第18話 会えるの楽しみ

 しばらくすると、氷雨からもう一度着信がきた。


『さっきはごめん』

「ううん、大丈夫。それよりも、グミは食べた?」

『食べた。今も食べてる』


 所々でモグモグと氷雨が咀嚼している音やゴクンと呑み込んだ音が聞こえてくる。それが、聞き心地がいい音で藍斗はリアルASMRだと感動した。


『それで、藍斗は花見に行きたいの?』

「あ、うん」


 ちゃんと内容が氷雨に伝わっていたようだ。

 さっきは話の流れの中で言っただけだから、改めて誘おうとする。

 しかし、もう一度誘おうとすれば凄く緊張した。

 何しろ、誰かを遊びに誘うのはこれが初めてなのだ。言葉の整理が上手く行えない。


「テレビを見てたらさ、花見会場で屋台がいっぱい出てたんだ。それで、氷堂さんと行けたらいいなって思ったんだけど……どうでしょう?」


 行こう、じゃなくて決定権を氷雨に委ねてしまう誘い方にこれまで座布団の上にあぐらをかいて神様にでもなったかのように余裕をこいてきた自分が嫌になった。

 そして、いつもゲームや遊びに行くことに誘ってくれる太一がどれだけ勇気があって凄いのかを理解した。


『屋台……行く!』


 即答で合意をもらえたことに藍斗はそわそわしていた体を落ち着かせ、一息つく。


『いつ行く? 明日? 今日?』

「そんな急に……氷堂さんはいつが空いてる?」

『いつでも大丈夫。だから、これからでもいい』

「いや、ごめん。これからはちょっと。さっき、昼ご飯食べたばかりでお腹の方があんまり空いてないんだ」

『それは、仕方がない。行って何も食べないというほど辛いことはないから諦めよう』

「ごめんね、俺の胃袋が小さいばかりに」

『謝ることはない。人の体はそれぞれ。私だって、足は遅い。いつも、周りから置いて行かれる』


 わざわざ教えてくれなくてもいいことまで言って、励まそうとしてくれたのだと思うと氷雨の優しさが身に沁みた。


『藍斗はいつなら行ける?』

「明後日なら大丈夫だよ。明日は昼からバイトが入ってて」

『分かった。明後日にしよう』

「ありがとう。会場なんだけど、電車じゃないと行けないから待ち合わせは電車の中でもいいかな」

『いいよ。私が見つける? 藍斗が見つけてくれる?』

「行き先的に俺が氷堂さんを見つけるよ」

『じゃあ、藍斗の乗ってる電車がホームに入ってきたタイミングで両手振ってアピールする』

「あ、うん。ほどほどにね?」

『任せて。藍斗が見つけやすいように頑張る』


 主張し過ぎないように小さく両手を振るくらいなら可愛いものだが、もし両手を高々と上げていたりすれば周りの迷惑にもなるし、氷雨が変な目で見られてしまうだろう。なるべく、早く見つけて合流しなければと藍斗は使命感を抱いた。


「電車の時間は後で調べて送るね」

『何から何までありがとう。藍斗は頼りになる』

「そんな……俺から誘ったんだし、これくらいするよ」


 太一がそうなのだ。

 遊びに行く時は、行き先も待ち合わせ場所も時間も全て設定してくれる。おかげで、藍斗は何も考えずとも楽しい時間を過ごせている。

 それを、氷雨にも提供したいと張り切っているだけ。


「じゃあ、また明後日に」

『うん。藍斗と会えるの楽しみ。バイバイ』


 通話が終わり、藍斗はスマホを持ってリビングに向かう。コップに水を一杯注ぎ、体に流し込んだ。


「ふぅ」


 氷雨を遊びに誘う。

 ただそれだけなのにどっと疲れたような気がする。


「でも、誘えた」


 それが、嬉しい。小さくガッツポーズしてしまうほど。


「そうだ。電車の時間、送らないと」


 急いで電車の時間を調べて、氷雨に送る。

 すると、間髪入れずに氷雨から「ありがとう」という返事が送られてきた。こんなに早く既読がつくとは思わずに藍斗は少し驚いた。

 それから、あることに気付いた。

 アイコンだ。氷雨はアイコンを藍斗がプレゼントしたハンバーガーのぬいぐるみに設定していた。


 アイコンにしてくれるほどぬいぐるみを喜んでもらえたのだと思うと藍斗はプレゼントしてよかったな、と心の底から思った。



 その日の夜、藍斗が晩ご飯を食べていると氷雨からメッセージが送られてきた。

 内容は写真だ。

 ピザが二枚とコーラらしき飲み物。それと、氷雨の指だろうか。ピースサインをしている。


『今日はいいことがあったから一人でパーティー。イエイ』


 ピザ二枚を食べる氷雨の相変わらずな胃袋に感心しつつ返事を送る。


『いいね、美味しそう』

『チーズがたまらない。藍斗の晩ご飯は?』

『生姜焼きだよ』


 生姜焼きの写真を撮って、氷雨とのトーク画面に載せる。


「……お兄ちゃん、なんで写真撮ったの?」

「ちょっとな」

「ちょっと、なに? ねえ?」


 隣から愛澄が聞いてくるが藍斗は氷雨とのやり取りに夢中で相手にしない。


『生姜焼き、美味しそう……じゅるり』

『美味しいよ。生姜焼きの時はご飯おかわりするんだ』

『私なら白米三杯はいける』

『マウント!?』

『ふっふっふっ』

『得意気になってる……!』

『藍斗も早く私の領域にいらっしゃい』

『が、頑張れたら?』

『頑張らなくていい。ここは、断らないと。せっかく、美味しく食べたご飯をもどしたりしたら勿体ない』

『な、なるほど。勉強になる』

『無理のない範囲で美味しく食べるのが一番』


 まったくもってその通りだと、珍しい氷雨の正論に藍斗は感動を覚えた。

 そして、氷雨とのやり取りが楽しい。

 ついつい、笑みを溢してしまう。


「お兄ちゃんがスマホ見て笑ってる……怖い」


 早く明後日になってほしい。

 ワクワクしていた藍斗は愛澄が頬を膨らませていたことなど気付きもしなかった。



『ごめん、藍斗。私のマンションまで来てほしい。理由は聞かずに』


 氷雨と約束していたお花見の日。

 電車の時間に間に合うように用意を済ませ、後は家を出るだけだという時に氷雨から送られてきた。

 何事だろう、と藍斗は首を捻った。

 とりあえず、了解の意図の返事をして藍斗は氷雨のマンションを目指す。氷雨の最寄り駅までは十駅も離れている訳じゃない。すぐに着いた。

 そこから、一度だけ氷雨を送る時に歩いた記憶を頼りにマンションに向かう。


「あっ。藍斗ー」


 マンションの前まで来れば、氷雨がいた。

 こっちに気付いた氷雨が手を振ってくる。

 そんな氷雨の背後に二人の大人が立っていた。

 誰だろう、と思いつつ氷雨に小走りで駆け寄る。


「久し振り、氷堂さん」

「久し振りだね、藍斗。来てくれてありがとう」

「ううん、大丈夫だよ。それより、理由は聞かずにって書いてあったけど、どうかしたの?」

「藍斗に紹介したい人がいるのと藍斗を紹介したくて」


 言っていることがいまいち分からず、首を傾げると氷雨の背後にいた二人の大人が前に出てきた。

 男性と女性だ。

 男性は何やら機嫌が悪そうで。女性は人当たりのいい笑顔を浮かべている。


「私のお母さんとお父さん。藍斗に紹介」

「……なんで?」

「二人も一緒にお花見に行くことになった」

「……本当になんで?」


 藍斗の頭は理解が追い付かずに混乱した。

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