第17話 嬉しくなったからグミ食べる

 しばらくして、既読の文字が少しずつ増えていき、一気にクラス半分以上の数字が付いた。


『え、氷堂さん?』

『土雷って氷堂さんのことが好きなの?』

『土雷くんってそうだったの?』

『意外だわー』

『なんか、知らない間に面白い話題が降ってるんだが!?』


 そして、藍斗の望んでいない返事にもならないことが次々とトーク画面を埋め尽くしていく。といっても、それは見ている全員分ではない。面白味半分で食い付いてきた数人だけが変な推測をしているだけで、大半がスルーしている。

 クラスで目立っていた訳でもないので、これだけ反応が得られたら十分なところだ。望んでいる内容を誰も送ってくれないのが虚しいが。


『で、どうなんだよ、土雷。氷堂さんのことが好きなのか?』


 かつて、同じクラスだった男子の一人がその一文を載せた途端、それまで盛り上がっていた話の流れがピタリと止まった。

 みんな、藍斗の答えを待っている。

 そう直感したが藍斗は正直なところ、よく分かっていない。


 氷雨といるのは楽しいし、何より友達として好きだとは胸を張って言える。

 ただ、今聞かれていることは恋愛について。

 つまり、氷雨を彼女にしたいのか。氷雨と付き合いたいのか。そういうことを聞かれていると理解出来る。


 それでも、藍斗はよく分からない。

 氷雨と遊びたいと思っているのも事実だし、氷雨ともし付き合えるようなことになれば幸せだろう、とも思う。

 けれど、そんな風に氷雨のことを見ているのかと聞かれれば首を傾げざるをえない。二次元のキャラに対して憧れたり惹かれたり好きになって推すことは多々あった。でも、リアルの三次元で恋とか愛とかとは無縁の話で経験がない。

 今の氷雨に対するこの気持ちがそれに当てはまるかは微妙なのだ。


 だから、藍斗は今の気持ちをそのまま送った。


『よく分からない』


 その瞬間、一気に既読の数字が何人分も付いた。

 どうやら、返事はくれなくても話題に興味はあってみんな返答を待っていたようだ。


『つまんねー』

『はあー。暇な春休みに面白い話題が舞い込んできたと思ったのに』

『解散解散。お疲れー』


 そして、一気に散らばって行った。

 そこからは、まったくの音沙汰がなく、藍斗の額を一粒の汗が流れ落ちた。人間って酷な生き物だと理解した瞬間だった。


「諦めるしかないか……ま、これも、自分のせいなんだし納得するしかない」


 ラインを閉じようとした。その時だ。

 ピコン、と独特の通知音が一件入り、女子から友達として追加されて連絡が入った。


『私、知ってるよ。氷堂さんの連絡先』


 その一文は藍斗が目にしたかったもので、気付けばその子に対して尋常じゃない指の早さで返信をしていた。


『連絡取ってくれないでしょうか?』

『どうして、私がそんな面倒なお願いを聞かないといけないの?』

「えっ……」


 慈悲もない女子に藍斗は今更ながらに考えが回った。

 相手の女子は――ライン上の名前は、千聖ちさととなっているが名字までは思い出せない。どんな容姿だったかもうろ覚えだ。クラスで話したこともあるのかすら記憶にない。

 多少の接点があれば頼み事も聞いてもらえたかもしれない。けど、全く関わりのない相手からの頼み事を聞くほど千聖に義理はないのだ。


 愕然としていればまた通知音が鳴る。


『嘘だよ。冗談。ていうか、もう聞いたよ』

『暇人なの?』


 からかわれていただけだと知って、そう返していた。


『そんなこと言うなら結果は教えなくてもいいんだよ。ただし、氷堂さんとは連絡取れないけどね』

『ごめんなさい。謝ります。聞いてくれてありがとうございます。どうだったか教えてください』


 ついでに土下座の絵文字を十個ほど送った。

 これで、心がよっぽど荒んで汚れている人以外は揺らいでしまうだろう、という作戦だ。


『私も藍斗と連絡取りたい、って言ってたよ』

「……マジか」


 声に出ていた。気持ちが。驚きと嬉しさが混じり合ったような、よく分からない感情が。


『で、土雷くんはどうしてほしいの?』

『氷堂さんに俺の連絡先を送ってほしいです』


 自分で聞けなかった氷雨の連絡先を他人を通じて貰ったりはしない。自分のを送る。それが、せめてもの礼儀というか。氷雨へのマシな向き合いだと思うから。


『いいよ。氷堂さんもラインしてるし土雷くんのQRコードちょうだい』

『お願いします』


 藍斗は千聖にQRコードを送り、それを、氷雨に送ってもらう。氷雨から追加の合図が届くまでに藍斗は気になったことを聞いてみる。


『千聖さんはどうしてそんなに優しいんですか。正直、名字も分からないのに』

『酷いね。まあ、話したことなかったと思うししょうがないけど。別に、土雷くんのためじゃないよ。私、氷堂さんと同じ中学で、氷堂さんが土雷くんと教室で仲良さそうにしてたの見てたから』

『それだけの理由?』

『そうだよ。中学校での氷堂さんってクラスで浮き気味でいつも一人だった。ほら、氷堂さんってちょっと独特でしょ?』

『うん』

『私もそんな氷堂さんに怖気づいて、班を組む時とかいつも余ってた氷堂さんに声を掛けてあげられなかった。そんな氷堂さんが土雷くんと楽しそうに話してるの見て、嬉しかったんだよね』


 そんなに他人から見て、氷雨は楽しそうにしてくれていたのだろうか。そうだとしたら、藍斗は嬉しいと同時に少しだけ照れ臭くなった。文字のやり取りだけだと言うのに体がむず痒い。


『だから、氷堂さんは気にもしてないだろうけど、個人的な贖罪の意味を込めて氷堂さんのために協力してる感じ。ていうか、あんなに仲良さそうにして連絡先の交換してないとか信じられない。氷堂さんが抜けてるんだから、土雷くんがしっかりリードしてあげないと。二人共抜けてるって何してるの?』

『そう言われるとぐうの音も出ません』


 痛いところを突かれ、藍斗は顔をしかめた。

 言い返す言葉が見つからず、千聖の言う通りだ。


「あっ」


 スマホの画面に氷雨から友達に追加されたことを告げる表示が表れた。


『氷堂さんと繋がれた。千聖さん、本当にありがとう』

『いいってことよ。もう関わることもないだろうし後は若い二人で楽しんで。じゃあ』


 犬がバイバイと手を振っているスタンプが送られてきて、千聖とのやり取りが終わる。と、同時に、氷雨から着信があった。

 文字だけのやり取りを想定していた藍斗は慌ててスマホを落としそうになる。のをどうにかキャッチして、電話に出た。


「もしもし」

『藍斗。こんにちは』

「こんにちは、氷堂さん」


 久し振りに聞いた氷雨の声に懐かしさを感じる。


「ごめんね、氷堂さん。急に驚いたよね」

『びっくりした』

「だよね」

『でも、藍斗の名前を見たら安心した。それに、こうやって藍斗と話したかったから嬉しい。藍斗は何か急用があった?』

「氷堂さんと花見に行きたくて誘おうとして連絡取りたかったんだけど……本当は俺も氷堂さんとただ話したかったんだ」


 どうして、花見の映像を見て、氷雨を誘いたいと思ったのか気付いた。

 こうして、氷雨とただ話したかった。意味がなくてもあってもどっちでもいい。くだらなくて、他人からすればどうでもいいような内容でも何でもいいからネタにして氷雨の声を聞きたかった。

 だから、真っ先に氷雨の姿が脳裏に浮かんだ、と事実に気付いて藍斗は体が熱くなった。


『藍斗、ごめん。グミ食べてくるから切る』

「え、グミ?」

『嬉しくなったからグミ食べてくる。また後で』


 そうして、一方的に通話が切られた。

 嬉しくなったからグミを食べる。

 やはり、氷雨の行動は独特で少し変わっている。

 けど、そんな氷雨が久しくて藍斗は望んでいたことが叶って満足した。

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