第25話 妄想じゃなかった
春休みが終わり、今日から新学年となる。
だからといって、一年生から二年生になるだけで大して何かが変わるわけではない。藍斗にとってはクラスのメンバーと担任が変わる程度の認識。氷雨や太一と同じクラスになれるかどうかは今からちょっとドキドキしている。
「よし、準備完了。行ってきます」
昨日の夜、氷雨から一緒に登校しようという誘いがあり、どの時間の電車に乗るかを約束している。
その時間まで今から家を出れば余裕で間に合う。
靴を履き替え、リビングにいる母親に向かって声を掛けたところで慌ただしい足音と共に愛澄がやって来た。
「今日から登校し始める妹を置いて一人で行くなんてありえないんだけど」
「今日から登校って……昨日、入学式で既に学校には行ったでしょ」
「それとこれとは話は別。ていうか、せっかく同じ学校なんだからわざわざ時間を分ける必要ないでしょ」
「合わせる必要もないと思うけど」
「合わせてないし。たまたま、重なっただけだし。ほら、行くよ、お兄ちゃん」
靴を履き替えた愛澄から、どういう訳か藍斗の方が遅いような口調で急かされる。
昨日、入学式を終えたといっても愛澄の性格を考えれば友達が出来たということはないだろう。中学時代にいた友達とは全員高校がバラバラになったらしく、本当に愛澄は一人ぼっちの世界に足を踏み入れることになる。
そんな素振りは感じないが本当は心細いのかもしれない。ピカピカの制服に少しばかりのシワが出来るようになるまでは仕方がないか、と藍斗は愛澄の隣を並行する。
「はあ。高校生にもなってお兄ちゃんと一緒に登校とか恥ずかしいんだけど」
「なんだかんだ、別々に登校したのって去年だけだもんな」
「お兄ちゃんが私に時間合わせたりするから」
「……おかしい。俺には愛澄が待ってー、って急いで追い掛けてきた記憶しかないんだけど」
「都合のいいように記憶を改ざんしないでくれる? それとも、なに。もうボケてきたの? 歳を取るって嫌だよね。はあ〜やだやだ」
やだやだ、やだやだ、と口にする愛澄は嬉しそうにしていて藍斗は放っておく。これは、悪口の内にすら入らないからだ。可愛い妹が楽しそうに罵倒してくる。それのどこに問題があるのか。ない。
「なるべく、早い内に友達作りなよ。そうすれば俺と登校しなくて済むんだし」
「友達が少ないお兄ちゃんにだけは言われたくないんだけど」
「そうだった……俺も少ないんだった」
新しく氷雨という大切な友達が増えたから少し上からの立場で言ってしまったが愛澄の言う通りだ。むしろ、愛澄の方が歴代友達の数を数えれば多いというのに。
「お兄ちゃんの友達なんて太一だけで、朝はいっつも一人なんでしょ。大丈夫。そんなお兄ちゃんが可哀想だから私に友達が出来たとしても朝はこうして一緒に登校してあげる。嬉しいでしょ?」
「ふふふ。いつまでも、俺の友達が太一だけだとは心外だな。今日だって、一緒に学校行こうって約束してる友達が――」
「はいはい。どうせそれ、お兄ちゃんの妄想でしょ」
本当のことなのに愛澄はこれっぽっちも信じようとしない。家で氷雨の話をしたことはほとんどないから仕方がないが、いくらなんでも妄想扱いされると悲しくなる。
けど、わざと藍斗は氷雨の存在を愛澄に教えないでおく。サプライズだ。もう駅には着いたし、これからやって来る電車に乗りさえすれば十数分後には氷雨と合流する。その時に紹介すればいい。友達だと。
氷雨を愛澄に紹介すれば愛澄から親に伝わる可能性が大き過ぎるので本音はあまり接触してほしくないところではあるが。
電車に乗ったこととドア付近で立っていることをラインで氷雨に伝えるとハンバーガーに腕や脚が生えたキャラクターが親指を立てているスタンプが送られてきた。春休み中、何度も氷雨とやり取りをして知った氷雨のお気に入りスタンプだ。
リアルでも仮想でも、親指を立てることには変わりない氷雨に笑みを漏らしていれば。
「なに見て笑ってるの?」
「おおっと。いくら、愛澄でもスマホは見せられないなあ」
「妹には見せられない内容のサイトでも覗いてるんだ。お母さんに言ってやろ」
「違うから。友達とラインしてるだけだから」
「ふーん。太一とのやり取りくらい見せても大丈夫でしょ。太一も困らないし」
「愛澄って太一に厳しすぎない?」
「一つ歳下の女の子の目を見て話せない相手とか敬う必要ある?」
「一応、今日から先輩になるんだし気を付けよう」
「頑張ってはみるけど、期待はしない方がいいよ。太一も好きに呼んでって言ってるし」
そんな話をしていれば、氷雨の最寄り駅に到着した。氷雨はどこだろうか、と探せば運命的に目の前のドアから入ってくる。
「おはよう、藍斗」
「おはよう、氷雨」
花見に行った日以来の生氷雨。ラインで教えられていた通り、少しだけ後ろ髪が短くなっているがそれ以外はどこも変わりがない。
「どう、藍斗。この髪型?」
「どう、って言われても……ちょっと印象が変わるくらいでよく似合ってるよ」
正直、氷雨の髪型に変化はない。
短くなってもこれまで通りにストレートに伸ばしたまま。
ただ、似合っていない訳ではないので感じたままを答えた。
「むふふ。嬉しい」
「喜んでもらえる返答でよかった」
こういう時、さり気なく「可愛いよ」の一言でも言えれば男としては魅力的なのだろうがなかなかに照れ臭くて藍斗には難しい。氷雨が嬉しさを表すようにはにかんでいるのがせめてもの救いだ。
「ところで、その子、誰?」
氷雨が愛澄のことを指差して首を傾げた。
「俺の妹。愛澄っていうんだ」
「アイス……いい名前」
「……今、食べる方の想像しなかった?」
「私はやっぱりバニラが一番好き。藍斗は?」
「俺はストロベリーかな」
「ストロベリーもいい」
朝から食い気全開の氷雨に苦笑しつつ、氷雨と話していることを実感する。やっぱり、氷雨と話すのは楽しい。ラインで文字のやり取りをしているだけでも楽しかったが実際に言葉を交えるとより楽しさが増す。
アイスクリームに意識が向いている氷雨を愛澄にも紹介しようとすれば、愛澄は氷雨を見たまま石にでもなったかのように固まっていた。目も大きく開いている。
「こちら、氷堂氷雨さん。俺の友達」
「初めまして。藍斗の友達です。ブイ」
ブイサインを作った意味を少しも理解出来ないが氷雨は指でブイサインをして、愛澄に歩み寄った。ハッピーを表すブイサインをしているとは到底思えないような無機質な表情で。
「……お兄ちゃんの妄想じゃなかったんだ!」
心底、驚いたように目を丸くして愛澄が言った。
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