第23話 一緒に悪いこと

「ふう……ご馳走様でした。満足満足」

「顔を見れば分かるよ。すっごく幸せそうにしてる」

「うん、凄く幸せ。藍斗とこうやって遊べてることも。美味しい物を食べられてることも。だから、改めて、ありがとう。花見に誘ってくれて」

「俺の方こそだよ。断らないでくれてありがとう」

「じゃあ、次の屋台に向かおう」

「そうしようか」


 次の屋台はカステラでその次は唐揚げ。

 屋台はまだまだ並んでいて、氷雨は本当に全ての屋台を制覇する勢いのままに購入していく。藍斗は荷物持ちを徹底して担った。

 けど、流石に腕が限界を迎えた。重たくはなくても氷雨の購入する量が多すぎて支えるのにバランスが悪くなる。このままだと何か落としてしまいそうだ。


「氷雨。一回、戻ろう。もうこれ以上は持てそうにないや」

「まだ残ってるよ?」

「それは、また後で来よう」

「……そうする」


 少し落ち込んだように見えたがこればかりは仕方がない。

 という訳で、一度涼花達の元へと戻った。


「これは、また、たくさん買ったわね……」


 藍斗が手にしている数々のメニューを見て、涼花が額に手を当てる。その様子からして、呆れているのだろうか。


「今は置きに来ただけ。また買いに行ってくる」

「待って。まずはこれを食べてからにしなさい。土雷くんにこんなにも持たせて。荷物持ちじゃないんだから氷雨も持ちなさい」

「いや、これは、俺が言い出したことなんで大丈夫ですよ」

「そう。藍斗が親切にしてくれた。藍斗は優しい」

「氷雨と土雷くんの言う通りだ。氷雨みたいにか弱い女の子に運ばせるなんて男のすることじゃない。氷雨の好感度を上げたのは気に食わないがよくやった」

「あなたは黙っててくれる?」

「……分かった」


 涼花に言われた通り、口を閉じた雨太が藍斗の手から料理を受け取りレジャーシートに並べていく。


「いい、氷雨。あなたは限度というものを覚えないとダメ。いくら、食べられるからってたくさん買って食べられなかったら勿体ないでしょ」

「大丈夫。お母さん達がいない間に胃袋はより鍛えられた。残さず食べられる」


 鼻息を出した氷雨は得意気な表情を浮かべる。俗に言う、娘のドヤ顔を見て涼花はため息をついた。


「ちゃんと考えないと食費として渡してる金額を下げるわよ」

「そんなっ……!」


 よっぽど効果があったのかドヤ顔だった氷雨の表情が衝撃の色に一瞬で染まった。


「私もね、氷雨が寂しい思いをしないように一人でも楽しんで生活してほしくて毎週あれだけのお金を振り込んでるの。だから、そういうことはしたくない」

「うん……」

「それに、氷雨は沢山食べられても周りはそうじゃないの。せっかく、早起きして握ったおにぎり……土雷くんに食べてもらわなくていいの?」

「それは、ダメ。食べてほしい」

「じゃあ、土雷くんは屋台のメニューを食べなくてもいい?」

「それも、ダメ。来たんだから食べないと」

「でしょ。今は全部を少しずつみんなでシェアして食べる。じゃあ、氷雨も我慢しないと」

「……分かった。我慢する」


 微妙に納得してない氷雨が渋々といった様子で頷いた。涼花は母親だから納得していないことを見抜いているのだろう。藍斗でも見ていて分かったのだから。苦笑して頭を撫でている。


「ほら、おにぎり食べてもらおう」

「うん」


 涼花がカバンの中から丸められたアルミホイルを取り出し、氷雨に渡す。それを持って、氷雨が正面までやって来た。


「荷物持たせてごめん。それから、ありがとう」

「ううん、俺の方こそなんかごめんね。俺がもっと持てたらよかったんだけど」

「そんなことない。藍斗のおかげでこんなにも買えた。だから、これ食べて体を労ってほしい」

「うん、ありがとう」


 氷雨から筒状のアルミホイルを受け取るとずっしりとした重みを感じた。この中に、話にあった氷雨が握ったらしいおにぎりが入っているのだろう。

 包みを剥がせば少々不格好に丸くなったおにぎりが姿を現した。


「いただきます」


 握ってからかなり時間が経っているためかご飯は既に冷たくなっている。具は何もなく、塩と巻いている海苔だけのシンプルなおにぎり。


「どう……? 美味しい……?」


 少しばかり不安そうな氷雨から聞かれる。

 もじもじと居心地悪そうにしていて、あまり料理は得意ではないのかもしれない。


「うん、美味しいよ。塩の量がちょうど舌に合ってて食べやすい」

「そっか……よかった」


 特筆すべき点はなく、あまり失敗することもないであろうおにぎりは褒めるのが難しく、感じたことをありのままに伝えた。実際、塩加減が藍斗の舌に合っているし氷雨の手作り、というのが加点としては大きい。そこに他意はないはずなのに藍斗の中ではかなりの高得点だった。

 それが、功を制したようで氷雨は安堵するように胸をに手を当てている。


「じゃあ、次の分。はい」

「これを食べ終わったら食べるね」

「まだまだおかわりあるから、どんどん食べて」


 まだ一つ目も完食していないというのに何も持っていない手に新しいおにぎりを持たされる。


「氷雨。お父さんには?」

「お父さんは自分で取って」

「キィィィィィ!」

「なんか、ごめんなさい……はは」


 褒めたことがよっぽど嬉しかったのだろうか。早く食べないかと氷雨が手元をじーっと見てくる。雨太の相手なんて一切せずに。

 娘に構ってもらえない腹いせなのか、雨太に睨まれ藍斗は少し肩身を狭くしながらおにぎりと屋台で買ってきたばかりのメニューを楽しんだ。


「あ、すみません。ちょっとトイレに」


 そうして、しばらく時間が経ってからのこと。

 トイレと言って藍斗は氷雨達の元を離れた。人混みの中をトイレを目指して進み、用を済ませる。

 それから、藍斗は氷雨達の元へは戻らずに屋台を見に行った。


「氷雨が買えなかったのはこことここと」


 氷雨が、というよりは自分の腕の限界で買うことが出来なかった屋台の料理を購入する。残りの三店舗分購入してから藍斗はたこ焼きを食べた場所へと戻り、スマホで氷雨を呼び出した。涼花達には内緒で来てと付け加えて。

 涼花の言っていたことは最もだと思う。

 買うだけ買って、食べ切れないと勿体ないというのは藍斗も同意見だ。


 それに、母親からすれば娘の体型を心配していたりという、親の心子知らずな思いがあるのかもしれない。

 でも、氷雨は別に心配されるような体型をしていない。消化がいいのか腕や足は細いし出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。つまるところ、問題がない。


 そして、何よりも氷雨が満足出来しないまま今日を終えることは迎えたくなかった。


「おまたせ」


 少し待っていれば氷雨が不思議そうにしてやって来た。


「涼花さん達はレジャーシート?」

「そうだけど……どうしたの?」

「これ、買えてなかった屋台の分」

「えっ」


 袋を掲げて見せれば、氷雨の目が丸くなる。


「氷雨、あんまり納得いってなかったでしょ? だから、涼花さん達には内緒で食べちゃおう」


 優しくしてくれた涼花を裏切るような真似をするのは心苦しい。けれど、そういうのは一旦考えないようにして指を立てて内緒ということを主張する。ちょっとだけ氷雨を見習って得意気な笑みを浮かべながら。

 すると、みるみる内に氷雨の顔が喜びに満ちていく。


「藍斗は悪の大王様」

「これを食べたら氷雨も仲間入りだけど、どうする?」

「共犯者になる。私達は、仲良し極悪人」

「向かうところ敵なしだ。はい、どうぞ」

「いただきます」


 買っておいた料理――まずは、焼きそばを勢いよくすすり始める氷雨はとても幸せそうに目尻を下げている。


「ふふっ。藍斗はやっぱり神様」

「神様なら人に悪行を強いたりしないと思うよ」

「強いられてない。私は自ら悪の道を進んだ。一緒に悪いことするの楽しい」


 美味しい物を食べて。一緒に悪いことが出来て。氷雨の中では楽しいこと尽くしなのだろう。これでもかというくらい口角を上げている。

 そんな笑顔を見せられたら悪の道に進むのも悪くない、と思えてしまう藍斗だった。

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