第15話 同じクラスに
修了式を終えて、明日から春休みを迎える。
予定としては、太一と春休み中に公開される映画を観に行くこととバイトしか入っていないが楽しみに待っていた休みだ。
クラスで特別仲良かった子もおらず、藍斗はさっさと教室を出て駅に向かう。
帰ったら何をしようか。ゲームで遊ぶもよし。マンガを読むもよし。アニメを見るもよし。期待が膨らむ。
早く帰ろうと急ぎ足で歩いていたからかいつもより駅に着くまでの時間が短く感じる。駅には、制服を着た生徒が数人いて、その中に氷雨の姿を発見した。
「氷堂さん」
「あ、藍斗」
氷雨に声を掛けて、一緒に電車を待つ。
「一年生も今日で終わりだね」
「藍斗が勉強を見てくれたおかげでテストも無事に乗り切れた。追試もないし、安心して二年生になれる」
「ほんとに俺も安心したよ」
テストが終わって数日後、返却日のこと。
一年過ごした中で一番いい成績を納めることに成功した藍斗は喜ばしい気持ちになっていた。太一には及ぶことがなかったが結果には大いに満足していると休み時間に氷雨がやって来た。
全科目の答案用紙を持って来た氷雨に「藍斗。藍斗。見て、見て」と近付けすぎて逆に見えないくらい顔の近くに押し出され、藍斗は背筋が伸びた。
この反応はどっちだろうか。
いい点数だったから嬉しくなって見せに来た、なのか。それとも、悪い点でどうすればいいのか分からずに焦って見せに来たのか。
ドキドキしながら顔を離し、氷雨の答案用紙を手に取って目を通す。そこには、赤い色の丸がたくさんあった。点数はどれも今回の平均点を少しだけ下回っていたが赤点のラインからは遠く離れている数字。
つまるところ、氷雨の成績は上がっていた。
「藍斗、凄く喜んでた」
「教えてた立場上、喜ぶに決まってるよ。氷堂さんだって喜んでたじゃん」
「あんなにいい点数を取ったのは高校生になって初めて。嬉しかった」
二人で喜び合ったことや氷雨がぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて喜びを表現していたことは今でも藍斗の記憶に鮮明に残っている。
自分の点数を思い出したのか氷雨の口元が弧を描いていた。それを見て、藍斗も気分が明るくなる。
「次も勉強、見てくれる?」
「俺でいいなら、喜んで」
「ありがとう、藍斗」
今回は、丸の数も多かったがそれ以上に間違えている問題が多かった。どうせなら、次はもっと丸の数が増えるようにより分かりやすく氷雨に教えられるようになろう。教えるのは自分の勉強にもなるし楽しかったから。
そう決意したところで電車がホームに時間通りにやって来た。氷雨と乗り込んで、席に座る。今日は時間も早いため人はあまりいなかった。
「次は藍斗と同じクラスになりたい」
「俺も氷堂さんと同じクラスがいいな。そしたら、学校生活がもっと楽しくなりそう」
「この一年はあんまりだった?」
「それなりに楽しめたよ。友達って呼べるのは太一くらいだけど、だからって、明るくて面白いクラスだったし。でも、氷堂さんと話すようになってからの方がより楽しくなった」
氷雨と初めて言葉を交わした合コンからまだ一ヶ月も経っていない。なのに、藍斗は氷雨と過ごす時間が凄く楽しいと感じている。
氷雨のちょっと天然な発言を聞くのも幼い動作を見るのも楽しくてしょうがない。合コンで余っていた者同士、馬が合うんだろうと藍斗は考えている。
「私も似たようなもの。何故か、クラスの子に声を掛ければお弁当をたかっているって誤解されて友達が出来なかった」
「あ、うん。何故だろうね」
「人の大事なお弁当を食べるはずないのに。心外」
「ソウダネ」
氷雨は白い手を丸めて怒っている表現をするが、授業中、何度も早弁を繰り返していればそういう風に誤解されても仕方ないだろう。可哀想だとは思うが藍斗はなんとも言えなかった。
「でも、藍斗は違う。ちゃんと私と会話をしてくれる。だから、藍斗といるのは楽しい」
たまに、氷雨との会話の中でこの返答であっているのか不安になる時がある。けれど、氷雨からそう言ってもらえて安心すると共に藍斗の心が温かくなった。
そのせいで、顔まで熱くなったように錯覚する。
「友達だからね。これからも、たくさん話そう」
自分から氷雨に友達とはっきり言うのは初めてでちょっと恥ずかしい。顔が熱いのは錯覚ではなかったようだ、と自覚して藍斗は手で扇いだ。
「高校に入って、初めての友達が藍斗でよかった」
頬を緩め、氷雨が笑い掛けてくる。
それは、本当にうっすらとだけで満面の笑みと呼ぶには程遠い。なんなら、合コンで譲ったパフェやゲーセンでプレゼントしたハンバーガーのぬいぐるみを前にした浮かべた笑顔の方が喜びが伝わってきた。けれど、不思議とその笑顔から目が離せずに藍斗の胸が高鳴った。
ちょうどそのタイミングで放送が入り、我に返るようにして藍斗は肩を跳ねさせる。気が付けば氷雨の最寄り駅がすぐそこまで近付いていた。
やがて、電車の速度が緩くなり、ゆっくりと止まる。
「じゃあ、また四月に。バイバイ、藍斗」
「あ、うん……またね。氷堂さん」
氷雨が電車を降りると扉が閉まった。
そこで、氷雨は振り返りこちらに向かって手を振ってくる。
いつの日からか、こうして氷雨が見送ってくれるようになった。降りる人が多い時でさえ、わざわざ移動して小さく手を振っては満足気な表情を浮かべている。
そんな氷雨に対して、藍斗も手を振ればますます氷雨は嬉しそうに目を細める。
だからこそ、藍斗は思った。
「今なら、連絡先を聞いても教えてくれそうなんだけどなあ……俺の意気地なし」
次に氷雨と会えるのは新学期になってから。
ニ週間以上も先になる。
それまで長いなあ、と氷雨が見えなくなってから連絡先を聞けなかったことを後悔した。
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