第24話 肩をかした
氷雨と誰にも言えない内緒の時間を過ごし、ズラして涼花達の元に戻った。時間が掛かり過ぎたために心配されたがそこは屋台をもう一度見ておきたくて、と嘘をついた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
時間はおやつ時だが、既に満腹。これ以上はもう何も入らない。氷雨も涼花に内緒で食べた焼きそばで満足しているのかスッキリとしている。
という訳で来た時と同じように雨太が運転する車で帰ることに決まった。
「藍斗は私の隣」
行きと同様、氷雨に言われてポンポンと叩いて指定された席に座る。
「じゃあ、出発。お父さん藍斗をお家まで送ってあげて」
「任せなさい」
「いや、悪いよ。適当な所で下ろしてもらって大丈夫です」
「人の厚意は素直に受け取っておくものだ。特に氷雨のは。あ、いや、今のこういと言うのは好きという意味じゃなくて、優しさというものだから勘違いしないように」
「分かってますよ。じゃあ、お願いします」
「ああ。家までのナビは途中から頼んだ」
最寄り駅の名前だけ雨太に伝えておく。自宅までの案内はそれからでいいだろう。
「藍斗の家、楽しみ」
「狙いはそれ?」
「どう思う?」
「そう思う」
「内緒」
「聞いておいて?」
「うん、内緒。教えたら、藍斗が作戦を立てて違う場所で降りるかもしれないから」
「いや、そんなことはしないけど。というか、やっぱり、それが狙いじゃん。そもそも、普通の家だから面白くもなんともないと思う」
「どうしてバレた?」
自分の言動がほとんど答えていたことに気付かない氷雨は本気で悩んでいる。挙げ句の果てに「藍斗は超能力者」などと言って、褒め称えてきた。
本当に超能力者なら、氷雨の支離滅裂ともいえる発言の真意を読み解けてどれだけよかったことか。などと、くだらないことを考えていればふいに肩に重みを感じた。
氷雨だ。氷雨が肩に頭を乗せてきている。
「え、なに?」
こんなところを雨太に見られでもすれば本当に適当な場所で降ろされかねない。
動揺しそうになって。というか、動揺しながら藍斗が聞いても氷雨は答えない。よく見れば、氷雨は目を閉じて、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「寝ちゃった、氷雨?」
「寝ちゃいましたね」
「だから、昨日は早く寝なさいって言ったのに」
呆れたように涼花が口にする。
高校生にもなって、親から早く寝なさいと言われている氷雨を想像するとちょっとだけ可愛いと藍斗は微笑ましい気持ちになった。
だからといって、この状況にはなんともくすぐったいようなもどかしいような。言葉にはし難い感情が芽生えるのを止められやしないが。
「昨日から、何回も明日が楽しみって言っていたし楽しみ過ぎて早く寝られなかったのね」
遠足前にワクワクして眠れない小学生だろうか。
でも、その景色を想像すれば納得のいく姿が目に浮かび氷雨らしかった。
それに、それだけではないのだろう。
涼花はおにぎりを握るのに氷雨が早起きをしたと言っていた。遅く寝て、早く起きれば眠たくなるのは当然だ。ましてや、お腹いっぱい食べた後なら尚更。
「悪いんだけど、氷雨のこと。そのまま寝かせてあげてもいいかな?」
「大丈夫ですよ。氷雨が起きた時に枕が硬かった、って文句を言っても責任は取れませんけど」
「そこは安心して。この子、どんな枕でも寝付きはすこぶるいいから」
「なら、俺は枕に徹します」
色々な背景を思えば、藍斗は氷雨のことを起こす気にならない。すぐ近くから静かな寝息が聞こえたり、氷雨の肌が柔らかいなと感じたりするのは心臓に悪いけれど。
姿勢を正して、氷雨の体勢が揺らがないように枕になり切ろうとしていれば。
「改めて、土雷くん。氷雨と仲良くしてくれてありがとう」
そんなことを涼花から言われた。
「私達に気遣わせないように氷雨は振る舞ってるけど本音では寂しがってると思うのね。なるべく、寂しさを紛らわすようにお腹いっぱい食べて満足する生活を送れるようにしてるけど……所詮は、料理。お腹は満たせても心は満たせないから心苦しかったの」
涼花の言う通り。一緒に牛丼を食べた時、氷雨は藍斗がいるから美味しい、と言っていた。
それは、細かく紐解けば一人で食べるのは寂しいと言っているのと変わりないことだ。
「でも、土雷くんと友達になってから氷雨は以前よりも元気になった。電話で声しか聞けない時も声が弾んでいるし、毎日を楽しそうに過ごしてる。本当にありがとう」
「礼を言われるようなことじゃないです。俺だってそうなんです。別に、学校が楽しくなかった訳とかじゃないです。でも、氷雨と関わるようになってからもっと学校が楽しくなって……上手く言えないんですけど、俺の方こそありがとうなんです」
「ふふ。今の言葉、氷雨にも聞かせてあげたいわ」
「やっ、それはちょっと俺が恥ずかしくなって顔を合わせられなくなるので勘弁してください」
「そうね。氷雨も土雷くんと友達じゃなくなるのは嫌がるものね」
改まって、そういう感謝している気持ちを氷雨に伝えるとなれば藍斗はたどたどしくなってしまうだろう。言わなくてもこれまで通り、氷雨と良好な関係を築けていけるのなら言わないままでいる。
「土雷くん。これからも、氷雨と仲良くしあげてっていうお願いをしても迷惑じゃない?」
「勿論です。むしろ、俺の方こそお願いしたいですし嫌われないように気を付けます」
「ありがとう。氷雨の機嫌が悪くなっても甘い物でもあげるか沢山のお菓子を用意すれば治るからね」
「凄くぽいです。覚えときます」
「あ、そうそう。あんまり、氷雨のことは甘やかさ過ぎないでね」
「なんのことですか?」
「さっき、気を利かせて氷雨に屋台の料理、食べさせてたでしょ」
バレていないと思っていたことが涼花に筒抜けだったことに驚く。だが、決して焦ったりはしない。普段から、あまり感情が表に出ないのが藍斗の長所であり短所でもあるところなのだ。ここは知らないフリをして隠し切る。
「なななな、なんのことですか?」
「……そんなに焦って隠してるつもり?」
「さあ、分かりませんよ。この、焦っている、ということじたいが演技かもしれないですし」
「なるほど、そうくるのね。でも、意味はないよ。だって、土雷くんが氷雨に連絡した時点で氷雨が土雷くんから連絡きたって口に出してたもの。それから、挙動不審な動きで用が出来たって……氷雨が怪しかったもの」
「た、確かに連絡はしましたけど内容までは分からないはず……」
「氷雨の口元見て。ソースが付いてるでしょ」
指摘された通り、氷雨の口元を見ればむにゃむにゃと動いている唇に焼きそばのソースらしき色が付着していた。言い逃れの出来ない状態だった。
「す、すすすすみませんでした。つい、納得してない氷雨を見たら甘やかしてあげたくなりまして」
「いいよ、そんなに謝らないで。怒ってないし、土雷くんが優しいってことが分かったから。ただね、あんまり氷雨を甘やかして調子に乗らないようにだけ気を付けてくれれば」
「僕としては氷雨を存分に甘やかしてもらって構わないけどね」
「あなたは黙ってて。土雷くんはお願いね」
「はい」
とりあえず、涼花のことを裏切るような真似をしたことを咎められずに済んで藍斗は胸を撫で下ろした。
一緒に悪の道へ進んだことが見透かされていたとは知らない氷雨は寝言で「あんパン……食パン……カレーパン」と漏らしてへへへっと笑っていた。
幸せそうで呑気でいいなあ、と藍斗は羨ましくなった。
「氷雨。土雷くんの家に着いたわよ。そろそろ、起きなさい。いつまでもそのままじゃ土雷くんが帰れないでしょ」
「んん」
涼花に揺さぶられ、氷雨が眠たそうに瞼を擦りながらゆっくりと離れていく。枕に徹していた藍斗は凝り固まった肩を動かしてスッキリした。
「……もう、着いた?」
「着いたよ。気持ちよさそうに眠ってたし、まだ寝ていてもいいよ」
「起きる。見送りする」
藍斗の家に到着したという事実に意識がはっきりしたのか氷雨は急に覚醒したように元気になった。
どうしても見送りしたい――というよりも、藍斗がどんな所に住んでいるのか確認しようとしているのだろう。もう一度、眠る気配もないので藍斗は氷雨と一緒に車を降りた。
「今日はありがとうございました」
涼花が開けてくれた窓から中に向かって礼を伝える。
「こちらこそ、今日はありがとう。またいつか、会いましょ」
「はい。お父さんもありがとうございました」
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない、が……会えてよかったよ。またいつか」
「はい」
挨拶を済ませていると氷雨が家をじーっと見ていた。なんの変哲もない、二階建ての一軒家。両隣も同じような感じで町中にある、といった言葉がよく似合う土雷宅だ。
「いたって普通の家で別に面白くもなんともないでしょ?」
「うん。想像してたのと全然違う」
はっきりそう言った氷雨に苦笑しつつ、藍斗は質問する。
「逆に氷雨は俺がどんな家に住んでると想像してたの?」
「豪邸。しかも、超がつくほどの」
「豪邸はないなあ」
「それか、神々しい神殿に住んでると思ってた。藍斗みたいに神様のような心意気の人は生きてきた環境が違う」
「神殿もないなあ。俺は極々一般人だからね」
「尊敬」
「するようなことじゃないと思うけど」
感心しながら拍手をされて悪い気はせず、藍斗は少しだけ天狗になりそうになる。
けれど、いつまでも家の前で話していて後で母親からあの子は誰?と聞かれると面倒になる。友達と答える分にはいいが根掘り葉掘り聞かれるのは嫌。
という訳で、藍斗は早々に解散することにした。
「今日はありがとう。氷雨と遊べて楽しかったよ」
「私も。ありがとう」
「じゃあ、またね」
「うん、また」
バイバイ、と手を振って挨拶が済んでも氷雨が車に乗る気配がない。
「車、戻らないの?」
「藍斗が玄関に入るまで見送る」
「いやいや、氷雨が戻ってくれないと入りづらいんだけど」
「大丈夫。気にすることはない」
「え〜……もう、しょうがないなあ。じゃあ、入るから氷雨もすぐ戻ってよ」
「任せて」
親指を立てて、自信満々な顔を作る氷雨に笑みを溢しつつ藍斗は自宅に歩を進める。
「あ、そうだ」
そこで、思い出した。
これだけは言っておこうと決めていたことを。
振り返れば氷雨が不思議そうに首を傾げる。
「涼花さん達と過ごせるようになってよかったね。存分に楽しんで」
「うん、楽しむ」
「じゃあ、また」
最後にもう一回手を振って藍斗は玄関に入る。扉を閉めて、鍵はしない。扉に耳をくっつけて外の音に集中する。車のドアが閉まる音と走り出す音が聞こえた。
外に出ると車は遠くまで行っていた。
無事に見送ることが出来たのと。今日一日、予想外なことも起こったけど総合して楽しかったことに満足して、藍斗は帰った。
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