第22話 食べさせてもらった
しばらく歩けば、たくさんの屋台がズラッと向かい合うような形で横並びになっている二列を目の当たりにした。
屋台からは活気のいい品名を叫びながら客を誘おうセリフが次々と聞こえてくる。
「何から食べる?」
「端から食べる」
食べ物の質問をしたつもりだったが予想の斜め上の答えが返ってきた。
「食べたいの絞っていった方がいいと思うよ。氷雨の胃袋でも流石に全部は厳しいだろうし。それに、お金だって無限にあるわけじゃないからね」
涼花から渡されたのは五千円。屋台の料金は最低でも三百円はするだろう。単純に五千円を二人で分けたとしても一人が食べられる屋台メニューの数は五品くらいが妥当だ。
藍斗は五品も食べたら満腹になるし、そもそも、頂いたお金をきっちり半分にするつもりもないから氷雨の方が多く食べられる。
だからといって、端からズラリと並んでいる屋台の全てを網羅出来ることはない。金銭的にも胃袋的にも。端から食べていって氷雨が食べたい物が後半にあって食べられないとなるのは可哀想だ。
しゅんと落ち込んだ氷雨を藍斗が見たくなくて言ったのだが、氷雨は得意気な笑みを浮かべる。それから、財布を取り出した。
「私だって、お金は持ってきてる。お母さんは知らない。この一年で私の胃袋が成長していることを」
「どういう心情でそのセリフ吐いてるの?」
「これで、お金の心配はなし。買いに行こう」
氷雨に手を引っ張られ最初の屋台に到着した。
ここは、たこ焼きが売られている。お店の人がくるくると上手にたこ焼きをひっくり返していて、氷雨は目を輝かせて食い入るように見ている。
「いらっしゃい」
「十個入りのたこ焼き二つ」
「あ、すみません。一つでお願いします」
十個もたこ焼きを食べてしまえば藍斗のお腹はかなり満たされる。まだ他にも食べるものはたくさんあるのに序盤でそんなことになるのは嫌だ。
という訳で、気を利かせて注文してくれたであろう氷雨には悪いが急いで訂正した。
まさか、勝手に注文されるとは思っていなかった藍斗も驚いたが、訂正したことに氷雨も驚いたらしい。目を丸くして「どうして……?」と漏らした。
「たこ焼き、嫌い?」
「そんなことはないけど、まだ他の屋台も見れてないからお腹は空けておきたくて」
「この匂いに勝てるなんて藍斗は僧侶?」
「勝ててなんかないよ。めっちゃ美味しそうに見えてるし。だから、氷雨がよかったら一個だけ貰ってもいいかな?」
「藍斗と食べたいからいい。分けっこする」
「ありがとう」
よし、と藍斗は氷雨に気付かれないように拳を握った。これで、氷雨が食べる量を少しでも減らすことが可能となった。
たくさんの種類のメニューを食べたいのなら一品ずつの量を減らしていけば、一品でも多くの種類を食べることが出来るだろう。
「あいよ。たこ焼きお待ち。サービスしといたから二人で仲良く食べてくれよ」
「ありがとう、おじさん!」
「ヘヘっ、いいってことよ」
藍斗の作戦を氷雨もたこ焼き屋のおじさんも知る由がない。気を利かせてくれた優しいおじさんに嬉しそうな氷雨。
藍斗はなんとも言えない気持ちになってその場を離れた。
「一回一回戻るのは大変だし、どうする?」
「まとめて購入して戻ろう」
「そうだね。その方がいいと思う」
「でも、その前にたこ焼きだけここで食べよう。お腹空いた」
ついさっき、盛大に鳴ったばかりの氷雨の腹の音を思い出せば藍斗もダメだとは言えず。人の邪魔にならない場所にまで移動してたこ焼きが入っている容器を開けた。
ソースや青のりのいい香りが勢いよく解放されて鼻腔を刺激する。
「四個もサービスしてくれてる」
「ほんとだね」
「あのおじさんは神様。おじ神って呼ばないと」
「氷雨はすぐに神様認定するね」
「タダで食べさせてくれる人は神様みたいな心の持ち主だから当然の称賛」
「今回はお金も払ってるのに?」
「だから、位は藍斗神より下。藍斗は私の中で最高神」
「そう言われると悪い気はしない」
「おじさんも神様になって嫉妬?」
「してないよ、嫉妬なんて」
「大丈夫。藍斗が一番だから」
本当に嫉妬なんてしていないのだが、氷雨はこちらのことを分かりきったような顔で肩に手を乗せてくる。
「そんなことより、たこ焼き食べなよ。俺が支えてるから」
「ありがとう。いただきます」
手に伝わる熱がかなりのものではあるが、持てないことはなく、藍斗は氷雨が割り箸で掴んだたこ焼きを口にするのをじっと見守った。
「はふっ。はふっ」
たこ焼きは思ったよりも熱かったらしい。白い息を出しながら氷雨がジタバタと足を動かせる。
「美味しいっ……でも、熱い。でも、止まらない」
「火傷には気を付けて」
「むん」
頷きながら、氷雨はたこ焼きをパクパク口にしていく。口に合ったのだろう。掃除機のようにたこ焼きが氷雨の口へと吸い込まれていく。
一つだけ譲ってもらう、という話を覚えているだろうかと藍斗は少し心配になった。氷雨の胃袋への負担を少しでも減らせれば、という気持ちでたこ焼きを譲ってもらいたかったが今は食べたい思いが強くなっていた。
ソースの香りをこれでもかというくらい鼻にしながら、目の前の氷雨がそれはもう美味しそうに食べるのを目の当たりにする。こんな状況で食欲が唆られない訳がなかった。
これで、氷雨が話をすっかり忘れて完食してしまえばショックを受ける。一つだけ残しといて、と言おうかと思った時だ。
「はい、藍斗。口開けて」
そんなセリフと共に割り箸で掴まれたたこ焼きが氷雨の手によって口元に差し出された。藍斗は宙に浮かぶたこ焼きを見て、目を丸くする。
「あ、冷ますの忘れてた。ちょっと待って。ふーふー」
氷雨が息を吹き掛ける度にたこ焼きから立っている熱気が広々とした空へと消えていく。
「よし、これで大丈夫。はい」
もう一度、たこ焼きが氷雨の手によって口元に差し出される。確認するまでもなく、これは、食べさせようとしてくれているのだろう。
女の子に食べさせてもらう、という状況的には嬉しいシチュエーションではあるが、藍斗は羞恥心みたいなものに阻まれて躊躇う。ゆっくりとたこ焼きが入るくらいに口を開ければ氷雨が手を伸ばした。
唇に触れたたこ焼きはまだ熱くて、口に入れても小さな爆弾が爆発したように中が高温で満たされていく。
それでも、ソースの味と生地のトロトロさ、弾力のあるタコが噛み合ってとても美味しかった。氷雨の手が止まらなかったのもよく分かる。
「美味しい?」
「うん」
「もう一つ、食べる?」
「……うん」
「はい」
また氷雨に食べさせてもらう。小っ恥ずかしい気持ちが強くて藍斗は目を閉じながら咀嚼する。
「藍斗が味を噛みしめてる」
「そういう訳じゃないんだけどね」
誤解したらしい氷雨は首を傾げる。その様子から今の行為について何も気にしていないのが分かった。
どうすれば氷雨は照れたりするのだろうか。
そんなことを考えながら氷雨を見ていれば目が合った。氷雨はふっと小さく口角を上げる。
「藍斗も熱々を食べられてよかった。出来立てが一番美味しい」
「そうだね」
美味しい物を共有出来ただけで氷雨は嬉しいのだろう。藍斗からすれば的外れではあるが、氷雨が喜んでいるのなら問題はない。
「あんまり涼花さん達を待たせるわけにもいかないしパパっと食べて続きの買い物済ませようか」
「うん」
「俺はもう満足したから残りは氷雨が食べて」
「やった」
残りのたこ焼きを氷雨は次々と口に入れていく。目尻を下げて、頬いっぱいに頬張る姿はなんだかハムスターを彷彿とさせる。
可愛いなあ、と藍斗は癒された。
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