第27話 手を繋がれた
学校の最寄り駅に到着し、通学路を歩く。
右には氷雨、左には愛澄。藍斗は氷雨から声を掛けられては返事をして、機嫌の悪い愛澄からは肩に攻撃するようにぶつかれ二人を同時に相手しなければならない大変な時間を過ごしている。
「ちょっとコンビニ寄ってくる。待ってて」
一方的も言い残して、氷雨が通学路の途中にあるコンビニに入っていった。
「返事も待たずに行くとかなんなの、あの人。先に行こうよ、お兄ちゃん」
「氷雨が待っててって言ったんだから待つよ。愛澄は先に行くなら行っていいよ」
「お兄ちゃんが待つなら私も待つ」
「じゃあ、一緒に待ってよう」
ものの数分もしない内に氷雨が戻ってきた。手には袋に入ったままのパピコがある。味はホワイトサワー。
「アイスの話ししてたら食べたくなった」
「朝からパピコ……お腹壊さない?」
「大丈夫。春だから季節も暖かい」
グッと親指を立ててから、氷雨はパピコを袋から取り出した。なんの歌か分からない鼻歌を奏でながら。
「はい、藍斗と愛澄にもお裾分け」
パキッとパピコを半分に割って、お裾分けしてくれる――と思いきや、氷雨がくれたのはパピコの先っちょの部分だった。ご丁寧に藍斗と愛澄の手のひらに先っちょの部分を乗せると氷雨はパピコを両手に持って交互に口に入れ始める。
食べ終わってから新しい方を食べればいいものをなんとも大胆で豪快な食べ方をする氷雨がとても幸せそうにしていて、藍斗は微笑ましくなる。
「ありがとう、氷雨。いただきます」
貰ったばかりの先っちょにある極僅かなパピコを口に含む。正直、食べた気はほとんどしないが藍斗にとっては朝からパピコは胃が受け付けないので適量だった。
「さっぱりしてて美味しいね」
氷雨はパピコを食べるのに夢中で頷くだけ。
必死に食べる姿を可愛いなあ、とぼんやりと見ていれば。
「なんでお兄ちゃんはお礼が言えるの? ここは、先っちょだけかーいってツッコむところでしょ。ていうか、パピコの先っちょだけしかあげない人って本当に存在したんだ。普通、二本あるんだから半分こするよね。氷堂さんってどれだけ食い意地張ってるの」
氷雨が大食いで食い意地を張っていると慣れた藍斗にとっては通常運転のことでも、今日初めて氷雨と顔を合わせた愛澄にとっては理解が及ばないらしい。
「四つを三人で分けるのは数が余る」
「一本くれたら私とお兄ちゃんは二人で分けるよ。兄妹なんだし」
それは、一口ずつ交代しながら食べていく、ということだろうか。いくら兄妹とはいえもう高校生同士。仲が悪くはなくても、高校生にもなってそんなことを妹とはしたくない。
想像した藍斗は氷雨が欲張ってくれて助かった、と愛澄に気付かれないようにそっと安堵の息を吐く。
しかし、氷雨の反応は違っていた。そういう発想があったのか、と体を震わせながら衝撃を受けている。
そして、食べ掛けのパピコを見て、愛澄に差し出した。とても恨めしそうにしながら。
「……はい、今からこれを藍斗と分けて」
「そんな嫌そうにされたら受け取るに取れないでしょ。ていうか、食べさしなんて食べたくないし」
「そう、よかっ――藍斗も、もっと食べたい?」
「ううん、俺はもう満足だから氷雨が食べなよ。そもそも、氷雨が買ったんだから先っちょも全部食べたらよかったんだよ」
「それは、ダメ。三人でアイスの話をしたから三人で分けるのが当然」
氷雨の中で何かしらの決まりがあったんだろう。
きっぱりと言い切ってから氷雨はパピコを食べ始める。二本とも食べられることに安心したのかそれはもう幸せそうに笑みを浮かべて。
「やっぱり、氷堂さんってお兄ちゃんの妄想なんじゃないの」
「どこからそうなるの」
「だって、顔はいいけどズレてて面白い女の子なんて現実にはいないでしょ。あと、パピコの先っちょだけしかくれなかったし」
「どれだけパピコが欲しかったんだ」
家で愛澄が買ったパピコを食べる時、愛澄は半分をくれる。だから、愛澄にとってパピコというのは誰かと半分こして食べるものなのだ。
しかし、外に出ればパピコの先っちょだけしか渡さないタイプなどごまんといるはず。むしろ、先っちょすらも分け合わずに全て一人で楽しむタイプだって。愛澄は友達が少なく、パピコを身内以外で分け合うことを経験してないから知らないのだろう。藍斗も詳しくは知らないが。
「そもそも、氷雨が俺の妄想だとしたら愛澄はどうやって氷雨を認識してるの」
「知らない内に私に催眠術でも掛けたんでしょ。友達を作って高校生ライフを楽しむようにって自分が楽しんでる姿を見本にして」
「そんな回りくどいことを俺が出来ると思う?」
「無理。だけど、そう思わないとやってられない」
ヒートアップした体を冷やすために愛澄が氷雨から貰ったパピコを口にしては「全然、足りない」と怒りながら漏らした。
「まずはお礼を言わないとでしょ」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
やけくそになる愛澄にも氷雨の対応は少しも変わらない。先輩らしいことをして得意気になっているのか、愛澄に噛み付かれても相手にすらしていないのか。身長的にも愛澄よりも氷雨の方が大きく、藍斗は氷雨が大人のように見えた。
「そんなに元気よくお礼を言うなんて、愛澄もよっぽどのアイス好きと見た」
違った。氷雨は藍斗が考えた以上に何も考えてなくて、純粋だった。確かに、愛澄はアイスがかなり好きなお菓子ではあるけど、今はそういうつもりで声を大きくしていたのではない。
嫌味を言われても氷雨は気付かなさそうだと思うとピュアな氷雨が綺麗だと思った。
「ところで、さっきからの私が妄想ってどういうこと?」
「愛澄は友達が少ない俺に女の子の友達なんて出来ないと思ってるから氷雨が俺の作り出した妄想だって信じないんだ」
「なら、私が藍斗の妄想じゃないと証明する。ちょっと待って」
パピコを食べる氷雨の速度が上がる。
急いで食べて何をするつもりだろうか、と思っていれば氷雨がゴミをスカートのポケットに押し込んだ後におもむろに手を繋いできた。
「どう、藍斗。私に触れられる?」
「う、うん」
氷雨は藍斗と手を繋ぐことで自分が実在していると愛澄に証明しようとしているようだが、藍斗はそれどころではなかった。氷雨と手を繋いでいる。白くて柔らかくて小さい、女の子だと感じさせられるような手だ。女の子と手を繋ぐなんて小学校の遠足以来でドキドキしてしまう。
このドキドキが氷雨に伝わってしまわないかと不安になっていれば、断ち切るように愛澄の手刀が入った。
「妹の目の前で手を繋ぐとか何を考えてるの」
「こうすることで、誰かに触れても私は消えないと証明出来る」
「それなら、私と繋げばよかったでしょ。お兄ちゃんと繋ぐなんて……この、天然男たらし」
「男たらしじゃない。藍斗は友達だから、手を繋ぐことくらい普通」
「普通じゃないから」
「そうなの? 藍斗はどう?」
「……高校生になったら、手を繋いだりはしないんじゃないかな」
「仲良くても?」
「どれだけ仲良くても」
「そっか」
氷雨が繋いだ手をじっと見る。閉じたり、開いたりして。何を考えているのか藍斗にはさっぱり分からない。
「世の中は難しい」
「性別の違いは難しいからね」
「でも、それならどうやって愛澄に私の存在を証明する?」
「いいよ、愛澄のことは無視して。俺はちゃんと氷雨を見てるから」
支離滅裂な愛澄の発言のせいでこれ以上、氷雨を悩ませたくない。氷雨の頭は決して柔軟ではないのだ。難しいことは考えないでも藍斗が氷雨を見てさえいれば解決するしそもそも氷雨は妄想じゃない。
これまでのやり取りが全て無駄になるが無駄な時間を続けないためにもそう伝える。
「分かった。藍斗、学校行こう」
「そうしよっか」
嬉しそうにはにかみながら歩く氷雨の隣を並んで藍斗は学校を目指した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。分かった。分かったから。氷堂さんはちゃんといるから」
後ろから愛澄が慌てて追い掛けてきた。
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