第20話 やきもち
車を走らせること小一時間。花見会場に到着した。
車を降りて、会場の中を軽く散策する。
「一面、人人人。ピンクピンクピンク。屋台はどこ?」
上と下を見れば、ピンクの花弁が空と地面を覆い尽くし、周りを見ればその空間を大勢の花見客が覆っている。
お目当ての屋台が見つからず、氷雨が残念そうに呟いた。
「氷雨。お母さんと一緒に屋台の場所を確認しておいで。僕と土雷くんで陣取りをしておくから」
雨太がそう提案し、藍斗は内心で悲鳴を上げた。
どうにかして、屋台の場所を探す役割に変えてもらえないだろうか。と、考えている内に氷雨が手を額に当てて敬礼のポーズを取った。
「分かった。藍斗、陣取りはお願い。屋台は任せて。必ず見つけて来る。この嗅覚に誓って」
「うん、お願い……」
「行こう、お母さん」
氷雨の姿は涼花と共にすぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。藍斗は雨太と二人きりになってしまい、背中を冷や汗が流れ落ちた。雨太の機嫌を損ねてしまわないかと変な緊張がある。
「さて、と。僕らも始めようか」
「はい。一応、レジャーシートは持ってきてます」
「そうか。なら、場所を探そう。座れるなら、人が少ない静かな場所がいいな」
「そうですね」
とは言いつつ、辺りを歩いてみてもそんなに都合のいい場所はなかなか見つからない。桜が満開の場所のほとんどが先に来ている花見客で埋め尽くされている。
「どこもかしこも人ばかりだな」
「花見シーズンですから」
「仕方がない。もう少し、あっちの方を見に行こう」
雨太が指差した方向は桜の花弁が散って、ピンクが少なくなっていた。それでも、実際に見に行けば人は多い。ただ、桜が満開の場所よりは空いているのは確実だった。
「ここにしよう。気持ちばかりの桜でも見ると楽しめるだろうし」
「ですね。それに、氷雨さんも花より団子って感じの娘さんですしね」
「それは、娘には色気がない、ということかな?」
「あ、いや、決してそういう意味ではなくて」
「それでいいんだ。娘に色気なんて十年は早い。食いっ気だけで十分だ。頬いっぱいに詰め込む姿が可愛いだろう?」
「そうですね」
「君は同意しなくていい」
「ええ……」
何を言っても雨太とは会話が噛み合わない。氷雨との方がよっぽど会話が成立する。
もう黙って準備していよう、と藍斗はレジャーシートを取り出して広げていく。家には小学生の頃に使っていた戦隊モノのレジャーシートしかなくて、昨日のバイト終わりに購入したものだ。氷雨と二人という前提で買っていたため、サイズは小さめ。四人で座るのは難しいだろう。
立っていよう、と藍斗が自分を座る人数から外して桜の樹の下にいれば雨太がもう一つ大きいサイズのレジャーシートを広げ始めた。
「そんなところに立っていないでこっちを手伝ってくれないか」
「あ、はい。手伝います」
雨太の機嫌を損ねないようにバイトで鍛えられた速度で藍斗は手伝う。
「お父さんも持ってきていたんですね」
「当然だ。君は僕達が同行することを知らないんだからこうなることを予想していたんだ」
「流石です」
「それに、君は女の子を地べたに座らせるデリカシーも気遣いも配慮も足りない相手だと思っていかたらね」
普通に話そうとしても、雨太からは胸が傷付くようなことばかり返ってくる。やっぱり、黙って作業する方がいい、と藍斗が口を閉じれば。
「僕のことが苦手かい?」
「いや、苦手とかでは」
「嘘はつかなくていい。僕は君が苦手――いや、嫌いだ」
「ええっ。俺、お父さんに何かしましたか?」
薄々感じてはいた。が、いざそう言われてしまうと驚きの方が大きい。雨太と会うのは藍斗にとって今日が初めてだ。なのに、既に嫌われている。原因がどれだけ考えても浮かばない。
「氷雨と仲良さそうにしているじゃないか!」
「……それの何が駄目なんですか?」
「僕が氷雨と会えない間に君は氷雨と仲良くしている。それが、許せない!」
「それの何が駄目なんですか?」
理由が藍斗にとってはさっぱり意味が分からず、二度も聞いてしまった。
「羨ましいからだ」
いい大人が何を言っているんだ、と藍斗はついつい口から出そうになって思い留まる。本気でそう思ったが相手は初対面で自分を嫌っている。そんなことを口にしてしまえばますます嫌われてしまうのは容易に想像出来た。
だって、雨太は氷雨のことが大好きなのだから。
大好きだからこそ、仕事の都合で愛する娘と離れ離れになり、なかなか会えない間に知らない男が娘と仲良くしているのだ。
雨太にとっては憎い相手なんだろう、と藍斗は嫌われている理由に納得がいった。
「今日は藍斗にパフェを奢ってもらった。今日は藍斗にゲーセンに付き合ってもらった。今日は藍斗に勉強を教えてもらった。今日は藍斗と牛丼を食べに行った。ここ最近、口を開けば氷雨は君の話をするばかり。以前なら、食べたご飯の内容を話すくらいだったのに」
そんなに氷雨が自分の話ばかりをしているのだろうか。本当にそうならば、と想像してしまい藍斗は体の芯から熱くなった。
「君は氷雨のことをどう思っているんだ? 好きなのか?」
まただ。またこの質問だ。つい先日、元クラスメイトからも同じことを聞かれた。あの時も今も藍斗の答えは変わらない。
「よく、分からないです。友達として仲良くしているし氷雨さんといる時間が楽しいのは確かです。今日だって、氷雨さんと遊びたくて誘いました」
「それは、氷雨を都合のいい相手としか見ていないということかい?」
「そんな風には見てません。神に誓って」
恋愛対象として氷雨を見ているのかどうかはまだ分からない。いつ気付くのか。もう、好きになっているのかこれから好きになるのか。そんなものは今の藍斗にはさっぱりだ。
でも、氷雨を都合のいい相手、と見ていないことは絶対にない――と言い切り、藍斗は思い返した。
氷雨と遊びたいと思った時、暇潰しの相手になってほしかった。
それは、雨太の言う通りではないだろうか。
「ちょっと待ってください。自分でもよく分からなくなってきました。俺は氷雨さんと遊びたくて誘ったんでしょうか? それとも、暇潰しのために氷雨さんと遊ぶのは楽しいから誘ったんでしょうか?」
「僕に聞かれても分かるはずがないだろう」
「そうですね。じゃあ、整理する時間をください」
改めて、藍斗は考える。氷雨をどうして誘ったのか。
暇潰しのために、氷雨となら楽しい時間を過ごせるから誘ったのか。友達として、氷雨と遊びたかった――会いたかったから誘ったのか。
どっちもある。どっちもあるからこそ、決まらないし決められない。正しいのか定まらない。
そうして、あれこれ考えて頭が混乱してきた頃、ため息の音が聞こえた。雨太のだ。
「はあ……君が氷雨のことを真剣に考えてくれているのは分かったからもういいよ。意地悪なことをしてすまないね」
「えっ」
「氷雨が教えてくれたんだよ。友達が出来たって。嬉しそうに。でも、氷雨は少し独特だからいいように騙されたりしていないか心配になってね。君のことを確かめさせてもらったんだ」
これまでの、どこか嫌悪な雰囲気が雨太からなくなり、そこにいたのは本当に娘思いな父親だった。
豹変の仕方に藍斗は未だに信じられないが。
「なんだ、そういうことだったんですね……安心しました」
「色々と嫌な気持ちにさせてしまったね。僕は氷雨のことが凄く心配なんだ。幼い頃から、友達と遊んだりすることも少なくて、興味があるのは食べ物ばかり。感情の起伏も会話も独特」
「確かに。氷雨さんは独特ですね。たまに、この返事であってるのかなって迷います」
「だろう。ずっと一緒にいる僕達は氷雨を理解しているけど君はそうではないからね。もし、君が氷雨に嫌気をさして友達でなくなれば氷雨は悲しむことになる。だから、君が氷雨をどう思っているのか知りたかったのさ」
「俺は氷雨さんに嫌気がさすってことはないです。独特な言い回しも聞いていて楽しいし、感情の起伏だって美味しい物を食べたら笑顔になったり、嬉しくなったらジャンプしたりする癖とかちょっと分かりづらくても分からないことはないし、可愛いし。見ていて飽きません」
氷雨と過ごした時間は雨太や涼花と比べて圧倒的に少ない。
でも、藍斗だって氷雨のことを何も知らないことはない。少なくても、氷雨の色々な姿を見てきた。そのうえで、こうして友達でいるのだ。
「そうか。なら、これからも氷雨と仲良くしてあげてほしい。よろしく頼む」
「はい。でも、よかったです。俺のことを嫌いってのも意地悪で」
「何を勘違いしているんだい。あれは、本音だよ」
「ええっ!?」
「氷雨に友達が出来たことは喜ばしいがそれとこれとは別だ」
「そんな無茶苦茶な……」
「いいかい。もし、氷雨の食欲が失せるようなことをすればどうなるかくれぐれも肝に銘じておきたまえ」
「は、はい」
氷雨の食欲が失せるようなことがあれば雨太からどんな目に遭わされるか考えただけでもゾッとする。背筋を伸ばして、藍斗が気を引き締めていれば。
「こんな所にいた」
屋台を見てきた氷雨と涼花が戻って来た。
「あ、ごめん。場所の連絡してなかった」
「ううん、いい。それよりも、藍斗。お父さんと二人で何もされなかった?」
「何もしてないよ。それより、仲良くなったくらいさ。な、土雷くん」
「お父さんには聞いてない。それに、お父さんは私以上に藍斗と仲良くなるの禁止。藍斗は私の友達」
自分の物を取られないとするように氷雨が藍斗を守るように立った。無意識の行動だろうが、涼花が微笑ましい視線を向けてくるので藍斗はなんだか気恥ずかしい。
「何もされてないから大丈夫だよ。ちょっと、親睦も深まった? と思うし」
「藍斗」
「何?」
「藍斗もお父さんと私よりも仲良くなるのは禁止。分かった?」
「う、うん」
凄く真面目な顔で氷雨に言われてしまった。
氷雨よりも雨太と仲良くなることなんてないが、氷雨のヤキモチみたいなものを感じて藍斗は可愛いと思った。
頷いて答えれば、氷雨は満足気に大きく首を縦に振る。悔しそうな雨太なんて眼中にもない様子で。
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