。

 そうしているとチャイムがなり、担任の先生がやってきた。休み時間はここまでである。


「おはようございます。今日は新しいクラスになって二日目です。なので、これから自己紹介をしてもらおうと思います」


 先生の提案で自己紹介をすることが決まった。

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