第16話 清水の舞台から飛び降りる覚悟で

 昔から、他人にあまり興味がなかった。

 来るもの拒まず去るもの追わず、でやって来た。

 話し掛けられて、遊びに誘われたら参加する。でも、自分から遊びたいと思ったことや誘ったことはかなり少ない。

 それは、別に虐められて人間不信になったから、とか悲惨な過去があった訳じゃなくて、ただ生きてきて関わっていたいな、と思える相手が少なかっただけ。

 誰だって、関わりたくない相手ってのは絶対にいるだろうしそういう人とは極力関わらないようにするのと同じだ。


 ただ、そんな風に生きてきたから周りからは自然と人がいなくなり、友達と呼べる相手は少ししかいない。

 そりゃそうだろう。

 誘われ待ちばかりの人間よりも、同じように誘って誘われての関係を築ける方が関わっていて楽しいのだから。

 自分に原因があるし、後悔したこともない。

 これからも、こんな自分を受け入れてくれる相手とだけ関わっていられれば十分、と思っていた。

 誘う側ではなく、誘われる側。そんな人気もないけれど、その時を待って自分から声を掛けるようなことはない。


「――はずなんだけどなあ。氷堂さんと遊びたい」


 春休みも半分以上が過ぎたある日。

 リビングのソファに座りながら藍斗はテレビを見て、ゴロゴロ過ごしていた。

 画面に映るのは快晴の天気の中、マイクを片手に持つリポーター。取材しているのは満開の桜が咲き誇る中、花見をしに来ている人々への気分はどうかという質問だ。屋台のご飯やお酒を片手に取材を受けている人は誰もが楽しそうにしている。


 取材を受けている人もリポーターもどうでもいい。藍斗が何よりも惹かれたのは花見会場で出店している屋台だ。

 見た目だけで食欲を唆られる屋台のメニューが画面に映って何よりも真っ先に思ったのが氷雨と行きたい、だった。

 残念ながら、テレビに映っている場所は他県にあるため気軽に行くことは不可能だがスマホで調べれば電車で行ける距離でも花見が行われていて、連日屋台の出店もあるらしい。


 氷雨と行きたい。

 氷雨を誘いたい。

 でも、連絡手段がない。


 ずっとずっと、機会は伺っていた。氷雨に連絡先を聞くタイミングを。

 けれど、今だ今だと思う度に合コンで断られたことが頭をよぎり実行に至れなかった。合コンの時は話したこともない相手だったから教えてもらえなくて当然だと思う。

 でも、今は。氷雨に友達と認識されている。

 聞けば優しい氷雨のことだから教えてくれるだろうが、それでも、もしまた断られるとなるとかなりショックで聞くに聞けなかった。


 氷雨とは、春休みが終わればまた会える。

 でも、その時には桜はあまり残っていないだろう。もしかすると、完全に散っているかもしれない。屋台は限定らしいし、やっていないことは間違いない。


 本音は桜を見たい訳じゃない。

 太一との約束も済み、残りの休みをバイト先と自宅の往復をするだけの日々と考えると暇なのだ。その暇潰しに氷雨と遊びたい。遊び相手になってほしい。

 どうしてその相手が氷雨になったのかはよく分かっていない。けど、バイト中に氷雨が来ないかな、と考えてしまうほど氷雨となら楽しい時間が過ごせると確信している。

 その為にも、花見は氷雨を誘うためのいい誘い文句になるのだ。


 しかし、肝心の伝える方法がない。

 こんな風に後悔するのなら修了式の日思い切って氷雨に連絡先を聞いておくんだった。


「さっきから真顔で固まってどうしたの?」

愛澄あいす


 声を掛けながらソファに腰掛けてきたのは妹の愛澄。この四月から同じ高校に通うことになっているつい先日、中学校を卒業したばかりの十五歳。

 カップに入ったバニラアイスを食べながら愛澄が不思議そうに聞いてきた。


「なに、お兄ちゃん花見に行きたいの?」


 テレビを見て、気付いたらしい。意外そうな表情を浮かべている。


「去年までそんなことなかったのにどういう心境の変化? 年齢重ねてカッコつけてる感じ?」

「花見に行くだけでカッコよくなれるなら会場は男で溢れ返ると思うよ」

「あんな場所、明るい人格のパリピしかいないよ。そんな場所にお兄ちゃんみたいな静寂者が一人で行っても楽しめないでしょ」

「愛澄も俺と似たようなもんでしょ」


 母親を除き、土雷家は父親も藍斗も愛澄もみんな口数が少ない家族だ。家にいる時はそれなりに話すが一歩外に出た途端、急に電池が切れたように静かになり世界に溶け込む。

 だから、愛澄にも友達がほとんどいない。

 何人かとは連絡を取り合うような仲らしいが春休みもほとんど家にいる。


「行くだけ、無駄無駄。よかったね、無駄な労力使わなくて済んで。お兄ちゃんには、縁もゆかりもない場所だよ」

「ディスってる?」


 大胆にため息を漏らしながら、無駄無駄と愛澄が連呼する。どうしてなのか、愛澄はやたらと藍斗に手厳しい。氷雨と勉強して、帰るのが遅くなった日も「門限は六時なんだから早く帰らないと駄目でしょ。で、何してたの?」なんてことを言ってきた。門限なんて定められていないのだが。

 兄としての威厳がないのが原因だろう、と藍斗は考えている。こうして、舐めた口調を聞かれてもこれまで愛澄に怒ったことなど一度もない。怒るのは疲れるし可愛い妹にそんな些細なことで怒れないからだ。


「まあ? お兄ちゃんがどうしても行きたいって言うなら? 付き合ってあげないこともないけどね? 二人でならお兄ちゃんもパリピに絡まれたりしないだろうし?」


 チラチラとこっちを見ながら言う愛澄に藍斗は泣きそうになった。友達のいない兄を気遣えるいい妹に育ったなあ、と感動する。


「それに? 来年になったら、お兄ちゃんも心変わりして花見になんて一生行かなくなってるかもしれないんだし? それで、後悔するくらいなら善は急げだと思うし?」


 それを聞いて、藍斗は気付かされた。


「そうだよな。既に後悔してるんだし、ここは思い切るところだよな」

「なに? 何の話?」

「ありがとう、愛澄。清水の舞台から飛んでくる」

「だから、何の話?」


 氷雨に連絡先を聞かなくて、後悔の真っ只中なのだ。それなのに、同じ誤ちをまた繰り返すのは馬鹿だ。


「太一でも誘うの? 私が行ってあげるって言ってるし、太一は必要ないでしょ」

「太一じゃなくて、氷堂さんを誘ってくる」

「は? 誰、その氷堂さんって……ちょっと、お兄ちゃん」


 藍斗は愛澄の質問を無視して、自室に戻った。

 決めたのなら、愛澄も言っていた通り、善は急げだ。

 ただし、絶対に氷雨に繋がるとは限らない。

 もし、これで繋がらなかったら大人しく諦める。


 そう決めて、藍斗はクラスのライングループに投稿した。


『この中に、氷堂さんの連絡先を知ってる人いないですか? もし、いたら土雷藍斗が連絡取りたいって言ってるって伝えてほしいです。お願いします』

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